第23話 ゼインの悪夢
その日の夜。
ゼインは自宅のベッドで眠っていたが、様子がおかしい。その額には汗がにじみ、眉間には皺が寄り、苦悶の表情を浮かべている。
「……う……くっ……うう!」
突然彼はパッと目を見開き、勢いよく身体を起こした。肩を大きく上下させ、狭い寝室の天井を眺めながら、彼はようやく安堵のため息を吐く。
「クソ……」
ゼインは何度も悪夢に悩まされていた。
夢の内容はいつも同じだ。襲いかかってくる使い魔たちを斬り捨て、それらを操る魔族の首を斬り落とす。頭では分かっているはずなのに、身体が上手く動かない。いつも敵の遅れを取り、使い魔たちの鋭い爪が胸当ての隙間に差し込まれ、自分の身体から鮮血が噴き出すのを見る。彼の手に握られた剣は信じられないほど重く、まるで水の中で剣を振っているような感覚だ。
対する使い魔たちはあり得ないほどの速さで、ゼインに襲いかかってくる。仲間はどこだ、どこにいる――見渡せば、どこもかしこも味方の死体が転がっている。昨夜一緒に酒を飲んだ仲間たちが、人形のように投げ捨てられている。誰も彼も呪われていて、首から顔まですっかり黒ずんでしまっている。
(俺もこうなる――)
焦った彼はそこで目が覚めるのだ。ようやくさっきのは夢だったのだと胸を撫で下ろすが、夢で見た恐ろしい光景が頭の中から離れない。もう戦は終わり、ゼインの手で魔族の王ウィラードは倒されたのだ。
だが夢の中では、ゼインはいまだにあの戦場の中に立っている。
この村に来た頃はあまり悪夢を見ることがなかったが、近頃頻度が増えていた。皮肉なことに、村が復興していけばいくほど、悪夢を見る回数が増えていった。
村を復興させ、元の姿を取り戻すという目標は、ゼインの生きる力となっていた。それがある程度形となり、村の呪いは完全に解かれたことで、彼の目標はある程度達成された。すると今度は過去の辛い経験に悩まされるようになったのだ。
ゼインの家には魔法使いフォリーも住んでいる。大木のそばに建つ小さな一軒家は、元々ゼインが暮らしていた家があった場所だった。ここで彼は美しい妻とのんびり平和に暮らしていた。贅沢はできないが、夫婦で暮らしていくには十分だった。彼の妹は結婚が決まっており、もうすぐ村を出る予定だった。
あの日魔族の襲撃が起こるまでは、この平和な日々が永遠に続くだろうとゼインは思っていた。魔族との戦いはここより遠い場所で起きていて、村人たちは魔族との戦いをどこか他人事のように考えていたのもある。魔族が聖女すらいない田舎の村を襲うことなどあり得ないと思われていたのだ。
ある時から、魔法使いフォリーとその子供がこの村にやってきて暮らし始めた。はじめは胡散臭い親子だとゼインは思っていたが、フォリーは村の手伝いを積極的に行い、村人からの評判がよかった。子供は少し大人しいが、礼儀正しくてしっかりした子だった。フォリーとその子供はすぐに村に馴染み、ゼインも次第に彼らを受け入れるようになった。
ゼインは信じられなかった。あの日、魔族に襲われた村の変わり果てた姿を目の当たりにして、彼はこれが現実だとすぐに思えなかった。
まだ炎があちこちでくすぶる中、道端に一人仰向けで倒れていたフォリーの姿を見たゼインは、ようやく理解した。日常というのは、簡単に壊れてしまうということを。
フォリーは魔族の王ウィラードの子と知らず、親を殺された子供を引き取って旅をしていた。
その事実を知ったゼインは選択を迫られた。怒りに任せてフォリーを殺すか、この怒りを魔族の王ウィラードに向けるか――ゼインの決断は早かった。
フォリーは「自分を殺してくれ」と泣きながらゼインに懇願したが、彼は殺さなかった。その代わり、ウィラードを殺す手伝いをしろと迫った。フォリーはゼインに従い、彼の協力あってゼインは破竹の勢いで魔族を蹴散らしていった。魔族の王を倒せたのはフォリーの協力があったことが大きい。魔族と魔法使いは元々同じ種族である。そのフォリーに魔族を殺す手伝いをさせたことに、ゼインが罪悪感を感じなかったわけではない。
それよりも彼の心を突き動かしていたのは「魔族の王ウィラードを殺し、家族と村を奪った仇を取る」という強い決意だった。それは全てを失ったゼインを動かす原動力だった。魔族の王を殺し、目的を果たしたら自分も家族の後を追うと彼は決めていた。
しかし目的を果たしたゼインには、新たな目標ができた。
王が認める天才聖女リアを褒美としてマティアスから奪い、自分の村に連れ帰り、リアに村の復興を手伝わせることにしたのだ。最初はリアがどこまでできるのか半信半疑だった彼も、彼女の力を目の当たりにして(本当に村を取り戻せるかもしれない)と考えるようになった。ゼインは村に来てから生きる目的ができた。移住者を募り、以前の住民に戻ってきてもらい、元の平和な生活を取り戻したはずだった。
それなのに、今は彼を悪夢が苦しめている。
隣室で寝ているフォリーを起こさないよう、そっとゼインは家を出た。
見上げると満天の星空が輝いている。すっかり寝静まった村の姿を見て、ゼインはようやく落ち着きを取り戻した。
ぼんやりと夜空を眺めていると、後ろから足音が聞こえ、振り返るとそこにはフォリーが立っていた。
「また悪夢を見たのかい」
「……知ってたのか」
「まあね。最近うなされてることが多いみたいだから」
フォリーは笑いながらゼインの横に立った。
「フォリー、悪夢を見なくなる薬を知らないか?」
「知ってるけど、そんなに酷いのかい?」
「……ああ。このところよく眠れん」
ゼインがこのように、友人に弱音を吐くのは珍しいことだ。フォリーには薬の知識があり、戦場でもよく薬を調合しては仲間に飲ませていた。魔族と戦う彼らは死の恐怖で眠れなくなったり、逆に興奮状態で暴れたりすることがある。そんな時にフォリーの薬は役に立った。
「分かった、薬を作るよ。使い魔たちに材料を集めてもらうとしよう」
「助かる」
フォリーは「任せて」と頷いたあと、ゼインの横顔をじっと見た。
「前もちょっと話したけど、そろそろ結婚のことを本気で考えてもいい時期じゃない? 家族がいれば辛いことも支え合えると思うよ。まあ僕が言うことじゃないけどさ」
「家族などいらん」
ゼインは素っ気ない態度で首を振った。フォリーはゼインの仏頂面を見ながら、更に話を続ける。
「この際だから聞くけど、リア様のことはどう考えているんだい? みんなゼインはリア様と夫婦になると思ってるよ。いつ結婚式を挙げるんだなんて聞かれたことも一度や二度じゃない」
「……俺とリアはそんな仲じゃないって言っただろ」
ゼインの表情がますます硬くなり、苛立ちを隠すかのように腕組みをする。
「そんなこと言ったって、婚約者のいる彼女を褒美に欲しいだなんて言ったら、誰だってゼインとリア様は結婚すると思うだろうに。リア様だってそう思ってるかもしれないよ」
「リアがそんなことを思うわけない。彼女にとって俺は、無理やり王都から連れ出した野蛮な男だ。俺は何人もの魔族を殺した。命を救う彼女と魔族殺しの俺が夫婦になるなど、あり得ない。こんな俺が未来の夫だと言われたら彼女が気の毒だ」
「……そうかい。まあ僕はもう何も言わないよ」
フォリーは苦笑いしながら夜空を見上げた。
「身体を冷やすぞ。もう寝ろ」
ゼインは不機嫌そうな顔で先に家の中へ戻っていった。フォリーは複雑な表情でゼインの背中を見ながら、ゆっくりと後を追った。




