第27話 別邸
同じ部屋に泊まった翌朝、二人は食堂で朝食を一緒に食べた。ゼインは食事中、何度も生あくびを噛み殺していた。リアも眠れなかったが、ゼインも同じように寝不足だったらしい。彼の眠そうな顔に少し頬が緩むリアである。
宿を出たリアとゼインは、再び王家の別邸を目指して旅を続けた。幸いこの後に泊まった宿屋では部屋を二つ用意してもらえたので、リアとゼインが寝不足で悩まされることにはならなかった。
そしてようやく、リアとゼインは目的地に到着した。
王家の別邸は森の中にあり、近くには美しい湖もある。ここはバークス王が狩りを楽しむ為に建てられたもので、戦が激しくなってからは王がここへ来ることもなくなっていた。過去に一度魔族の襲撃を受けているが、使用人の住まいが壊されただけで屋敷はほぼ無事だった。その為、屋敷は美しい姿を保ち続けている。ちなみにここから少し先に『レーイン村』がある。
馬車を降りたリアとゼインは、それほど豪華というわけではないが、洗練された美しい屋敷の姿を見ていた。屋敷は二階建てで、周囲をぐるりと石の塀で囲んである。
「なるほど、力仕事は他の騎士に任せて、自分たちはこの屋敷に引きこもりか」
ゼインがフンと鼻で笑うと、同行した騎士ネイサンがあいまいな笑顔を浮かべた。
「マティアス殿下はここで村の再建について考えておられるのです」
「物は言いようだな」
再びゼインが鼻で笑うと、ネイサンは気まずそうに目を逸らした。
♢♢♢
屋敷の応接室に通されたリアとゼインは、マティアス王子と聖女ルイーゼと久しぶりの再会を遂げた。大きなテーブルを挟んで王子と聖女、リアとゼインが向かい合った。
マティアス王子の後ろには、背が非常に高く筋骨隆々な男がリアとゼインを睨むような顔で立っていた。この男は騎士ではない。代々王家の護衛を務めている家系の男で、彼らは『王の牙』と呼ばれている。
「わざわざアードンまで連れてきたのか」
ゼインは独り言のように呟いた。リアも王の牙であるアードンのことは知っている。彼はマティアスの兄であるロベルト王太子の護衛として有名だった。戦のあいだ、野営地でロベルトの後ろにぴったりとついているアードンの姿を、リアは何度も見ていた。
「……マティアス殿下、ルイーゼ様。お久しぶりです」
リアは二人に挨拶をした。マティアスは婚約していた頃とは考えられないほどのにこやかな笑顔で「久しぶりだな、聖女リア」と返した。ルイーゼも気味が悪いほどの笑顔で「お元気そうで安心したわ。ずっとどうしているか心配していたのよ」などと返す。
(私の機嫌を損ねるわけにはいかないものね)
リアは自分でも驚くほど、冷静に彼らと対峙していた。二人に会うことが怖いと思っていたリアだったが、実際に会ってみるとその心配は杞憂だった。半年以上、彼らと離れて生活をしていたリアにとって、二人のことはもう過去のことになりつつあった。
二人は田舎の別邸に滞在中ということで、王都にいる時よりは地味だがそれでもリアとゼインに比べると華やかな見た目だった。ルイーゼは王子の婚約者となり、元々王族だったかのような堂々とした振る舞いだ。彼女の髪に輝く髪飾りは窓から差し込む日の光を反射し、リアは何度も眩しさで目を逸らした。
「英雄ゼインもこの場で話を聞くつもりか?」
リア一人が来ると思っていたマティアスは、リアの隣にいるゼインを見て嫌そうに眉をひそめた。
「俺がいたら何か不都合でもあるか?」
平然としているゼインに、マティアスの隣に座るルイーゼが口を出した。
「マティアス様は聖女リアに用があるのよ? いくらあなたが英雄でも、殿下に対する無礼は許されないわ。すぐに出ていってちょうだい」
「俺はリアの護衛だ。無礼だろうがなんだろうが、ここで話を聞かせてもらう。俺を追い出すというなら、リアも一緒に連れて帰るぞ」
ゼインは一歩も引く様子がない。マティアスは急に焦りだし「いや、構わない」と笑顔でゼインをなだめた。どうやらリアに帰られると相当まずいようである。リアとゼインは無言で視線を合わせた。
「それで、聖女リアを招いた理由なのだが――」
マティアスはリアとゼインに事情を説明した。レーイン村の瘴気を浄化する為に、リアの力を借りたい。ルイーゼは体調が悪く、浄化が進んでいないというのがその理由だと話した。
「体調が悪い?」
ゼインが疑い深げにルイーゼを見る。ルイーゼの表情は、リアとゼインが見る限り健康そのもので、体調が悪いようには見えなかった。
「そうなの。私も努力しているのだけど、どうも体調が優れなくて……」
ルイーゼは額に手を当てて見せる。そのわざとらしい仕草にゼインはため息をつくが、マティアスはそれに気づくことなく話を続けた。
「我々は一刻も早く村の瘴気を取り除かなければならないのだ。だがルイーゼがこの状況ではそれも難しい。瘴気をなんとかしなければ、騎士たちに任せた作業も進まない。リアには早く村の瘴気を浄化して欲しいのだ」
「私からもお願いするわ。リア、やってくれるわよね?」
キラキラとした瞳に媚びるような笑みを浮かべるルイーゼと、不自然なほどの笑顔のマティアス。二人の顔を見ながら、リアは表情を変えずに答えた。
「分かりました。私はそのためにここまで来たのですから」
「よかった! さすがリアね。あなたならきっと私たちを助けてくれると思っていたのよ。ねえマティアス様?」
「ああ、そのとおりだ。リアは俺たちを見捨てるようなことはしないと信じていたよ」
ホッとしたように喜ぶルイーゼと、自信たっぷりに微笑むマティアス。二人の顔をじっと見つめるリアの表情は硬いままだ。
「私はレーイン村を救う為に、ここまで来たのです。決してお二人を助ける為ではありませんので」
リアは静かに、きっぱりと言い切った。マティアスとルイーゼは一瞬ポカンとしたあと、二人とも目を吊り上げた。
「リア。まさかお前が俺に対して言い返すとは思わなかったよ。田舎に籠って常識も忘れたか?」
「そうよ。私たちはこの国の第二王子と婚約者なのよ? 私たちに頼られるのは光栄なことだと思えないのかしら」
二人に早口でまくし立てられ、リアはその迫力に怯んだ。そこへすかさずゼインが割って入った。
「俺たちは、殿下と聖女がレーイン村を復興させている本当の理由を知っている。この言葉の意味を理解できるだろう? 復興が上手くいかなければ、二人は結婚を許されないようだが?」
マティアスとルイーゼの顔がみるみる青ざめた。マティアスの後ろに立つ『王の牙』アードンは眉をひそめ、右手をそっと腰に下げた剣の柄に近づけた。
「……なぜお前がそのことを知っている。誰に聞いた?」
「誰でもいいだろう。陛下はそちらの聖女の能力を疑っているようだな。どうやら陛下の心配は正しいようだ。このままではレーイン村の復興は叶わないだろうと思ったんだろう? だからリアに手伝わせようとした」
マティアスは今度は顔を真っ赤にさせ「黙れ!」と怒鳴った。アードンはいよいよ剣に手をかけるが、ゼインは眉一つ動かさずに話を続けた。
「リアを手伝わせることに、俺は反対だった。それでもここへ来たのは、リアが村を元の姿に戻したいと言ったからだ。リアがそうしたいと言うなら、俺は従う。二人とも、リアに手伝わせたことが陛下に知られると困るんだろう? 安心しろ、俺たちは今回の件について、口外するつもりはない」
「ほ……本当か?」
マティアスはホッとした顔をしたが、ゼインは眉間に皺を寄せてマティアスを睨んだ。
「その代わり、条件を出す。リアが手伝うのは七日だけだ。それ以上は手伝えない。残りはそちらの聖女様が一人でやるんだな」
条件を出されたマティアスとルイーゼは、不安げに顔を見合わせた。
「七日だって……? たった七日じゃろくに浄化もできないじゃないか」
「そうよ、最低でもリアには三か月はいてもらわないと……」
「三か月だと? まさか、リアに村の浄化を全てやらせようとしていたんじゃないだろうな?」
マティアスとルイーゼは、当然だと言わんばかりに頷いた。
「そのつもりだが?」
「浄化を途中で投げ出すなんて無責任でしょう? 最後までやってもらわないと困るわ」
「そっちが困るかどうかはどうでもいい。俺たちは長く村を空けられない。リアの帰りを待っている村人たちが大勢いるんだ。何を言われても俺とリアは七日で帰る。それが条件だ」
隣で聞いていたリアは、思わずゼインの横顔を見た。
(私が帰る場所は、英雄の村でいいの?)
ゼインが何気なく口にしたその言葉に、リアの胸が弾んだ。
「……分かった、その条件で構わない」
「マティアス! いいの?」
ルイーゼは慌てているが、マティアスは余裕たっぷりな笑顔を見せた。
「大丈夫さ。リアには七日間、きっちりと働いてもらえばいい。残りは君一人でもできるくらい、瘴気を減らしてもらえばいい。それなら平気だろう?」
「そ……そうね……」
ルイーゼは笑みを浮かべたが、その顔には不安が広がっていた。




