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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2部 第1章

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第42話 北部からの訪問者

 フォリーが王都へ旅立ってからしばらく経ったある日、英雄の村にちょっと変わった訪問者がやってきた。


 黒毛の馬が先導し、後ろに馬車が続く。馬車は大きくて頑丈なものだ。馬車の扉に描かれた紋章は、つるはしと炎をモチーフにしており、北部の領主である『アイアングレイ家』のものである。別名『鉄の一族』と呼ばれ、その名のとおり鉱石が豊富に採れる領地を治めている。


 村人たちは、突然やってきた馬車の列を見ようと続々と集まってきた。

「なんだ? あの連中は」

「……あれは北部のアイアングレイ家だぞ! なんで北部の貴族がこんなところまで……」

「アイアングレイ?」

「知らねえのかよ! と、とにかくゼインに知らせないと!」


 村人たちは大慌てでゼインを呼びに行った。彼らが北部の人間を見ることは滅多にない。この辺りでアイアングレイ家を知らない者がいてもおかしくない。他の野次馬たちは「どこかのお金持ちがやってきた」くらいに思っていた。


 ゼインは幼馴染であるヴィクターの牧場で、羊の毛刈りを手伝っていた。血相を変えた村人たちがやってきたことにゼインは嫌な予感がしたのか、すぐに手を止めた。彼らから報告を受けたゼインは、急ぎ足で馬車の列を出迎えに向かった。

 

 一方その頃、リアは教会の中で村の子供たちに読み書きを教えていた。村の人口が増え、家族連れで移住してきた者も多くなってきた。今のところ子供は数人だが、これからどんどん増えていくことは明らかで、村に学校がないことからリアが教師となったのだ。


「リア様、悪いがちょっと来てくれ!」


 教会の『祈りの間』で文字を教えていたリアは、突然呼びに来た村人に怪訝な顔をしながら外へ出た。村の広場に向かったリアが見たのは、身なりのいい二人の男女と、二人を守るように立つ一人の騎士だった。

 一人は髭が整えられた中年の男性だ。少しもよれのないウールのコートと、ピカピカに磨かれたブーツを履いている。

 もう一人は若い女性だった。こちらも周囲から少々浮くワンピースを身に着けていた。くるぶしまであるスカートはいかにも柔らかそうな生地で、足元は華奢な靴。眩しいほど美しいプラチナブロンドの髪は完璧に結い上げられ、背筋を伸ばして立つ姿は、わざわざ確かめなくとも彼女が高貴な立場の女性であるのが分かる。


(あれは、北部の貴族……なぜこんなところへ?)


 リアは彼らを見て眉をひそめる。突然訪ねてくる貴族というのは、大抵何か嫌な頼みごとを持ち込んでくるものだ。彼女が生まれ故郷『ルナベリー』の教会で暮らしていた頃、突然王都から王の使いがやってきた。何事かと思えば「第二王子の婚約者に」という話だったのだ。考える暇もなく王都へ連れていかれたことを思い出し、リアは嫌な気分になった。


「俺の村に何か用か?」


 その時、聞きなれた声がしてリアは声の方へ視線を送る。声の主はゼインで、他の村人たちと一緒に広場にやってきたところだ。


「おお、あなたは英雄ゼインか! 私はアイアングレイ家の当主、マーカスだ。お会いできて光栄だ。」


 ゼインを見て目を輝かせる中年男に続いて、若い女性がゼインに向かって微笑み、丁寧に膝を折って挨拶をした。


「娘のケイトリンと申します。ゼイン様、お会いできる日を楽しみにしておりました」

「俺はあんたと会う約束をした覚えはないが」


 ゼインは眉間に皺を寄せながら答えた。ゼインに素っ気ない挨拶を返されたケイトリンは、少し目を泳がせたがさすが冷静で、笑顔を崩さない。


「ゼイン様の名声は、我がアイアングレイ家にも届いておりました。噂どおり、とても素敵な方ですね。女性たちが放っておかないでしょう」

「お世辞はいい。で? あんたたちは俺の顔を見に来たっていうのか? はるばる北部から何日もかけて」


 ケイトリンのとびきりの笑顔にも、ゼインは全く反応しなかった。やり取りを見ていたリアは、ゼインの態度が相変わらずぶっきらぼうなのを見て、彼らが今にも怒り出すのではないかとハラハラしている。


「……ハハハ! さすが英雄ゼイン、肝の座った男だ。陛下に向かって第二王子の婚約者を褒美に欲しいと言っただけある。それで、そちらにおられる聖女様はひょっとして……?」


 マーカスはゼインの失礼な態度にも全く動じず、笑いながら少し離れたところに立っているリアに視線を移した。リアは慌てて前に出て、二人に挨拶をした。


「アイアングレイ侯爵、お会いできて光栄です。リア・セフィ・レンバーと申します」

「やはりあなたは聖女リアだったか。あなたの噂も聞いている。なんでもこの村の瘴気をたった一人で浄化したとか……全く素晴らしい。我が北部領にも来て欲しいくらいだ」

「リアはどこにもやらんぞ」


 マーカスの軽口にゼインは不快な表情を浮かべた。突然やってきて、どこか偉そうな態度の彼らにゼインは苛立っているようである。


「待ってくれ、冗談だ。ところで、我々をどこか休める場所まで案内してくれるかね? 長旅で少々疲れておる」

「……分かった。宿屋に案内する。誰か、二人を宿屋へ連れていってくれ」

 

 村人の一人が「俺が行きます」と手を上げ、一行を宿屋まで案内した。村の宿屋は旅人や商人が滞在する為のもので、部屋は狭いし食事もよくない。彼らのような人間にとっては居心地の悪い宿であることは間違いない。

 宿屋の主人は恐縮しながら二人を部屋に案内したが、意外にも二人は宿に文句ひとつ言わなかった。


「北部の貴族様に泊まっていだだくような宿ではないんですが……」

「我々は贅沢三昧の王家の方々とは違うのでね。必要なら鉱山のふもとで夜を明かすこともあるのだ」


 マーカスは王家のことを嫌味ったらしく言い、宿の主人に笑ってみせた。ケイトリンも「お気遣いなく」と気にする様子がない。こうしてマーカスとケイトリンは村に滞在することとなった。


 ♢♢♢


 マーカスとケイトリンが宿屋に入ったあと、ゼインは急遽仲間たちを集めた。集まったのはブライアス、ワイリー、幼馴染のヴィクターと妻のローザ、そしてリアである。魔法使いフォリーは王都へ旅に出ている為、ここにはいない。


「あいつらはここに何しに来たってんだ。北部の領主様なんだろ?」

「ただゼインの顔を見に来たってわけじゃなさそうだよね」

 ブライアスとワイリーは怪訝な顔で話している。


「何か面倒なことが起きなきゃいいけどな」

「ヴィクターは心配性ね。戦も終わって平和になったし、あの人たちも旅に出たくなったんじゃないかしら?」

 心配そうなヴィクターと、どこか楽観的なローザである。リアは彼らが話すあいだ、ずっと黙り込んでいたが、ようやく口を開いた。


「……彼らが旅をするだけの為に、ここまで来るとは思えません。きっと何か狙いがあるはずです。王家とアイアングレイ家ははるか昔に、玉座を巡って戦ったことがあると聞きます。魔族との戦が終わり平和になった今になって、彼らが動き出したことを軽く考えてはいけないと思います」

 

 リアが静かに言ったその言葉に、その場が静まり返った。沈黙を破ったのはゼインである。


「俺もリアの言うとおりだと思っている。だが俺はあいつらの思惑に乗るつもりはない。今のところ、あいつらは俺たちと争う気はなさそうだ。面倒だろうが、丁重にもてなしてやれ」


 仲間たちはゼインに「分かった」と頷いた。


「しかし、よりによってフォリーがいない時に北部の領主が訪ねてくるとはな。フォリーなら北部のことにも詳しいだろうに」


 ブライアスはため息混じりに呟く。魔法使いフォリーは人間の三倍長く生きる。彼は王国中を渡り歩いて生きてきた男だ。過去には北部に滞在していたこともあるという。ここにいる誰よりも北部に詳しいはずだ。


「フォリーはいつ帰ってくるんだ? ゼイン」

 ワイリーが尋ねると、ゼインは「さあな」と首を振った。フォリーは王都にいる友人に会いに行っている。いつ戻るかはゼインたちに伝えていない。


「丁重にもてなせって言うけど、私たち貴族様へのもてなし方なんて知らないわよ」

「別に何もしなくていい、ローザ。石を投げたりしなけりゃ、向こうが怒り出すこともない」

「あのね、私が心配してるのはゼインよ。この中で一番彼らを怒らせそうなのはゼインなんだから」


 ずけずけと言うローザに、ブライアスとワイリーは「そりゃそうだ」と笑った。ゼインは目を逸らしながら「俺はそんなことはしない」と不機嫌そうに呟く。リアはブライアスたちに釣られて笑わないように、必死でこらえた。

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