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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第28話 レーイン村

 王子と聖女との話を終えたリアとゼインは、その足でレーイン村へと出発することになった。


「ろくな休憩も取れずにすみません」

 

 出発前、二人に同行する騎士ネイサンが申し訳なさそうに言うと、ゼインは屋敷を見上げて鼻で笑う。


「あの二人は、俺たちを一刻も早くこの屋敷から追い出したいんだろうな」

「そういうつもりではないと思いますが……」

「まあ、俺たちもあの二人とお茶会なんてまっぴらだ」


 小馬鹿にしたように話すゼインに、リアも「そうですね」と合わせた。話が終わったあと、マティアスとルイーゼは二人を追い立てるように見送ったのだ。リアもゼインも、二人と仲良くお茶を飲んでおしゃべりする気などない。早々に屋敷から去ることにしたのである。


 ♢♢♢

 

 森を抜け、山のふもとにあるレーイン村にようやく到着した頃には、既に日は落ちかけていた。


 馬車から降りて村の様子を見たリアはため息をついた。英雄の村も酷い状態だったが、ここも瘴気だらけだ。幸い建物は無事なものが多いようだが、いくつか焼け出されて瓦礫の状態となっている。

 村に入ってすぐのところにテントが建っていて、焚き火から煙が上がっているのが見える。そこには多くの騎士や使用人らしき人々がいた。


「……まさか、英雄ゼインがここに⁉」

「おお! 英雄ゼインだ!」

「聖女様もいるぞ!」


 騎士たちは二人の姿を見ると驚いて立ち上がり、すぐに駆け寄ってきた。彼らはゼインを取り囲み、目を輝かせている。


「英雄ゼイン。お会いできて光栄です」

「僕は以前、あなたを戦場でお見かけしたことがあるんですよ」

「英雄ゼインとこんなところで会えるだなんて……感激です!」


 リアは改めて、ゼインの功績の大きさを肌で感じていた。長年倒されなかった魔族の王ウィラードの首を取ったゼインはまさに『国を救った英雄』で、王国騎士団にとっても憧れの存在なのだ。


「俺は聖女リアの護衛として来た。これから七日間、リアはここに滞在して瘴気を浄化する」

「聖女リアと申します。今の状況を教えていただけますか?」

 

 リアが騎士たちに挨拶をすると、騎士たちは戸惑うように顔を見合わせた。


「リア様が瘴気を……? それはとてもありがたいですが、浄化はルイーゼ様がやると聞いていたので……」

 

 どうやら彼らはリアが来ることを知らされていなかったようである。二人に同行していた騎士ネイサンが前に出て、彼らに状況を説明した。ようやく事態を把握した騎士たちは、大慌てでリアに跪いた。


「先ほどは失礼いたしました。実は瘴気が全く浄化されず、我々はただここで待機しているばかりで困り果てていたところだったのです。リア様に来ていただけて本当に助かります」

 

 彼らの顔には疲労の色が濃く出ている。リアが事情を聞くと、瘴気に侵された土地では作業らしい作業は殆ど進まず、やることもなく、ただ時間が過ぎるのを待っている状態なのだという。


「――分かりました。私がいられるのは七日間だけですので、どこまでできるか分かりませんが、できるだけのことはしたいと思います」

「感謝いたします、リア様」


 リアは頷いて見せたが、英雄の村での役割とはまた違う大変な役目だ。早く瘴気を取り除かなかければならないが、僅か七日間という短い時間でどこまでできるか。リアは改めて気を引き締めた。


 ♢♢♢


 その日はすぐに日が暮れて何もできなかったので、リアとゼインはそのままテントで夜を明かした。騎士たちはリアの為にテントを用意した。もっともそのテントは、本来ルイーゼが使用するためのものだったが、結局一度も使われていないものだった。皮肉な話だが、リアはルイーゼのテントのおかげで安心して眠ることができたのだった。

 

 ゼインは騎士たちのテントで一緒に雑魚寝をした。騎士たちは英雄に雑魚寝をさせることに恐縮していたが、ゼインは戦で雑魚寝をしていたので、こういうことには慣れていると全く気にしない。大きなテントの片隅で、ゼインは荷物を枕に眠った。

 

 翌朝から早速、リアは瘴気の浄化に取り掛かった。建物の被害は一見少なそうに見えたが、実際に家の中を見てみるとどこの家もかなり荒らされていた。魔族によって荒らされたのか、獣によって荒らされたのか、もはや分からない状態だ。家の中も瘴気に侵されたままの箇所があり、騎士たちも迂闊に中へ入れないのだという。


 そして英雄の村と同様に、村の井戸は瘴気で汚染されていた。リアは最初に、野営地の近くにある井戸から瘴気の浄化を始めることにした。

 

 騎士たちはリアの奇跡を見ようと、続々と集まってきた。彼らの好奇心に満ちた視線に動じることなく、リアは井戸に手をかざした。


「おお……!」

 

 騎士たちからどよめく声が上がる。リアの力がルイーゼと比べ物にならないのは一目瞭然だった。あっという間に瘴気を取り込み、井戸は元の姿を取り戻したのだ。


「凄い、こんなに早く浄化が終わるなんて初めて見たよ」

「さすがリア様だ……!」


 若い騎士たちは、初めて見るリアの奇跡に興奮していた。


「お前たち、いつまで見ているんだ」

 

 ゼインが彼らをかき分けるように出てきて、リアの様子を見ながら「大丈夫か?」と声をかけた。


「ええ。平気です」

「無理はするんじゃないぞ。ここにはフォリーがいないからな」

「分かってます」

 

 リアが微笑むと、ゼインは騎士たちを見渡して声を張り上げた。


「俺は村の外の様子を見てくる。誰か着いてきてくれ」

「それなら私が行きましょう」

 

 真っ先に声を上げたのは騎士ネイサンだった。ゼインは「頼む」と頷き、二人で村の外へ向かった。


 ♢♢♢


 ゼインとネイサンは村の周囲を見て回っていた。レーイン村は山のふもとにあり、ゼインの村よりも規模が小さい。幸いレーイン村の瘴気は村の中だけで留まっているようで、村の外には大きな被害がなかった。

 

「村の外にまで瘴気が広がっていたら大変だと思っていたが、とりあえず一安心だな。この様子ならあの聖女一人の力でもなんとかなるだろう」

「え、ええ……そうですね」

「なんだ、あの聖女では心配か?」

「いえ、そういうわけでは」


 慌てて首を振るネイサンを見ながらゼインは「そうか」とだけ返した。しばらく無言で歩いていた二人だったが、とうとうネイサンが沈黙を破った。


「ゼイン様はご存知ないでしょうが、ルイーゼ様お一人の力で村の瘴気を浄化できるのか、少々気がかりです」

「まあ、恐らくそんなことだろうと思っていた」

「既にご存知でしたか」

 ネイサンは気まずそうな顔で横を歩くゼインを見た。


「あの聖女の力を見たことはないが、わざわざリアを頼るくらいだ、自分の力によほど自信がないんだろう」

「そうでしょうね」

 さらりと返すネイサンに、今度はゼインが訝しげな視線を送った。


「あの聖女がたとえ無能だろうが、陛下と約束したんだろう? レーイン村を元に戻すと。あの聖女を引きずってでも、浄化をさせるしかないんだぞ」

「はは……そうならないことを願います」

「まるで他人事みたいに言うんだな、あんたは」

 ネイサンは一瞬目を泳がせたあと、ふっと笑った。

 

「私はロベルト王太子殿下に頼まれて、ここへ来たのです。他の騎士はみな私の部下です。正直に申し上げれば、マティアス殿下のことをよく知りません」

「そうだったのか。どおりであんたはまともな騎士に見えたわけだ。他の騎士も素直でいい連中だが、まだ新人というところか?」

「ええ。彼らは騎士になってまだ一年かそこらです」


 ゼインはネイサンの話に驚いて見せたが、同時に納得もした。レーイン村に来ていた騎士たちは全員若く、素直だがどこか頼りない男たちだった。彼らはゼインの顔を知っていたが、ゼインは彼らの顔に見覚えがなかった。


「多くの騎士は他の町の復興に駆り出されていますから、人手が足りないのもありますが……マティアス殿下の部下たちは他の任務があり、同行できなかったのです。この試練はあくまでマティアス殿下が個人的に行っているもの。彼らが任務を優先するのは当然ですから、仕方のないことではあるのですが」

「なるほどな。それで困った弟に泣きつかれた兄が、あんたに同行を頼んだというわけか。どうやら第二王子は人望もないと見える」

 

 ネイサンは苦笑いしながら「私の口からはなんとも」と言い、話を続けた。


「王の別邸で大柄な男をご覧になったでしょう? アードンも元々はロベルト殿下の護衛を務めている男です」

「アードンのことは俺も知っている。何故マティアス殿下の護衛をしているのか不思議に思っていたが、そういうことか」


 ゼインは呆れたようにため息をついた。ネイサンの話を聞く限り、マティアスが自分の力で連れてくることができたのは、愛するルイーゼと使用人だけだ。手伝いの騎士も自身の護衛も、全て兄のロベルト王太子頼りだったというわけである。


「ゼイン様だから申し上げるのですが……ロベルト殿下はマティアス殿下の幸せを望んでおり、よかれと思ってそうしているのだと思います。ですがマティアス殿下が、我々を便利な手足としか考えていないようなのが気になります」

「その片鱗は既に出ているな。第二王子は別邸に引きこもり、村のことはお前たちに任せきりの状態なんだろう? しかも肝心な瘴気の浄化を、元婚約者に任せようとしている」

「おっしゃるとおりです。ですが我々はそれでも、レーイン村を元に戻す為に力を尽くさねばなりません。ゼイン様、恥を忍んで申し上げます。どうか村を去るまでのあいだ、我々に協力していただけませんか」


 ネイサンは神妙な顔でゼインに頼み込んだ。

 

「俺はリアの護衛をする為だけにここへ来たつもりはない。言われなくとも協力するつもりだ」

「……感謝いたします。ゼイン様」

「そう固くなるな。俺のことはゼインと呼べ。さあ、そうと決まれば村に戻って作業の計画を立てるぞ」

 

 ゼインはネイサンの肩を叩き、先に歩き出した。ネイサンは微笑み、ゼインの後をついていった。

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