第35話 追放
ルイーゼとマティアスが混乱している中、バークス王は厳しい顔でマティアスに語りかけた。
「お前たちが村を引き上げた理由、それはルイーゼに子供ができたことに気づいたからであろう。おかげで村は元に戻らず、瘴気も未だ村を蝕んだまま。お前たちは試練を失敗したのだ」
「お待ちください、父上! 先ほども話しましたが、冬を越えたらまた村に行くつもりですし、必ずレーイン村を元に戻して……」
「誰が瘴気を浄化するというのだ。ルイーゼには子供がおるのだぞ!」
バークス王が人前でこれだけ声を荒げるのを見るのは、リアは初めてだった。リアとゼインが固唾を飲んで見守る中、親子の言い合いは続く。
「……他の聖女に頼んで……」
「それでは試練の意味がなかろう! それともまさか、また聖女リアに頼むつもりじゃないだろうな?」
「……そ、それは……」
マティアスは明らかに図星だったようで、目を白黒させながらまるで助けを求めるようにリアを見た。リアは嫌悪感を露わにしながらマティアスから目を逸らす。
マティアスとルイーゼが昔から恋仲だったのはリアも知っていたが、さすがに一線は超えていないだろうと思っていた。二人とも聖女と呪いについてはよく知っているはずで、王家のしきたりも理解しているはずである。実際にマティアスと婚約時代、マティアスはリアに指一本触れなかったのだが、それは王家の婚約として正しい行動であったのだ。
「マティアス。お前たちが試練を乗り越えたら、私は結婚を祝福するつもりであった。しかしお前たちは瘴気を聖女リアに任せ、村の片づけを英雄ゼインと騎士に任せ、別邸で堕落した日々を送っておった。王家のしきたりを破り、私との約束を破った。もうお前には何も期待できん」
「そんな、父上! 話を聞いて下さい。そもそもあの村の瘴気は多すぎる。ルイーゼ一人では無理だったんです。ルイーゼはたった一人、瘴気と戦い大変な思いをしていたんです。遠く離れた田舎で、慣れない暮らしに疲れ……」
「聖女リアは全く同じ経験をしておる。そして聖女リアは見事乗り越えたのだ。それだけではないぞ、お前の自分勝手な頼みを聞き、レーイン村を元に戻す為に協力してくれた彼女を、更に拘束して手伝わせようとしたそうだな?」
「父上、誤解なんです。それは……」
「何が誤解なのか分からんが、もういい。お前がルイーゼを心から愛するのは分かった。お前はルイーゼの為に、全てを投げ出す覚悟ができているのだろう」
「何を……おっしゃるんです? 父上」
バークス王の突き放した言い方に、マティアスは不安げな顔で呟いた。
「ここで宣告する。お前は我がコーザー家から離れ、王位継承権を失う。今後はルイーゼと共に生き子を育て、良き父親になるがよい」
「王家を……離れる……俺が……?」
マティアスは呆然とその場に崩れ落ちた。彼の身体は抜け殻のようになり、ルイーゼが慌てて「マティアス!」と寄り添うが、マティアスは無反応のままだ。
リアはその様子をただ見ていることしかできなかった。二人に対する感情はもはや「哀れ」だけであった。それは第二王子として好き勝手に振る舞い、王族としての矜持に欠けていたマティアスの当然の結末でもあった。
そしてマティアスを王家から追放した、王の一見冷徹とも思える判断。リアにはバークス王の顔が苦しんでいるようにも見えた。もしもルイーゼの子供が『魔族』として生まれたら、その存在は決して許されるものではないだろう。王家の血を引く魔族など、存在自体があり得ないのだ。子供が生まれる前にマティアスを王家から追放する。それは王としての苦渋の判断だったのだ。
これが王家の抱える矛盾だ。魔族から受ける呪いを解くことができる唯一の存在が『聖女』で、王家は高い能力を持つ聖女を王家に取り込む為に、王族の男性と聖女を結婚させてきた。しかし聖女は同時に『魔族』を生み出す可能性がある存在でもある。
リアは幼い頃から聖女と呪いについて学んできた。これまでの歴史では、王家から魔族が誕生した場合、その場で秘密裏に葬られたという。その歴史は王家の恥の歴史とされ、あまり公にされてこなかった。
しかし『魔族の王ウィラード』には、教会内で密かに囁かれる噂がある。それはウィラードが『コーザー家の血を引く者』だったのではないか、というものだ。
ウィラードの出自は長年『不明』とされていた。彼はめったに人前に出ることがなく、戦では兜を常に被っていた。ウィラードの目的は現王家である『コーザー家』を滅ぼし、アクリア王国を魔族の手に『取り戻す』というものだった。もしも彼が王家の血を引く者だったとしたら、彼が王国への復讐に燃えるのも当然である。
もっとも彼が本当は何者だったのか、彼が亡くなった今となってはもう明らかになることはない。
リアは自分の想像を恐れた。マティアスとルイーゼの子供が、未来のウィラードになる可能性があるかもしれないということだ。バークス王は二人を追放し、王家から離れ子供を育てよと言う。二人の子供はもはや王家とは関係ないとするつもりだろうが、その子供が王家の血を引く事実は消せないのだ。
「マティアスとルイーゼ。そなたたちへの話は以上だ。下がってよい」
「父上、考え直してください! こんな場で簡単に決めていいことじゃないでしょう!」
「私の考えは誰に言われようと揺らがぬ。下がれ」
「父上!」
マティアスの慟哭が高い天井にこだまする。ルイーゼはもはや反論する気力を失っていて、真っ青な顔でマティアスに縋っていた。護衛騎士が二人を無理やり広間から連れ出し、リアとゼイン、そしてアズーラが王の前に残された。




