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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第25話 王子の伝言

「騎士団がこの村に一体何の用だ?」

 

 息を切らせながら、ゼインは鋭い視線を騎士ネイサンに向ける。ネイサンはゼインを見ると急に落ち着かなくなり、慌ててゼインに敬礼をした。


「あ……! あなたは英雄ゼインですね、お会いできて光栄です。私は騎士ネイサン。魔族との戦いでは……」

「挨拶はいい。何故お前はここに来た? リアに何の用だ」

「詳しいことは話せませんが、こちらを……ご覧ください」

 

 ネイサンがおずおずと差し出した紙をひったくるように奪い、ゼインはマティアスからの伝言に素早く目を通した。


「――なんだこれは。マティアス王子はリアをどこへ連れていこうとしている?」

「危険な場所ではありませんのでご心配には及びません。行き先は陛下の別邸です」

「別邸だと? あの王子はリアに何の用があって呼び出しているのか、今すぐ全てここで話せ! でないとお前の腕一本だけを王子に送り返すことになるぞ」

 

 ゼインがネイサンに凄むと、ネイサンは目を白黒させながら話し始めた。

 

「……用というのは、西のレーイン村の呪いについてのことで……」

「レーイン村か、やはりな。国王が王子と聖女ルイーゼが結婚する為の試練を与えたという話は知っている。王子はリアに呪いを解くのを手伝わせる気だな?」

「その話、どこで聞いたのです? まだ公にはしていない話のはずですが」

「どうやら王宮は風通しが良すぎるようだな」

「は、はあ……」

 ネイサンはとぼけるゼインに困惑している。


「マティアス殿下は、私に呪いを解くのを手伝えと?」

 

 二人の話を聞いていたリアは、青ざめた顔でネイサンに尋ねた。

 

「レーイン村の浄化は、私の目から見ても全く進んでいる様子がありません。このままではレーイン村が元に戻ることは難しく、殿下は焦っておられます」

「勝手な奴だな! なぜリアが二人の結婚の試練を手伝わなきゃならない。聖女なら他にもいるだろう? 他を当たれと言え」

「他を当たれと言われても、それができないからこちらに頼んでいるわけで……」

 

 ゼインは目に怒りを浮かべ、今にもネイサンに掴みかかりそうな勢いである。リアはゼインとネイサンが言い合う姿を見ながら、考えを巡らせていた。


 恐らくルイーゼの力では、村の浄化は難しいだろう。ネイサンの話では他の聖女に手伝ってもらうことも難しいようである。

 

 マティアス王子のあの冷たい瞳を思い出すと、リアの胸がぎゅっと苦しくなった。ルイーゼの嘲笑するような顔を思い出すと、リアの胸がむかむかとしてきた。二人とはもう二度と会うことはないはずだった。


 だがレーイン村がこのまま元に戻らないかもしれないと思うと、リアの胸が痛んだ。レーイン村で暮らしていた人々にとっては、リアと王子のトラブルは関係のない話だ。英雄の村にもレーイン村の出身だった者が移住してきている。彼らはレーイン村を逃げだしてから、あちこちの村を放浪していて苦労していたらしい。村が元に戻れば、彼らはレーイン村に戻ってまた以前のような暮らしを取り戻せる。村が復興すれば、英雄の村と同じように移住者もやってくるだろう。


 幸い英雄の村は呪いがなくなり、昔の姿を取り戻した。リアの役目は終わり、ゼインからは「行きたいところがあれば行け」と言われたばかりだ。


(人々を苦しめる呪いを解く。これが、私の生きる意味)


 リアは自分の胸に手を当て、深呼吸をした。そしてゼインとネイサンに向かって口を開いた。


「私、レーイン村に行って呪いを解きます」


 リアの決意を聞いたゼインは信じられない、といった顔をしていた。

 

「本気で言っているのか? あの王子と聖女に協力すると言うのか?」

「あの二人の為ではありません。私の力はレーイン村を救う為に使うべきだと思っただけです」

「そ……それはそうかもしれんが、俺は反対だ。向こうでリアがどんな扱いを受けるか分かったもんじゃないんだぞ」

「……覚悟の上です」

 

 ゼインは大きなため息をつき、天を仰いだ。ネイサンは明らかに苛立っているゼインを心配そうな顔で見ている。


「リアは考えが甘すぎる。あの王子は危険な前線にあんたを送り込み、自分はルイーゼを呼んでイチャついてたような男だぞ?」

「そ……それはそうですけど、あの二人は愛し合っているのですから」

「それとこれとは別だろう……とにかく、リアが行くことに俺は反対だ。おい、お前はさっさと帰って王子に伝えろ。『リアは手伝えない』とな」

 

 ゼインに睨まれたネイサンは困った顔で「そ、そう言われましても……」とぼやく。


「いいえ、行きます。ゼイン様は『行きたいところへ行けばいい』と言ったじゃないですか。英雄の村はもう安全で、ここには私のいる理由がありません。でも王国内にはレーイン村のような場所が他にもあるんです。王国は私の力を使うべきなんです」


 リアは頑なに言い張った。ただ感情的に「行くな」と言うだけのゼインに比べ、リアの言い分は明らかに正しかった。レーイン村を復興させる為にリアが役立つというのなら、リアが行くべきなのだ。


「……あんたは、あの二人に利用されてるだけだ。レーイン村の復興は、王が二人に課した試練だ。あんたが手伝ったら試練の意味がなくなるんだぞ」

「分かっています。でもレーイン村が元の姿を取り戻せるなら、試練などどうでもいいでしょう?」

 

 ゼインはもう一度、大きなため息を吐いた。

 

「リアは本当に頑固だな。分かった、そこまで言い張るなら、このしまりのない顔をした騎士と一緒に行けばいい!」


 ゼインはそう言ってネイサンを指さしたあと、ぷいと背中を向けて去ってしまった。


(彼を怒らせてしまったわ)

 

 ゼインの背中を見ながら、リアは胸がチクリと痛んだ。ゼインがリアに「行きたいところへ行け」と言ってから、二人はどこか噛みあわなくなっていた。

 

 こんなはずではなかった、とリアは思う。リアはずっと英雄の村で暮らしたいと思っていたのだ。マティアスとルイーゼのことは思い出したくもなかったので、当然二人の頼み事など聞く気もなかった。

 だがリアはレーイン村のことを放っておけなかった。ゼインから好きなところへ行けと言われたことも、彼女の決断を後押しした。

 

 ほんのちょっとしたすれ違いが、ここまで大きなことになるとはリア自身も思わなかった。


 ♢♢♢


 騎士ネイサンを外で待たせ、リアは急いで出発の支度をした。レーイン村まではここから馬車で三日かかる。村にはしばらく戻れないので、できれば村人たちみんなに挨拶をしたいところだが、時間的に余裕がない。慌ただしい出発となりそうだ。


 鞄一つを手に持って外に出たリアは、そこにムスッとした顔のゼインが立っているのを見て驚いた。

 

「ゼイン様? その恰好は……」

 

 ゼインは戦に出ていた時と同じ革鎧を身に着け、腰に剣を下げていた。肩に荷物が入った袋を下げていて、ただの狩りにいくような恰好ではない。


「あんたが王子と聖女を手伝うというなら、俺も同行させてもらう」

「えっ?」


「呪いを解くのがリアの役目だというなら、リアを守るのが俺の役目だ。言っただろう? あんたは俺のものだからな」


 リアは驚いて声が出なかった。思わずじっとゼインの目を見つめる。彼の鋭い瞳と目が合ったあと、ゼインはふっと目を逸らした。

 

「さっきは頭に血が上っていて、すまなかった。俺はリアに「好きなところへ行け」と言ったが、リアを追い出したかったわけじゃない。ただ俺は、リアが故郷を懐かしんでいたから、帰りたいなら帰っていいという意味で言ったつもりだった」

「い……いえ」

 リアはゆっくりと首を振った。


「レーイン村を救いたい気持ちは俺も同じだ。だがあんた一人を王子の元へ送り出すわけにはいかない。だから俺も行く」

「でも、村を離れても平気なんですか?」

「村は俺がいなくても大丈夫だ。フォリーにあとのことは頼んである。それと、向こうで長居をする気はない。ある程度瘴気を浄化したら、残りはあの聖女にやらせる。全部をリアがやる必要はないからな」

「……分かりました。ではゼイン様、よろしくお願いします」

 

 胸に手を当て、頭を下げるリアにゼインは無言で頷くと「急ぐぞ」と声をかけ、リアの荷物を持って歩き出した。

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