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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第29話 授かった力

 リアは村のテントの中で、身体の中から無数の針が突き出るような痛みに苦しんでいた。

 

 この痛みは何度経験しようと慣れるものではない。あまりの痛みに悲鳴が出そうになるのをぐっとこらえながら、リアはひたすら早く時が過ぎるのを待つ。


 この時ばかりは(どうして自分だけがこんな痛みに耐えなければならないの)と女神エラを恨みそうになった。なぜ聖女として生まれてしまったのか、このまま死んでしまえればどんなに楽だろうと思いながら、リアはひたすら痛みに耐え続ける。


 そしてしばらくすると、痛みが限界を超えた先に、リアはふわりと身体が浮くような感覚を味わう。聖女の『血』が呪いを解いた証だ。この時、頬を流れる汗はひんやりと冷たく、頭はぼんやりとして心地よさすら感じる。

 リアは痛みの先にある、この一瞬の解放感を味わうのが好きだった。今までこの感覚を人に話したことはない。全ての聖女が同じ感覚を味わうのか、リアは知らない。


「ふう……」

 

 リアはテントの中で深く息を吐き、落ち着いたところで外に出る。村の瘴気はまだまだ残っているので、時間が許す限り瘴気を浄化するつもりだ。


 ゼインは他の騎士たちと一緒に作業をしていた。瘴気がなくなった井戸を再び使えるように綺麗にしたり、リアが瘴気を取り除いた家の片づけをしたりしていた。ゼインは口数こそ少ないが、騎士たちに混じってよく働いた。若い騎士たちはゼインと一緒に働けることを喜び、彼を積極的に手伝った。


 ♢♢♢


 夜になり、みんなで焚き火を囲んで食事をした。水代わりのワインを飲み、塩漬け魚のスープや炙った干し肉を食べ、労働の疲れを癒しながら楽しい時を過ごす。

 

 リアは酒が苦手だが、ここではワインしか飲むものがない。それでもみんなで乾杯すれば美味しく感じられるようになるから不思議だ。食事のメニューも決して豪華とは言えないが、疲れもあってか身体に染みわたる味だった。

 ゼインはリアの体調を心配していて、英雄の村からリアの為の食料を持ち込んだ。乾燥フルーツや蜂蜜、ヤギのチーズなど、栄養のつくものを持ってきており、リアに食べるように言った。


「私だけが食べるわけには……」

「俺たちのことはいいから、食べろ。ここではあんたが命綱なんだ。倒れられたら困る」

「……すみません」


 ゼインは以前、栄養不足で無理をして倒れたリアのことが心配なのだ。他の騎士たちも「リア様、遠慮せずに召し上がってください」と勧めるので、リアは有難くいただくことにした。甘酸っぱいブドウと、蜂蜜をかけたチーズは、どちらもワインに合う味だ。できればみんなで分け合いたいくらいの美味しさである。少しの罪悪感を覚えながら、リアは騎士たちが楽しそうに笑い合う姿を眺めていた。

 

 騎士たちの興味はやはり、英雄ゼインの冒険譚だ。みんなゼインの話を聞きたがるが、ゼインは面倒臭そうに首を振り「俺の話など面白くもない」とけんもほろろに断った。


「ゼイン様さえよければ、私も聞きたいです」

 

 リアは思い切ってゼインに声をかけた。ゼインはあまり戦の話をしたがらないので、リアも当時の話を聞いてみたいと思っていたのだ。ゼインはリアに(余計なことを言いやがって)と言いたげな目で見たあと、渋々口を開いた。


「それなら、俺の村を襲った魔族を倒した時の話をしよう」

 

 その場にいた全員が静まり返り、一斉に視線がゼインに集まった。


「――俺はずっと、村を襲った魔族を捜していた。そいつは魔族の王ウィラードの側近の一人で、強力な呪いを操れた。手がかりはその『呪い』だ。俺には詳しいことは分からないが、呪いの強さで術者をある程度見分けることができるらしい。つまり、より強い瘴気が残った場所の近くに、強い術者がいるはずだと」

 

 焚き火に照らされるゼインの顔を、全員が見つめている。ゼインの話は続く。

 

「――俺の村を襲った魔族をとうとう見つけた時は、全身の血が沸き立つような気がした。だが俺がそいつの前に立った時、そいつは俺の顔を見て『誰だ?』って言った。あいつが俺を知らないのは当然だ。襲撃の時、俺は村にいなかったからな……でも仲間のフォリーを見て、ようやくそいつは思い出したようだ。そいつはフォリーのことを『裏切り者の血』だと侮辱して笑った」

 

 魔法使いフォリーは魔族と同じ種族であるが、彼は人間の暮らす土地で育ち、魔族とは何の関係もない男だった。人間と共に暮らす魔法使いを、魔族は侮蔑を込めて『裏切り者の血』と呼ぶ。フォリーを侮辱されたゼインは怒りに身体が震えたが、同時になんだかおかしくなって笑いがこみあげてきたのだという。


「笑いがこみあげた?」

 騎士の一人が不思議そうに尋ねると、ゼインは少し口元に笑みを浮かべながら「ああ、なんでだろうな」と答えた。

 

 魔族と対峙したゼインの顔には笑みが浮かんでいた。それは探していた魔族を見つけた喜びか、それともゼイン自身が死と隣り合わせの戦いに憑りつかれていたのか。彼自身にも分からない感情だった。

 

 彼が構える剣には既に他の魔族の血がべっとりとついていて、彼の顔も返り血ですっかり汚れていた。ゼインの強さは、立派な体格に似合わない素早さと判断の的確さ、なにより死をも恐れない勇敢さである。

 

 フォリーが魔法で支援し、他の仲間も一斉に攻撃を仕掛ける中、ゼインは一人冷静にその場に立っていた。魔族は魔法を操り、攻撃は主に彼らが操る恐ろしい獣である『使い魔』が行う。つまり、魔族自体はそれほど力が強いわけではない。魔族の魔法はフォリーが防ぐ。ゼインは隙をついて魔族に斬りかかるだけだ。


「敵を目の前にしても、恐ろしさは感じなかった。俺は目の前の敵がどのように動くか、手に取るように分かる。気づいたら俺はそいつの首を斬っていた。俺には魔法なんてもんはないが、敵を倒す為に必要な力を授かったんだろう。あの日亡くした村のみんなの命と引き換えにな」

 

 そう語るゼインの顔は憑き物が取れたように穏やかだったが、リアはその表情に胸が締め付けられそうになった。


 不思議な力などあるわけがない。ゼインは自分の命と引き換えにしても魔族の王を倒したいという、その気持ちの強さのみで戦っていたに違いない。もしも奇跡があるとするならば、女神エラはゼインにほんの少し、運の良さを与えたに過ぎない。


 リアはゼインの話を聞きながら、そう思った。

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