第30話 勝手な言い分
七日間という短い時間だったが、リアの頑張りでレーイン村の瘴気は減ってきた。とはいえ綺麗になったのはあくまで村の一部だけで、全体を元に戻す為にはまだ時間がかかる。
ゼインはすっかり騎士たちの信頼を得ていた。騎士ネイサンと共に若い騎士らを率いて、リアが浄化した家の片づけをしたり、木の苗を植えたり畑に種をまいたりした。綺麗になったのは野営地の周辺だけだったが、それでも以前の村の様子とはだいぶ変わってきていた。
騎士たちは日ごとに変化する村を見て、どんどん士気が高まっていった。初めはどこかやる気のないように見えた彼らが、村を綺麗にしようと自ら積極的に動くようになっていた。
そしてあっという間に期限の七日目が来た。リアとゼインはレーイン村を出ていくことになった。みんなで最後の朝食を食べ、別れを惜しんだ。
帰り支度を済ませたリアとゼインを見送ろうと、騎士たちは二人の前にずらりと並んだ。
「リア様、あなたのおかげで村の復興が進みました。感謝いたします」
ネイサンを始め、騎士たちが全員リアの前に跪いた。リアは戸惑いながらゼインに目をやるが、ゼインは無言で頷く。
「……お礼などいりません。これが私の使命ですから。本来なら途中で引き上げることなく、全ての瘴気を浄化したいところなのですが、これが殿下との約束ですので」
「いえ、リア様には十分役目を果たしていただきました。あとのことは我々にお任せください」
ネイサンはきっぱりと言い切った。リアは浄化を途中で放り出して帰ることに少しの罪悪感があったので、ネイサンにそう言われ少し心が軽くなった。マティアス王子と聖女ルイーゼに協力することは本意ではなかったが、リアにとっては村の復興のほうが大切だった。それでもこれ以上リアがこの村に留まるのは正しいことではない。ネイサンの言うとおり、このあとのことは王子と聖女の問題である。
「ゼイン様にも色々助けていただき、お礼のしようもありません。我々はゼイン様から受けた恩を生涯忘れないと誓います。もしもあなたが困った時、我々は必ず助けに参ります」
ネイサンと騎士たちは、今度はゼインに向かって跪いた。
「礼などいらん。俺はただの雑用係だ」
「相変わらずですね」
ぶっきらぼうに返すゼインを見ながら、ネイサンは笑った。
その時だった。突然村に大柄な男が乗った馬と立派な馬車がやってきた。それは確認するまでもなく、マティアス王子が乗っていると思われる馬車と、彼の護衛であるアードンに違いなかった。
「なんだ、こんな朝早くに」
ゼインは馬車から悠然と降りてくるマティアスの姿を見ると、眉をひそめた。マティアスに続いて出てきたのは、聖女ルイーゼだった。マティアスに手を預け、優雅に馬車から降りてきたルイーゼは、リアと一瞬目が合うと勝ち誇ったように微笑んだ。
ルイーゼはリアと同じ聖女服に身を包んでいたが、長く着ていてだいぶくたびれた聖女服を着ているリアとは違い、ルイーゼの聖女服はまるで新品かのように綺麗だった。よく手入れされた髪には金の髪飾りが輝き、彼女の両手にはそれぞれ宝石がはめられた指輪が光る。対するリアは長い髪をまとめ、細くて華奢な指には何も飾りがない。
ゼインは険しい顔で、リアを守るように彼女の前に立った。マティアスとルイーゼ、そして護衛のアードンの三人がこちらに近寄ってくるのを、騎士たちは不安そうに眺めていた。
「早く出てきて正解だったよ。あやうくすれ違いになるところだった」
マティアスは笑いながらゼインの前に立った。彼は完璧な笑顔だったが、その目はまるで笑っていない。ゼインの表情がますます険しくなった。
「わざわざ殿下が俺たちの見送りに来ていただけるとはな」
ゼインの言葉にマティアスは一瞬間を置くと、突然大声で笑い出した。
「見送る⁉ 俺がお前たちをわざわざ? 笑わせるな。俺がここへ来たのは、お前たちがちゃんとやっているか確認する為だ。怠けていたら承知しないぞ」
「俺たちに大事な役目を押しつけておいて、見送り代わりにかける言葉がそれか?」
マティアスは眉を吊り上げ「何?」と返した。いきなり険悪な雰囲気になり、その場の空気が緊張する。護衛のアードンはずっとゼインを睨むように見ていて、いつでも剣を抜けるように手を柄にかけている。
「お前たちは俺からまだ帰る許可を得ていないぞ。俺たちは今から村の視察をする。満足な結果が得られなければ、お前たちを帰すことはできないな」
「何だと? 何があろうと七日で帰るという約束だ」
「それはお前たちの『仕事ぶり』によるな」
「……ふざけやがって」
ゼインは吐き捨てるように言った。騎士たちは困ったようにお互いに視線を交わしている。一方でリアは嫌な予感に胸が苦しくなった。
(この人たちは私を帰さないつもりなんだわ)
マティアスの魂胆は丸わかりだった。浄化がどこまで進んだか確かめると言い、なんだかんだと難癖をつけてリアを村に残すつもりなのだ。こんな朝早くに王の別邸からわざわざやってきたのも、リアたちが帰る前にどうしても間に合わせたかったからだろう。
マティアスとルイーゼが村の様子を見て回るのを、後ろからリアとゼインが着いていった。他の騎士たちも心配なのか、少し離れたところから見守っている。
「これは凄いな……さすがリアの力は本物だ。まるで呪いなどなかったかのような回復ぶりじゃないか」
瘴気がなくなった場所を見たマティアスは素直に驚いていた。横のルイーゼは不満そうに顔を歪め、リアを睨むように見ている。
「恐れ入ります」
リアはルイーゼの突き刺すような視線を感じながら、暗い表情で答えた。
「……だが、回復できたのはこの辺りだけか。リアならばもっと多くの瘴気を取り除くことができたはずだ。この七日間、何をしていた? これでは到底約束を果たしたとは言えないな。リアにはこのまま村に残ってもらうしかない」
「そんな、困ります!」
やはり、と思いながらリアはマティアスに訴えた。しかしマティアスは嫌な笑いを浮かべながら「駄目だ」と首を振った。
「七日間というお約束だったはずです。約束どおり、私はゼイン様と英雄の村へ帰ります」
「確かにそういう約束をしたが、それはリアの働きぶりによる。リア、俺が満足できないなら駄目なんだ。分かるな?」
急にマティアスの顔が険しくなり、リアを睨みつけた。リアはきゅっと身体をこわばらせる。婚約していた頃、リアはマティアスに強く言われると逆らえなかった。それは二人の立場の違いからくるもので、もうマティアスに怯える必要はないはずだ。だがリアはつい反射的に身を縮めてしまう。
ゼインはリアの前に立つと、マティアスを睨みつけた。
「殿下が何と言おうと俺たちは村へ帰る。たった七日でここまで回復させられたのは、リアの努力あってのことだと分からないか? そちらの聖女様では到底ここまでできなかっただろう」
「なんですって? 英雄ゼイン。私を侮辱するつもりなの?」
ルイーゼは不機嫌さを隠すことを諦め、強い口調でゼインに食ってかかった。
「侮辱などしていない。リアはこの七日間、寝る間も惜しんで瘴気を浄化し続けた。あんたはどうだ? この七日間何をしていた?」
「し……失礼ね! 私はリアの後始末をやらなければならないのよ? これから忙しいんだから」
「後始末、だと? お前が? リアの後始末をやるだと?」
ゼインは突然笑い出した。腰に手を当てながら肩を揺らしてククッと笑い、顔を上げた彼の顔は不敵な笑みを浮かべていた。
「ゼイン様、落ち着いてください」
リアはゼインの顔を見て、慌てて小声で囁いた。ゼインの全身から湧き上がるような怒りを感じたリアは、このままだとゼインが剣を抜くのではないかと心配になったのだ。
ゼインの変化に気づいたのはリアだけではなかった。王子の護衛アードンの目の色も変わり、今にも剣を抜かんとしている。
「英雄ゼイン。以前から思っていたが、お前は国の英雄だと祭り上げられ、少し勘違いをしているようだな」
ゼインとアードンの雰囲気が変わったことに気づかないマティアスは、ニヤニヤと笑いながら更にゼインを煽る。ルイーゼはそんなマティアスを誇らしげに見つめている。
「勘違いだと?」
「確かにお前がウィラード王を倒したのは事実。だが魔族の拠点を捜し、魔族を追い詰めたのは我々『王国騎士団』の力だ。お前は運よくウィラードの隙に入り込めただけにすぎない。そもそも傭兵団なんてものが我々の手柄を横取りするなどあり得ない。父上も兄上もお前たちに甘すぎた。傭兵団なんて農民や木こりが金目当てに剣を持っただけの連中だろう。我々騎士団とは生まれも成り立ちも全て違う。俺から見たらお前たちなど山賊と一緒なのだ。そんなお前が国の英雄だって? 笑わせる。ちょっと父上に褒められたくらいで調子に乗るな」
だんだん気分がよくなってきたのか、マティアスの自分勝手な演説は更に続く。
「そこにいるリアは元々俺の婚約者だ。お前はリアを褒美に欲しいと言い、俺から奪った。つまりリアは俺のものだった。リアは俺の頼みを聞くべきであり、お前はリアを俺に差し出すべきなのだ。なぜならお前はただの山賊で、奪ったものは俺に返さなければならないからだ!」
「……言いたいことは全て言ったか?」
ゼインは低い声で答え、その手をゆっくりと剣の柄に伸ばした。
「ゼイン様! ここで剣を抜いてはいけません」
リアは慌ててゼインに訴えた。
「危険だから下がっていろ」
「落ち着いてください。私たちが頑張って綺麗にした村を、血で汚すつもりですか?」
リアの声には怒りがあった。ゼインは一瞬躊躇したあと、もう一度「下がっていろ」と低い声でリアに言った。




