第34話 恐ろしい罰
どこか不安げなルイーゼに、大聖女アズーラは穏やかな表情を崩さぬまま「座りなさい」と言った。ルイーゼは言われたとおり椅子に腰かけるが、その表情からは不安が消えない。
「マティアス殿下とあなたとの結婚に、陛下が条件をつけたそうですね。呪いで滅んだレーイン村を元の姿に戻すこと、それがあなたたちに与えられた試練だと。王家の男の妻となる聖女には厳しい条件がつくことを、あなたは当然よく知っているはずですね? 王家に入る聖女は、優れた能力を持たなければなりません。陛下はルイーゼがマティアス殿下の妻となるに相応しい聖女か、確かめたかったのでしょう。正直に言って、村の復興を王家の試練などに使っていただきたくはありませんが、まあ仕方ありませんね、我が君にも何か考えがあってのことでしょうから」
アズーラの冷たい視線が王に飛び、王は気まずそうにあごひげを撫でた。ルイーゼは無言のままぎりっと唇を噛む。マティアスの目は険しくなり、ルイーゼを守るように手を握った。
「ルイーゼ。あなたは試練を乗り越える為に、聖女リアの力を借りましたね?」
ルイーゼの顔がみるみる赤くなった。マティアスは急に焦りだし、アズーラに向かって訴える。
「お待ちください! アズーラ様。そんな話、全くのでたらめです。いったい誰に聞いたんです?」
「あら、マティアス殿下。私はそのように聞いているのですが? あなたのお父上に聞いてみたらいかがです」
目をひんむいた顔でマティアスは父であるバークス王の顔を見た。王は顔を歪めながら息子の顔を見返す。
「ここに英雄ゼインと聖女リアを呼んだ理由が分かるな? この二人に確認する為だ。聖女リアに問う。そなたはレーイン村で瘴気の浄化を手伝ったか?」
「は、はい陛下。確かに手伝いました」
王に突然尋ねられたリアは、慌てて答えた。
「英雄ゼインよ。マティアスが聖女リアに手伝いを頼むのを聞いていたか?」
「はい、陛下。間違いありません」
ゼインも同様に答える。マティアスは二人を睨みつけながら、バークス王に「この二人の言うことを信じるのですか!」と叫んだ。
「この二人に聞くのはあくまで最終確認だ。ロベルトがお前の為につけてやった騎士と護衛から、全て聞いておる」
「そ……そんな、兄さんは俺の力になりたいと言って、力を貸してくれたはずでは?」
「ロベルトにはこう伝えた。『マティアスが助けを求めたらそれに応えるように』と。さすがにお前一人で村をどうにかできるとは、私も思っておらぬ。ロベルトが信頼する騎士と最も強い護衛をお前につけたのは、お前を助けたかったからなのは間違いではないだろう。ロベルトはお前の幸せを本心から願っていたようだからな。私はそれに目をつぶる代わりに、村での出来事を全て私に知らせるよう命じた。お前が向こうで何をしていたか、私は何もかも知っておるのだ」
マティアスは顔色がみるみる青くなり、ガタガタと震えだした。
「お前たちが村から戻ったのは、村の復興を終わらせたからではないな? 村の瘴気はまだ多くが残ったままだと聞いている」
「そ……それは、冬が来ては復興もままならないからで……春が来たら再び村へ向かおうかと思っていたんです。本当です!」
ゼインはじっと彼らのやり取りを見ながら「やはり終わってなかったか」と小さく呟いた。リアも(やはり)と心の中でため息をつき、王と息子のやり取りをじっと聞く。
「ほう、確かに冬が来れば復興どころではなくなるのは確か。だが私の与えた試練は、冬が来るまでに終わらせることができるものだったはずだ。それまでのあいだ、お前たちは何をしていた? 騎士たちはまるで進まない瘴気の浄化に困り果てていたようだぞ」
「ですから、それは……ルイーゼの体調が芳しくなく」
バークス王の眉がピクリと動いた。
「聖女ルイーゼ。王都に戻ってからずっと体調が悪いという話らしいな? 今日もずっと部屋に籠っていたとか」
ルイーゼは肩をびくりとさせ「はい、陛下」と小さな声で答える。
「ルイーゼを診た医者の話を聞かせてもらった。医者はこう申しておったぞ。『聖女ルイーゼには懐妊の兆候が見られる』と」
ルイーゼとマティアスの息を飲む音が、リアには聞こえたような気がした。思ってもいなかった展開に、ゼインの目にも動揺が浮かぶ。
一方で大聖女アズーラは平然とバークス王の話を聞いていた。どうやらアズーラもこのことは知っているようである。
「な……何を言うんです、父上。そんな医者の戯言……」
「戯言と申すか? お前たちが私の別邸で何をしていたか、私は知っておるのだぞ」
ルイーゼはとうとう俯いてしまった。マティアスは額に汗をかき、明らかに焦っている。
「第二王子であるお前が、王家のしきたりを破るとはなんたることだ。聖女と結婚式を挙げるまでは、子供を作ってはならない。その理由もお前は知っているはずだ。申してみよ」
「は、はい……聖女は呪いを身体に取り込む……だから、呪われた子供を宿さない為に……」
しどろもどろになりながら、マティアスは答えた。
「そうだ。もしも生まれた子供が呪われていたら? 我が王家に呪われた子が誕生することになるのだぞ。だからこそ、妊娠の時期には慎重な判断が必要なのだ。なぜお前は王家の掟を破った? 呪いを身体に取り込んだ影響が完全になくなったと判断されるまで、ひと月は同じ部屋で寝ないと言う決まりだ。王家の人間がずっと守り続けたその掟は、王家を守る為であるのだぞ」
リアは恐ろしい想像をした。身体に呪いが残った状態で子供ができることは滅多にないとされている。呪いの影響で流産してしまうからだ。だが稀に、無事に育つ場合がある。そうして生まれた子は呪いを身体に取り込んだ状態、すなわち『魔族』として誕生してしまう。魔族の象徴と呼ばれる『赤い瞳』を持つ子供だ。
ルイーゼが妊娠しているのが本当だとして、もしも彼女が呪われた子を産んだとしたら、その子供は王家の血を引いた『魔族』ということになる。もちろん魔族の血を引いていたとしても、その子供が人間の敵になるというわけではない。フォリーのように、魔族であっても人間と共に生きる者はいて、魔法使いとして生きていくことはできる。だが王家の血を引いた魔族という存在は、普通の魔法使いとは立場が全く異なる。
(大変なことになるわ……)
リアはルイーゼを見る。いつも自信満々で輝くような美しさだった彼女が、顔は青ざめ頬も心なしかこけている。久しぶりに見た彼女の姿が以前と違うように見えたのは、妊娠のせいだったのだろうか。
「待ってください、違うのです」
目を大きく見開き、唇を震わせながらルイーゼはバークス王に訴えた。
「聖女ルイーゼ。妊娠は本当か? 由緒ある聖女の血を引くそなたが、聖女の決まりを無視するとは残念だ」
「……違う、違うのです。私はそんなつもりでは……」
ルイーゼは両手で顔を覆い、とうとう泣き出してしまった。ため息をついたバークス王は、大聖女アズーラと視線を合わせ、今度はアズーラが口を開く。
「ルイーゼ、あなたの軽率な行動には失望しました。聖女リアを利用したことといい、妊娠の件といい、あなたには聖女としての資格がないと判断せざるを得ません。よってルイーゼには、我が『癒しの手教会』からの追放を命じます」
アズーラの言葉を聞き、ルイーゼはパッと顔を上げた。涙で濡れた目は血走り、唇をわなわなと震わせている。
「追放……? まさか私が? アズーラ様、ご冗談でしょう? 私の名はルイーゼ・マリー・メリアン。私の名である『聖女マリー』が教会でどれだけの功績を残したか、アズーラ様がご存知ないはずないでしょう!」
「二度と同じ言葉は使いません。ルイーゼ嬢、あなたはもう聖女ではありません。生まれてくる子の為、お身体を大事になさい」
ルイーゼはマティアスに縋るように腕を掴んだ。
「ねえマティアス、あなたからもなんとか言ってよ!」
「……無理だ。いくら俺でもアズーラ様の決断には口を出せないよ」
「そんな、分かってるの? あなたと結婚する為には、私は『聖女でなければならない』のよ?」
ようやくマティアスは事の重大さに気づいたのか、目を大きく見開いた。




