第24話 好きなところへ
リアは毎朝、森の中にある女神像へ祈りを捧げる為に通っていた。村に来たばかりの頃の女神像は、ボロボロで苔も生え酷い状態だったが、リアが磨いたのですっかり綺麗になった。女神像までの道も、ゼインが整備したおかげで歩きやすくなっている。
これまでここへ来るのはリアくらいのものだったが、最近では旅人も女神像に祈りを捧げるようになり、女神像の前に綺麗な花が飾られることが増えた。この森にはフォリーの使い魔たちも暮らしており、たまに森で姿を見かけることがある。彼らは人間の真似をしているのか、女神像に木の葉や木の実を置いていくことがあり、リアはそれを見るたびに頬をほころばせた。
今朝の森は深い霧がたちこめていた。女神像の前でリアは跪き、村の安全を祈る。ここでの祈りの時間は、リアにとって大切なものだ。誰にも邪魔されず、静かな森の中で自分と向き合うこの時間がリアは好きだった。
その時、パキっと木の枝が折れる音が後ろから聞こえ、リアは立ち上がり振り返る。霧の中から現れたのはゼインだった。
「おはようございます、ゼイン様」
ここで出会うとは珍しいこともあるものだ、と思いながらリアはゼインに挨拶をした。ゼインは「おはよう」と返すとリアの前に立った。
「どうだ? 近頃は」
「え? ええ。問題はないです。森の瘴気も完全に浄化できましたし、最近は魔族の気配もないですし……」
急に話しかけられ、戸惑いながらリアは答える。
「瘴気はなくなり、村は完全に元に戻った。リアのおかげだ」
「いえ……そんな」
ゼインは突然リアにお礼を言った。なぜ今そんなことを言うのだろうと、リアは首を傾げる。
「もう村に呪いはない。あんたが呪いを解く為に、痛みを我慢する必要もなくなった。リア、もう無理にこの村に滞在する必要はない」
突然のことにリアは言葉を失った。
だが同時に彼女は、いつかこの日が来るだろうとも思っていた。リアがこの村に連れてこられた最大の理由が「村の呪いを解くこと」である。村の呪いが解かれた今、彼女が村にいる理由がなくなったのだ。いつゼインから「お前はもう用済みだ」と言われてもおかしくない。どこかで彼女はこうなることを覚悟していた。
「俺はあんたを『褒美に欲しい』と言ってここへ連れてきたが、別に人質ってわけじゃない。これからはあんたの行きたいところに行くといい。生まれ故郷のルナベリーに帰ってのんびり暮らすのもいいだろう。あんたの親友ともまた会える。他に行きたいところがあればそこへ行ってもいいし……」
話を続けるゼインに、リアは思い切って口を開いた。
「わ……私は、この村にはもう必要ないということでしょうか?」
「必要ないなんてことはない。この村の連中は、あんたがいることで心の支えになっている」
ゼインは少し驚いたように目を見開く。村人たちはみんなリアを慕っていた。リアは積極的に村人たちと交流をし、彼らの悩みを聞いたりもしていた。リアはずっとこの村で暮らしていけたらと思っていた。ずっとリアが願っていた、平凡だけど平和な暮らし。それをようやく手に入れたのだ。
(だけど結局私は、呪いを解く為に連れてこられただけ。用が済んだら村から出ていけということなの?)
リアは段々腹が立ってきた。そもそもゼインがリアを欲しいなどと言い出し、リアの考えなど全く考慮されず、半ば無理やり村に連れてこられたのに、用が済んだら出ていけというのはあまりに勝手な言い草だ。
「……ゼイン様は、王都から私をわざわざ連れてきたのに、呪いを解き終わったら邪魔になったと言うんですか」
「何を言う? 俺はリアの為に言ってるんだ。こんな小さな村で暮らすのは退屈だろう? あんたは故郷に帰りたいようだったし、その方がいいだろうと思っただけだ」
「故郷は好きですしアナベルにも会いたいですけど、私は王都に出る時に、故郷に戻れないことを覚悟して出ているんです。今さら故郷に戻ろうだなんて思いません」
リアに言い返されると思わなかったのか、ゼインは戸惑った顔をしていた。
「……分かった。だがあんたの今後のことは、真剣に考えておけ」
ゼインはそう言い残すと、再び霧の中へ消えていった。リアはゼインを無言で見送りながら、ぎゅっと唇を噛んだ。
♢♢♢
リアとゼインが話をしてから数日後。村に突然、王国騎士団の騎士が一人で馬に乗ってやってきた。
立派な鎧を身に着けた騎士は名を『ネイサン』と名乗り、マティアス王子からの手紙を持っていた。
突然やってきた騎士の姿に村の人々はすっかり慌て、ちょうど牧場の手伝いをしていたゼインを呼びに走った。騎士ネイサンは他の村人にリアの居場所を尋ねると、教会まで訪ねてきた。
教会にいたリアは突然ネイサンが訪ねてきたことに驚いた。礼拝の間で、リアはネイサンと向き合った。
ネイサンは筒状の紙を取り出して紐を外し、紙を開いて書かれた内容を読み上げた。
「マティアス殿下からの伝言をお伝えします。『聖女リア。至急頼みたいことがある。これは王国にとって大事なことであり、聖女リアにとっても断りがたき使命でもある。今すぐに出発し、俺の元へ来るように』――以上です」
リアはポカンとしたままネイサンが読み上げる姿を見ていた。ネイサンは伝言を読み上げると、紙を丁寧に丸めて再び背筋を伸ばした。
「あの……話が全く分からないのですが」
「詳しい話は殿下が直接話されます。リア様はすぐに支度を。この村に馬車はありますか?」
「あ……ありますけど、それよりも何故、マティアス殿下が私を呼びだすのです?」
「ですからそれは、ここでは話せません」
「話せないと言われても、用件が分からないのに向こうには行けません」
ネイサンは頑なに伝言の詳しい内容を話そうとしない。困ったリアがネイサンに詰め寄っていると、血相を変えたゼインが教会に飛び込んできた。




