第26話 同じ部屋
英雄の村を出発したリアとゼイン。先導する騎士ネイサンの後に、リアが乗る馬車が続く。ゼインは馬車の御者として、リアの馬車を操っていた。
聖女が町の外を移動するときは、基本的に護衛をつける。呪いを解く力を持つ聖女は、魔族がいつ狙ってもおかしくない。聖女は戦う力を持たないので、守る者が必ず必要だった。
道中立ち寄った宿屋では、以前王都から英雄の村まで旅をした時と同様に、英雄ゼインは大歓迎された。宿屋の主人はリアとゼインの為に最高の部屋を用意すると言ったのだが、そこで以前と同じ問題が起こった。
リアとゼインは一つの寝室に案内されたのだ。宿屋の主人はよかれと思い、二人を同室にしているのは明らかだが、ゼインは眉をひそめている。
「俺とリアは別の部屋にしてくれ」
「別ですか? お二人は夫婦なのではと」
「俺たちは夫婦じゃない。すぐに別の部屋を用意してくれ」
ゼインに強く言われ、宿の主人は大慌てで「急いで用意します!」と去っていった。
「心配しなくていい。いざとなったら俺は馬車で寝る」
「そういうわけには……」
困った顔をしているリアに、ゼインはそう言った。寝室には二つのベッドが並んでいて、中も広い。居心地も悪くなさそうだが、さすがに二人が同室というわけにはいかない。
「とりあえず、部屋が用意できるまで中で待とう」
「はい……」
二人は寝室に入った。リアは少しガタつく椅子に腰かけ、ようやく一息つく。ゼインは腕組みしながら、窓から外の様子を眺めていた。
リアはふと、ゼインと一緒に王都から旅をしていた時のことを思い出していた。
あの時はゼインがどういう男か知らず、ただ彼に怯えていた。彼に何をされてもおかしくないと思い、常に身をこわばらせていた。次第にゼインは乱暴な男ではないと分かり、徐々に警戒心が薄れていったのだ。
ゼインは戦が終わってもまだ身体を鍛えていたようだ。リアの目に映るのは、広い背中と逞しい腕。リアは村で時々、ゼインが剣の稽古をしているのを見ることがあった。もう魔族の王は倒されたとはいえ、魔族の生き残りは息をひそめて復讐の機会を狙っている。彼らにとって英雄ゼインは王の仇であり、ゼインはいつ命を狙われてもおかしくない。
(まだ彼の戦いは終わっていないのかもしれない)
リアはゼインの背中を見ながら、心の中で呟いた。
♢♢♢
「すみません、ゼイン様……あいにく今日は客でいっぱいでして、部屋は一つしか用意できないんです」
戻ってきた宿の主人が恐縮しながらそう言った。
「分かった。なら俺は馬車で寝ることにする。無理を言って悪かったな」
「そんな、馬車で寝るだなんて! 国を救った英雄にそんな扱いできませんよ」
主人が目を丸くして叫ぶ。リアは慌てて椅子から立ち上がり、ゼインの隣に立った。
「私は同室でも構いません」
「何を言い出すんだ」
いつも冷静なゼインも、さすがに今の言葉には驚きを隠せなかった。
「ベッドは二つありますから、間に仕切りを置けばなんとかなります」
「聖女様がそうおっしゃるのでしたら、すぐに仕切りを用意いたしますよ!」
「ええ、お願いしますね」
「ありがとうございます! 聖女様の寛大な心に感謝いたします!」
宿の主人はホッとした顔でリアにお礼を言い、仕切りを用意しに去っていった。
「……まさかあんたが同室でもいいと言うとは思わなかった」
主人が去ったあと、ゼインはポツリと呟いた。
「部屋がないんですから、仕方ないです。ゼイン様を馬車で寝かせるわけにはいきません」
リアは平然とした顔で返す。
「俺は別に構わんと言ってるんだ。戦では土の上で寝ることもある」
「戦は終わったんですよ、ゼイン様。あなたが土の上で寝る必要は、もうないんです」
リアは珍しく、語気を強めた。ゼインはリアの言葉に戸惑いながら「……分かった」とだけ答えた。
♢♢♢
リアとゼインのベッドのあいだは、ロープに掛けたシーツで仕切られた。
仕切りがあるとはいえ、シーツ一枚隔てた向こうにゼインがいるという事実に、リアが戸惑わないはずがない。幼い頃から教会で暮らし、周囲は女ばかりという環境の中にいたリアである。村に来てからは反対に男ばかりの環境になったので、多少は男に慣れたものの、さすがに家族でもない男と同室で寝るという状況は経験がない。
「……では、休みます。おやすみなさい」
ベッドに入り、隣にいるゼインに声をかけると、向こうからも「おやすみ」と返ってきた。シーツに背を向けて横向きになり、早く眠ってしまおうと目を閉じるリアだったが、やはりそう簡単には眠れそうもなかった。
仰向けになったり再び横向きになったりと、もぞもぞと動いていたリアに、シーツの向こうからゼインが「眠れないか?」と声をかけてきた。
「……はい」
「俺もだ」
(ゼイン様も同じなんだわ)
シーツに目をやりながら、リアは思わず微笑む。
「……あの、ゼイン様」
「なんだ」
リアはずっとゼインに聞こうか迷っていたことがあった。一度深呼吸をしたあと、リアは思い切って口を開く。
「ゼイン様には、奥様がいらしたんですよね。どういう方だったのか、聞いてもいいですか?」
再び沈黙が訪れた。(やはり聞くべきではなかった)とリアは後悔した。ゼインの過去に関する話は、これまでなんとなく避けていた。ゼインには妻がいた、という話だけは知っているが、魔族の襲撃で亡くなってしまった妻のことは聞かない方がいいだろうと思っていたのだ。ゼインも触れられたくない話のはずだ。襲撃から五年以上経っているとはいえ、彼にとってはまだ過去になっていない話かもしれないからだ。
「……同じ村で育った幼馴染だ。彼女は、とても……優しい人だった」
ゼインは突然話し始めた。リアは思わずシーツの方に目をやる。
「あの日、俺はいつものように家を出た。彼女はヴィクターとローザの二人と一緒に森に行くつもりだと話していた。でも、村に戻ったら両親の家で死んでいた。ヴィクターに聞いたら、俺の母親が少し風邪気味だというんで、森に行くのをやめて看病に行くと話していたと」
リアの脳裏に、ローザから聞いた話が蘇る。襲撃の日、ヴィクターとローザの二人は一緒に森の中にいた。そこで上手く隠れた為、襲撃から逃れたと話していた。
「彼女は俺の母を気遣った為に……魔族に襲われた。誰を恨んでも仕方がない。ヴィクターたちは運がよかっただけだ。彼女が森にいれば助かったかもしれないが、反対に見つかった可能性だってある。過去は変えられない」
ゼインは再び黙り込んだ。リアはシーツをじっと見つめたまま、ゼインの次の言葉を待つ。
「俺が恨むべきなのは、魔族の王ウィラードだ。運命のいたずらを恨んではいけないと、俺はそう思うことにしている」
「ええ……私もそう思います」
少しの沈黙のあと、ゼインは突然「俺は、あんたに謝らなきゃいけない」と言った。
「謝る? 何をですか?」
「俺はあんたを『褒美に欲しい』と言い、王都から連れ出した。もしもあんたが王子を愛していたのなら、申し訳ないことをした」
リアは思わず吹き出し「私が、マティアス様を愛する? まさか」と返した。
「なぜ笑う?」
「なぜって、私は王命で婚約したんです。あの人を愛したことなどないですし、たとえ結婚していたとしても、あの人を愛することなどなかったと思います」
「……そうか。ならいい」
どこかホッとしたような声でゼインは答えた。
「ゼイン様。もう一つ、聞いてみたかったことがあります」
「なんだ?」
「魔族の王は倒され、ゼイン様の目的は果たされました。今のゼイン様にとって、生きる目的は何ですか?」
ゼインのため息がシーツ越しに聞こえる。また余計なことを聞いてしまったかとリアは身を固くした。
「目的は、ある。だがそれは人に話すことじゃない」
「そ……そうですよね。ごめんなさい」
その時、ベッドが軋む音がして突然シーツが持ち上げられ、ゼインが顔を見せた。
「ゼイン様?」
突然ゼインが顔を出し、慌てたリアは身体を起こした。
「リアの生きる目的は、なんだ?」
「私……?」
今度はゼインがリアに問いかけてきた。
「わ……私は、国にはびこる呪いを解き、みなさんが安心して暮らせる生活を……」
「リアはそうやって、ずっと人生を呪いに捧げて生きていくつもりなのか? あんた自身の幸せは?」
リアは戸惑い、視線を泳がせた。ゼインはじっとリアを見ている。
「……私は、ずっとこれが自分の生きる意味だと思っています。呪いを解き、人々を救うというのが、私の生きる意味であり、私が生かされてきた意味でもあります。私自身の幸せなど、考えたこともありません」
「それが本当にあんたの本音か? あんたは誰かを心から愛したことはないのか?」
ゼインに問いかけられたリアは、ますます動揺した。
「わ……分かりません。私は聖女です。聖女に自由な人生などありません。聖女の伴侶は大抵、親や教会が決めるものです」
ゼインは深いため息を吐いた。
「それが教会の決まりなのかもしれないが、自由がないなんてのはあんたの思い込みだ。戦は終わったんだから、あんたも好きに生きる権利がある。せっかく王都を出たんだから、あんたも自由になるべきだ」
「わ……私は既に自由で」
「だが今、こうやってあんたはレーイン村の呪いを解く為にまた向かっている。あんたの人生は、呪いに縛られているんだ」
ゼインの鋭い視線がリアの胸に刺さった。ゼインの言うことは最もだが、リアはそれでも生き方を変えることはできない。この特殊な力を活かすことが、彼女の生きる理由だからだ。
「……そうかもしれません。でも私は、これしかできないので……」
「気持ちは分かるが、無理はするな。俺から言えるのは、それだけだ」
ゼインは再びシーツを元に戻すと、シーツ越しに「おやすみ」と言った。
「……おやすみなさい」
リアは再び横になったが、いつまでも眠れない夜を過ごした。




