第41話 手当て
リアの寝室にゼインが入ったのは初めてではない。リアが以前病気で倒れた時、彼女を発見したのがゼインだった。
あの時からリアの寝室はあまり変わっていない。元々彼女の荷物は多くなかった。最低限の服と本があるだけの寂しい部屋である。片隅にはいくつかの生地と裁縫道具があった。リアは少ない聖女服を直しながら着ていた。その為よく見ると、リアの聖女服はところどころ直した跡がある。
ゼインがリアの部屋をキョロキョロと見ていると、リアが薬と包帯を持って戻ってきた。
「では、包帯を変えますね」
「ああ、頼む」
椅子に腰かけたゼインはシャツを脱ぎ、上半身を露わにした。リアは少し緊張気味にゼインの包帯をゆっくりと外す。ゼインはリアが手を動かすのをじっと見ていた。その目に映るのは、袖に繕った跡がある聖女服である。
「……フォリーが明日から王都に行くだろう?」
「そうでしたね。確か、王都のご友人に会いに行くとか」
気まずさを隠すように、ゼインはリアに話を振った。魔法使いフォリーは、春になりまた旅ができるようになったので、王都に旅に行くと話していた。
「フォリーの代わりに、しばらく包帯の交換を頼みたい」
「もちろんです。遠慮せずに言ってください」
リアはゼインに微笑み、ゼインは小さく頷いた。包帯を取り現れた傷痕はまだ痛々しい。獣にひっかかれた痕のようだ。
「ゼイン様が狩りで怪我をするなんで、珍しいですね」
「ああ、すっかり油断した。避けたつもりが少しかすってしまった。勘が鈍っているかもしれんな……春の獣は食べ物を探して気が立っているから、気をつけていたつもりなんだが」
「ゼイン様が怪我をしたなんてちっとも知りませんでした。言ってくれれば……」
「大した怪我じゃない、こんなのはかすり傷だ」
話をしながら、リアは傷痕に塗り薬を塗っていく。ゼインは薬が染みたのか、一瞬ビクッと身体を動かしたが、すぐに平然とした顔に戻る。
「とにかく、大きな怪我じゃなくてよかったです」
「ただの怪我ならどうってことはない。呪いに比べればな」
リアは「それもそうですね」と笑う。ゼインの背中には多くの古傷が残っていた。これはゼインが魔族との戦で負った傷だ。もう薄くなっているものが殆どだが、ミミズ腫れのように盛り上がった傷痕もある。彼の戦いの歴史が身体に刻まれているのが分かる。
「呪いと言えば……あれから『魔族の子供』は近くに来ていないみたいですね」
「そうだな。フォリーはずっと森の方を気にしているようだが」
「そうですね……」
魔法使いフォリーは親を亡くした魔族の子供である『ウルティオ』を保護し、育てていた。六年前、ウルティオを魔族が取り戻しにやって来て、その際に英雄の村は魔族の手によって滅ぼされる結果となった。ウルティオとフォリーはそれ以来一度も会っていない。
だが実はこれまでに二度、魔族が森に現れた痕跡が見つかったことがある。
フォリーはその痕跡を「ウルティオが僕に会いに来た証」と思い込んでいた。魔族の元へ帰ったウルティオと、人と共に暮らすフォリーはもう二度と交わることはない。それでもフォリーはウルティオに会えることを期待して、時折森の様子を見に行っているようだ。
リアはフォリーが森から戻ってきた時に、少し寂しそうな顔をしているのを見たことがある。フォリーはウルティオに会いたくてたまらないのだろう。リアはフォリーに同情はするが、ウルティオは魔族の王ウィラードを実の父に持つ。その父が亡くなり、魔族の多くが死に、彼らは急ぎ体制を立て直さなければならない。ひょっとするとウルティオが次の魔族の王になる可能性もある以上、フォリーとはこれ以上関わって欲しくないとも思っていた。
リアが手慣れた様子で包帯を巻いているのを、ゼインはじっと目で追っていた。
「上手いもんだな」
「え? ああ……戦場では怪我をした人の手当てを手伝うこともあったんです」
「なるほど、だからか」
ゼインはしみじみと呟いた。リアは手早く包帯を巻き終わり「できました」と顔を上げると、リアを見つめるゼインと目が合った。
すぐに目を逸らそうと思ったリアだったが、なぜかそれができなかった。ゼインの瞳は薄い銀色で、リアは初めて彼を見た時(狼みたい)と思ったものだ。眉の奥にある二つの瞳は、初めて出会った頃よりも随分優しくなったようだとリアは感じている。
一瞬、時が止まった。リアは何かを言おうとするが、すぐに言葉が出てこない。ゼインも黙っていて、沈黙の時間はリアにとって随分長く感じた。
「……明日も、また頼む」
「は、はい」
ゼインはようやく口を開くと、シャツを乱暴に掴み「おやすみ」と言い残して部屋から出ていった。
リアはゼインが出ていった扉をじっと見つめていた。
♢♢♢
翌日、魔法使いフォリーは王都に旅立つ為、荷物を持って家を出た。ちなみに彼が住んでいる家は、元々はゼインと一緒に暮らしていた。今はフォリーが一人で住んでいるが、ゼインの部屋には彼の荷物が少し残っている。この家にはゼインの狩猟道具が置いてあり、裏には動物を捌く為の小屋もある。よってゼインはリアの教会に引っ越してからも、ほぼ毎日この家に通っている。
フォリーが外に出ると、ゼインが家の前に立っていた。
「おはよう、ゼイン。わざわざ僕を見送りに来てくれたのかい? 教会に寄るつもりだったのに」
「それもあるが、頼みがある」
「頼み?」
「王都の教会でリアの服をもらってきてくれ」
「……いいけど、どうしたんだい急に」
首を傾げるフォリーに、ゼインは「リアの服がつぎはぎだらけだった」と答えた。
「ああ……彼女は大事に服を直して着ているようだね。でもそろそろ服を新しくしてもいい頃だ。分かったよ、王都教会で聖女服を分けてもらえるよう頼んでみる」
「頼む。それと、他にも古着屋にリアが着られそうな服があったら買ってきてくれ」
ゼインは革製の小さな巾着袋を差し出し、フォリーはずしりと重い革袋を受け取った。ゼインは傭兵団で多額の報酬を得ていた為、金には不自由していない。それでも彼は無駄遣いを避けていた。彼は贅沢をしないし、そもそもこんな田舎町では大金を使うこともない。彼の稼ぎはほとんど村の整備の為に使われている。
「構わないよ、店を色々見てみよう。ゼイン、ようやくリア様の夫らしくなってきたね」
「からかうな」
ゼインは眉をひそめ、不機嫌そうに腕を組む。彼の顔を見るフォリーは今にも吹き出しそうだ。リアとゼインはよそよそしい関係だが、お互いに意識し合っているのは明らかだった。
「それじゃ、出発するよ。使い魔たちに食料を渡すのを忘れないでくれ」
「ああ、分かってる。もうこの辺りには魔族もいないと思うが、気をつけろよ」
「……そうだね。もう魔族はいない」
フォリーは噛みしめるようにゼインの言葉を繰り返した。ゼインはフォリーに念押しをしたかったわけではない。だがフォリーがずっとウルティオのことを気にしているので、つい魔族のことを口にしたのだ。
魔族のことを話すたび、フォリーは少し動揺を見せるが、すぐにいつもの朗らかで明るいフォリーに戻る。
何事もなかったように笑顔で「行ってきます」と手を振るフォリーを、ゼインは複雑な思いで見ていた。




