第33話 不穏な再会
白い息を吐きながら王宮の廊下を歩くリアの表情には、緊張が浮かんでいた。隣をちらりと見ると、いつもと変わらないゼインの横顔がある。
二人の王都までの旅は順調だった。雪は少し降ったが移動を邪魔するほどではなかった。
旅の問題は主に寒さだった。ゼインは常に馬に乗っていたが、彼はまるで寒さを感じていないようだった。魔族との戦いでは各地を移動する日々だったので、過酷な環境に慣れていた。リアは馬車に乗っていたので、外の寒さを多少は防げたが、それでも身体は芯から冷えた。
ようやく王都に着いた二人は、早速王宮に入った。先に通された部屋は暖炉があったが、王宮内は基本的にどこも寒い。ひんやりとした石の廊下と、どこまでも高い天井は今が真夏なら快適な環境だっただろう。
初めてリアがゼインと会ったのは、王宮の謁見の間だった。国を救った英雄として彼は王宮に招かれ、その場でゼインは「リアを褒美に欲しい」と言ったのだ。
なんて勝手な願いだろうと当時リアは思ったものだ。王子と婚約している自分を欲しいなどという願いは、当然却下されるものだと思っていたリアは、まさか本当にゼインと王都を出ることになると思わず、困惑した。
それから時はあっという間に過ぎ、色々あったがリアは村での新しい生活を楽しんでいた。もうすっかり村の一員となったリアにとって、王都で暮らした日々は遠い昔のようだ。
二人は謁見の間に通された。縦に長い形の広間で、壁には以前はなかった騎士団の盾や紋章が描かれたマントが飾られている。魔族との戦いで大きな功績を上げたとされる王国騎士団を称えるものだ。実際に戦を終わらせたのは英雄ゼインであるが、ここにはゼインの影は少しもなかった。
奥の一段高い空間には、誰も座っていない大きな玉座がある。玉座の近くには暖炉があるが、この広い空間ではリアたちがいる場所まで暖めることはできない。
謁見の間は二人と数人の護衛騎士がいるだけで、しんと静まり返っている。リアはかじかむ手をさすりながら横のゼインに目をやる。ゼインは寒さを感じていないような顔で、ただ壁に飾られた騎士団の盾をじっと見ていた。
しばらくしてバークス王が玉座の近くにある扉から現れた。だが入ってきたのは王だけではなかった。
バークス王のあとに続き、マティアス王子と聖女ルイーゼがゆっくりと入ってきたのだ。二人と会ったのはレーイン村以来である。マティアスは相変わらず美しい金髪とすらりとした身体で、王子らしい優雅さがあった。彼の後ろに続くルイーゼは、どこか元気がない。彼女の顔は青白く、少し猫背気味になっていて歩く速度が遅かった。
(具合でも悪いのかしら)
リアは思わずルイーゼの顔をじっと見てしまう。ルイーゼがリアの視線に気づく前に、慌てて目を逸らした。
バークス王が玉座に座り、その横の椅子にマティアスとルイーゼが座る。王は横の二人をちらりと見ると、ルイーゼに向かって声をかけた。
「体調はもうよいのか、ルイーゼ?」
「え、ええ。ご心配には及びません」
声をかけられたルイーゼはにっこりと微笑んだ。
「ならばよい。では、話を始めるとしよう」
バークス王は正面に向き直った。リアとゼインは王に挨拶をしたあと、早速バークス王から賞賛の言葉をかけられた。
「二人の噂は王都にも届いておったのでな、ぜひ二人から直接話を聞きたいと思っておったのだ。英雄の村の評判も耳にしておる。英雄ゼイン、そなたが村長として上手くまとめているのだろう」
「恐れ入ります、陛下」
ゼインは跪きながら答えた。
「そして聖女リア。そなたの働きは私の想像を超えていた。壊滅状態にあった村の瘴気をたった一人で取り除き、村の復活に多大な貢献をした。英雄の村の復活は、我がアクリア王国の復活を象徴するものとなり、王国の誇りそのものだ」
「もったいないお言葉です、陛下」
型通りのやり取りが続く。二人とも王の言葉は予想できていたので、特に驚くことはない。バークス王が二人を賞賛し、二人はその言葉を有難く頂戴する。
しかしリアはずっと気がかりなことがあった。それはこの場にマティアス王子と聖女ルイーゼがいることだ。バークス王がリアとゼインに村の様子を聞くだけなら、二人がここにいる必要がない。
マティアスとルイーゼはずっと無表情のままその場にいて、じっと王の話を聞いている。
話が一区切りついた時だった。バークス王は側近に何やら耳打ちをすると、側近は玉座の近くにある扉から外へ出ていった。
「――さて、実はこの場にもう一人呼んでおるのだ」
そう言いながらバークス王は扉に目を向けた。あの扉は王族か、それに近い者だけが使う扉である。リアとゼインは怪訝な顔をした。マティアスとルイーゼも不思議そうに視線を交わしている。すると先ほど出ていった側近が戻ってきて扉を開けた。ゆっくりと開いた扉から、意外な人物が姿を現した。
リアはその人物を見て驚き、慌ててその場に跪く。現れたのは『癒しの手』教会の最高権力者である『大聖女アズーラ』だったのだ。
アズーラは杖をつき、お付きの聖女たちと共にゆっくりと進む。ルイーゼもさすがに大聖女アズーラの姿を見て驚き、不安そうにマティアスの服の袖を掴んだ。
「なぜアズーラ様がここにいるの?」
「落ち着いて、ルイーゼ。アズーラ様は王族の一人なんだから、ここにいてもおかしくはないよ」
「でも……アズーラ様は王都の外れにお住まいで、王宮とは距離を置いているはずでしょ?」
マティアスとルイーゼは顔を寄せ、こそこそと話している。
大聖女アズーラは癒しの手教会のトップであるが、年を取ったことと膝を悪くしたこともあり、近年表舞台から姿を消していた。王都の教会に姿を見せることもなくなり、普段は王都の外れにある屋敷で静かに暮らしていると言われていた。それが突然王宮に姿を見せたのだ。ルイーゼが驚くのも当然だった。
ようやく玉座の前に立った大聖女アズーラは国王と向かい合う。その場の空気が張り詰める中、王はアズーラに微笑んだ。
「久しいな、大聖女アズーラよ」
「年老いた身体に鞭を打ち、遠路はるばる王宮まで。すっかりくたびれ果てましたわ、陛下」
「しばらくぶりの再会だというのに、相変わらずの減らず口だな、アズーラ。元気そうで何よりだ」
「まあ、陛下。私と次に会うのは棺の前だと思っていたんじゃありませんこと?」
「何を言う。私よりも長生きしそうではないか」
からかわれたバークス王は笑い、アズーラも笑顔を返す。傍目には年老いた母と息子のような雰囲気である。張り詰めた空気が一気に和らいだあと、アズーラは王の隣に置かれた椅子にゆっくりと腰かけ、リアに微笑んだ。
「聖女リア。英雄の村での働きのことは、私も聞いています。あなたはやはり私の見込んだとおり……いえ、私の見込んだ以上の聖女でしたね。癒しの手教会として、あなたを誇りに思います」
「大聖女アズーラ様。もったいないお言葉です」
目を細めるアズーラの穏やかな表情に、リアの胸が熱くなった。リアが教会の規則より二年も早く聖女となったきっかけとなったのが、生まれ故郷の教会で大聖女アズーラと出会ったことだった。アズーラがリアの才能を見抜き、リアを特別に教会へ入れたのだ。リアの人生を大きく変えたのが、アズーラだった。
「さて……もう一人の聖女、ルイーゼ」
「は、はい。アズーラ様」
声をかけられたルイーゼは緊張気味に椅子から立ち上がり、アズーラに向かって膝を落とした。
「レーイン村でのことは、私の耳にも入っていますよ」
その言葉を聞いたルイーゼの表情が曇った。




