第37話 ゼインの奇策
リアの返答を聞いたアズーラの目が驚きで大きく開く。
「まさか、断ると? 王都教会の教会長補佐になるというのは、大変な名誉なのですよ? あなたはいずれ、大聖女に相応しい聖女となるに違いありません。それでもあなたは、王都教会に残らず村に帰るというのですか?」
「はい、申し訳ありません。私はまだ他の聖女たちとそれほど歳も変わりません。私はまだまだ学びが必要な、未熟な聖女です。それに私には、帰りを待つ人たちがいるのです」
リアの言葉には迷いがなかった。アズーラはリアに断られると思っていなかったようで、口をパクパク動かしながら助けを求めるようにバークス王の顔を見た。
「聖女リア。アズーラの申し出を本当に断るつもりか? こんな名誉は二度とないのだぞ」
「……申し訳ありません、陛下。こればかりは……」
「リア。大聖女である私が直々に推薦しているのですよ?」
王の助けを得て、再びアズーラはリアに詰め寄る。リアは困ったように何度も「申し訳ありません」と返す。そんなやり取りが何度か続いたのち、とうとうしびれを切らしたゼインが口を開いた。
「リアは俺が村に連れて帰ります」
「英雄ゼイン。これはリアの問題なのです」
アズーラはよそ者が口を出すな、と言いたげにゼインを睨む。だがゼインは怯むことなく、アズーラを睨み返した。
「いいえ、これは俺とリア二人の問題です。なぜなら俺とリアは夫婦になるからです」
「……なんですって? 今、なんと?」
「俺はリアと結婚すると、そう言ったんです」
あっけにとられるアズーラだが、驚いたのは彼女だけではない。その場にいた王も、ゼインの隣にいたリアも、彼が発した言葉に耳を疑った。
「……ゼイン様! どういうことですか」
焦ったリアはゼインに小声で囁く。
「俺を信じろ」
ゼインはリアに小声で返すと、再び王とアズーラを見た。
「俺たちは夫婦となり、俺の村で一緒に暮らします。だから王都の教会に残ることはできない。夫婦は一緒にいなければならない、そうでしょう?」
「そ……それは確かに。ですがリア、英雄ゼインと夫婦になるという話は本当ですか? あなたはそれでいいのですか?」
疑いの目を向けるアズーラに、リアはしっかりと「はい、本当です」と答えた。
「アズーラ。二人が夫婦になるというならば、我々は祝福せねばならぬ。国を救った英雄と、国で最も優れた聖女が夫婦になるのだ。一体誰がこの結婚を引き裂くことができよう?」
王は笑いをこらえたような顔でアズーラを見た。アズーラは王を睨むとため息を吐く。
「……なるほど、リアを連れて帰る為の策というわけですね。英雄ゼイン、まさかあなたがリアを手放さない為に結婚までするとは。いいでしょう、今回はこれで引き下がります。ですがリア、あなたは癒しの手教会の聖女であるという立場を忘れてはなりませんよ。教会の為にこれからも働くと私に誓いなさい」
「はい、アズーラ様。英雄の村にいても、私は聖女として人々の為に働くと誓います」
リアはきっぱりとアズーラに返した。
♢♢♢
謁見の間を出たリアとゼインは、別室で一休みすることになった。二人だけになったところで、リアはゼインに詰め寄った。
「説明してください。私とゼイン様が結婚だなんて、私は何も聞いていません」
「あの場で決めたからな」
「あの場で決めた……? そんないい加減な」
呆れるリアだが、ゼインは平然としていた。
「あのままだとリアは王都の教会に残される。あんたを村に連れ帰る為に、俺は咄嗟に『あんたと結婚する』と言ったんだ。だから心配しなくていい。結婚はするが、これはあくまで『偽装結婚』だ。俺と夫婦ってことにすれば村で自由に暮らせるだろう」
「偽装結婚……」
「ああ、そうだ。俺はあんたに手を出したりしないし、あんたも俺を夫として扱わなくていい。村では今までどおりに過ごせばいい」
それはゼインが考えた突飛な策だったが、悪くない提案だとリアは思った。ゼインは信頼できる男で、彼が話すことは嘘ではないだろう。外への体裁としてゼインと夫婦だということにすれば、いままでどおりにリアは村で暮らせる。
「……でも、ゼイン様はそれでいいんですか? 亡くなった奥様のことは?」
「妻のことは気にするな」
「それに、他の女性と結婚できなくなるんですよ?」
ゼインはふと目を細め、その場に沈黙が流れる。
「そんな女はいない」
「でも……これから現れるかも」
「未来のことを今から気にしてどうする。俺のことはいい、それよりあんたの方はどうなんだ」
「わ……私は結婚のことなんて……マティアス殿下との婚約がなくなって、もう誰とも結婚することはないと思ってましたから……」
「ならいい。これで話は決まりだ」
こうして二人の結婚はひっそりと決まった。だがこれはあくまで『偽装結婚』である。
リアは突然決まった自分の夫の姿をちらりと見た。彼とは十歳離れているが、ゼインは常に冷静で頼りがいがあり、村人たちからの信頼も厚く、しかも国で一番の戦士である。鍛え上げられた肉体と整った顔立ちは、多くの女性が魅力的と言うだろう。夫としては申し分ない男だ。
(これで……いいのよね?)
リアはふとゼインと目が合いそうになり、思わず目を逸らした。
♢♢♢
リアとゼインが王都を離れたそのころ、マティアスは占い師ヨークを私室に呼びだした。
「ヨーク、頼む。俺を追放すると災いが起こると、父上に言ってくれないか」
マティアスは目を見開き、ヨークの両肩を掴んで顔を覗き込む。どう見てもマティアスは冷静ではない表情だ。
「……それはできません。陛下は決断を覆すことはないでしょう」
「だからお前に頼んでいるのだ! 占いならば父上も考えを変える。俺はもうじき王宮を出なければならないんだ! 早く父上に占いを……」
「マティアス殿下。私は一度、あなたに頼まれて陛下に嘘の占いを伝えました。二度はありません。話がそれだけならば、私はここで失礼いたします」
ヨークは頭を下げ、そのまま部屋を出ていった。拳を握り、わなわなと震えるマティアスは力任せに近くの椅子を蹴った。激しい音がして椅子が床に転がるのを見ながら、マティアスは大きく肩を上下させる。
「……卑しい魔族の癖に俺たちに媚びるしか能のない男が! あいつは絶対に許さん!」
マティアスは怒りに任せて叫ぶ。魔法使いであるヨークを「卑しい魔族」と蔑み、怒りのままに周囲の物に当たる彼は、もはや美しい第二王子の姿ではなかった。
一方、部屋を出て廊下を歩く占い師ヨークは、ふと過去の思い出がよぎっていた。
以前彼はマティアスの婚約者について、自分で占ったことがあった。その時の結果は『結婚すべきではない』だったのだ。三度占い、三度とも同じ結果になった。ヨークはその結果を王に伝えることなく、自分の心にしまった。
(……やはりあの占いどおりになってしまうのか)
ヨークは心の中で呟く。マティアスとルイーゼは結ばれたが、二人は結婚前に子供を作り、その子供は『呪われた子供』の可能性がある。バークス王はマティアスを王家から追放する結果となった。
(殿下は結婚すべきではなかったのだ)
王に占いの結果を伝えるべきだったとヨークは後悔した。しかし、もう遅かった。




