第36話 思わぬ提案
「――さて、そなたたちにはもう一つ大事な話が残っておる。大聖女アズーラ、そなたから話せ」
「ええ、陛下」
息子を王家から追放すると決めたばかりだというのに、バークス王は何事もなかったような顔で話を続けた。マティアスと話していた時はほんの少し父の顔が見えたが、もう彼は国王の顔に戻っていた。アズーラはバークス王に頷くとリアに向き直る。
「聖女リア。あなたの力は我が癒しの手教会の希望となり、未来となるもの。あなたは癒しの手教会の中枢に入り、もっと多くを学び、いずれ教会を率いる存在となってもらいたいのです。よってリア、あなたは王都教会に戻り、教会長の補佐となりなさい」
リアはアズーラに言われ、あっけにとられた。横のゼインは眉間に皺を寄せ、アズーラを睨むように見た。
「……あの……アズーラ様。おっしゃっている意味がよく分からないのですが」
「言葉どおりですよ。あなたは今日から教会長補佐となり、王都教会の聖女たちの手本となるのです」
「お待ちください! わ……私はまだまだ未熟で、教会長補佐などという大役を任せていただける立場ではありません。それに私はすぐに村に戻らなければなりません。冬支度も途中ですし、村のみんなが私の帰りを待っているのです」
リアは焦りながらアズーラに訴えた。教会長補佐という立場を務める聖女で、リアのような若い聖女は一人もいない。全員が孫もいるような年齢の聖女ばかりである。聖女としての豊富な経験と清廉さが求められ、教会長を支え時には教会長の代役もこなす、重要な役職だからだ。
「確かに、何もかも常識外れかもしれませんね。ですがあなたはそれだけのことをやってのけたのですよ。英雄の村をたった一人で浄化し、復興に多大な貢献を果たした。それだけではありません。先の戦で、王子の婚約者という立場でありながら自ら前線に立ち、危険を顧みずに騎士や傭兵らの呪いを解いて回った。あなたほど教会長補佐として相応しい聖女はおりません」
「発言をしても?」
その時、突然ゼインが口を開いた。アズーラは穏やかな笑みを浮かべたまま「ええ、どうぞ」と返す。
「俺が聖女リアを『褒美として』引き取った事実はどうお考えです?」
「まあ、英雄ゼイン。もちろんそのことは承知していますよ。ですが英雄の村にはびこった瘴気は、全て聖女リアが浄化したのでしょう? もう聖女リアの役目は終わりました。あなたもリアを開放しなければならないと分かっているのではありませんか?」
ゼインはぐっと言葉を飲んだ。アズーラの意見はもっともで、リアが英雄の村でやることがないのもそのとおりである。それでもゼインは再び顔を上げ、アズーラに訴えた。
「確かに英雄の村での聖女リアの役目は終わりました。ですが彼女は英雄の村の村人の一人として、人々に慕われています。これまで彼女はずっと、呪いを解く為に自分を犠牲にしてきました。リアが危険な戦場で働いていたのは、マティアス殿下が彼女を前線に送りこんだからです。ルイーゼと結婚したかった殿下は、邪魔なリアをわざと危険な場所へ放り込んでいたわけです。リアが死ぬかもしれないと分かっていながら殿下はそうした。俺は殿下のやり方が許せませんでした」
リアは思わずゼインが話す横顔を見た。ゼインは真っすぐにアズーラを見据え、普段口数の少ない彼からは考えられないほどの多くの言葉があふれだす。
「それと俺の村でのことは、承知のとおり俺がリアを無理やり村に連れ帰り、彼女に浄化をやらせたからです。リアの功績は確かに立派なものですが、彼女は自ら望んだわけじゃない。俺や殿下や、多くの人がやったことは、リアの力を利用することばかりでした。大聖女アズーラ、あなたの考えに異を唱えるつもりはありませんが、リアはこれまで俺たちの都合に振り回されてきたんです。そのことは考慮してやっていただきたい」
(ゼイン様は何もかも……分かってくれていた)
リアはゼインの言葉を聞きながら、目が熱くなるのを感じた。
呪いを解くこと。これが自分の使命だと考えるリアは、どんな無理難題を言われてもそれに全力で応えようとしていた。たとえそれで死んだとしても、使命を果たせるのならば本望だとすら考えていた。リアにはそれしかなかったのだ。呪いを解き、感謝されることでリアは自分の居るべき理由を見出していた。
「リア、正直に話せ。リアはどうしたい?」
ゼインはリアに尋ねた。ゼインの透き通るような銀色の瞳は、最初見た時は恐ろしい狼のようだと思ったリアだったが、今では思慮深いフクロウのような優しい瞳だ。その瞳を見つめながらリアは、小さく頷いた。
「……アズーラ様。私は王都には残りません。私は一人の聖女として、これからも英雄の村で暮らしていきたいです」
リアは迷わず、まっすぐにアズーラの目を見ながら言い切った。




