第3話 強盗
夜になり、食事を終えて部屋に戻って一人になったリアは、机に向かっていた。ここは最初にゼインが通された部屋で、宿屋の中で最も広く、ベッドも大きい。立派な机と椅子も用意されている。
リアは故郷の友人である聖女アナベルに宛てて手紙を書いていた。突然マティアス王子との婚約が解消されたこと、英雄ゼインに褒美として引き取られることになったこと、英雄ゼインの村へ向かう為、旅をしている途中だということ……いつの間にか、リアの目に涙が浮かんでいた。服の袖で涙を拭いながら、できるだけアナベルを心配させないように文章を綴った。
(……駄目だわ、どう書いても心配させてしまう)
リアは首を振り、手紙をぐしゃぐしゃに丸めた。ふう、と大きな息を吐き、改めて新しい紙に手紙を書いた。今度はマティアスと婚約解消したことだけを淡々と書いた。英雄ゼインと彼の村へ移り住むことになったが心配はいらない、また手紙を書く――最後に名前を書き、ようやくペンを置いた。
この手紙は同じ宿に泊まっている商人に預けることになっている。その商人はちょうどリアの故郷まで向かうと話していたので、リアは急いで手紙を書くことにしたのだ。仲の良かったアナベルには、自分で事情を知らせたかった。
マティアス王子とリアが婚約解消した話は、王家の使者が故郷の家族に知らせるはずだ。リアの故郷は王都から馬車で十日以上かかる所にあり、かなり遠い。王都での噂などもほとんど届かないので、リアとマティアスの不仲や、マティアスとルイーゼの噂などは家族に知られていなかったはずだ。
突然の婚約解消に家族はさぞ驚くことだろうが、王家とリアの家は元々大きな格差があることから、家族が王家に対して何か反応することはない。だが、家族の落胆ぶりを想像するとリアの胸が痛んだ。
もう夜も遅い。さっさと寝てしまおうと思い、ランプの明かりを消してベッドに横になった。埃っぽい匂いのする毛布を被り、目を閉じる。宿屋はしんと静まり返っていた。先ほどまでは階下の食堂で騒ぐ男たちの声が響いていた。もう宴も終わり、宿泊客は部屋に戻って眠りについたころだ。
なかなか眠れない夜だった。瞼は重いのに、頭はどんどん冴えていく。何度も寝返りを打っていたリアは、突然響き渡った大きな音に驚いて飛び起きた。
何かが落ちたような衝撃音と、男の怒号が聞こえる。リアは慌てて部屋のドアを開けて廊下に出ると、廊下でまさに今、男たちがもみ合っていた。
男はもう一人の男を軽々と持ち上げると、階段に突き落とした。落とされた男は大きな音を立てながら階段を落ちていき、再び大きな衝撃音がしたあとに「ぐあぁ……!」とうめき声をあげていた。
突き落とした男は英雄ゼインだった。ゼインはそのまま階段を駆け下りていく。リアはゼインの後を追って階段を下りた。
床を這って外に逃げ出そうとするもう一人の男を、ゼインは追いかけて掴む。ずるずると男を引きずって宿屋の外に連れ出し、ゼインも宿屋の外に出た。
男はフラフラしながら、小刀を取り出してゼインに凄んだ。
「俺は、あ……あんたが英雄だろうが、恐れねえぞ」
「ほう? 試してみろ」
刃物を前にしても、ゼインは少しも怯む様子がなかった。ゼインはシャツ一枚とズボン姿で、武器も持っていない。それなのに堂々としていて、怯むどころか男を挑発している。
奇声を上げながら小刀を持ってゼインに向かっていく男を、ゼインはいとも簡単に抑え込み、腕を捻り上げた。男は悲鳴を上げながら小刀を落とした。ゼインはそのまま男を勢いよく地面に叩きつける。
「うわぁあ……!」
男の情けない悲鳴が辺りに響き渡った。その時、物陰に隠れていた男の仲間たちが飛び出してきた。
「おい! 英雄ゼインと戦うなと言ったろ!」
「ぐあぁ……腕が折れたみてえだ……いてえよぉ」
苦しむ男をなんとか連れて逃げようとする男たちに、ゼインは「おい」と呼び止めた。
「悪いが俺はお前らが望むような宝を持っていない。狙っても無駄だが、もしもまた俺のところに来るつもりなら、次は腕じゃなくお前ら全員の首をへし折る」
「す……すんません! 勘弁してください!」
男たちは宿屋から逃げ出していった。この騒ぎを聞きつけた他の宿泊客も集まってきて、侵入者を撃退したゼインを称えていた。
「さすがゼイン様だ! 武器も持たずに男をやっつけちまうとは」
「あいつは何者だい? 英雄ゼインを狙うとは、命知らずな奴だな」
ゼインは男たちが去って行った方角を睨みながら、口を開いた。
「あの男たちはただの野盗だ。俺が王都を出た時から、後をつけられていると思っていた。王から与えられた褒美が目当てだ。恐らく金目のものを持っていると思ったんだろう」
そう言ってゼインは、呆然と立っているリアをちらりと見た。
「なるほど、それで深夜に部屋を襲撃したというわけか」
「ああ。あいつは聖女が寝ていると思って俺の部屋を襲撃してきた。聖女を人質に取り、俺から宝を奪おうとでもしたんだろう。残念だが、俺は宝など持っていないがな」
話を聞いていたリアは、もしも自分があの部屋で寝ていて襲撃されたらと想像し、寒気を感じた。もしもゼインが部屋を交換しようと言わなければ、まんまと野盗に襲われていたに違いない。
「騒がせて悪かった。みんな部屋に戻ってくれ」
「気にするな」
宿泊客たちはぞろぞろと部屋に戻って行った。リアは呆然としたままその場に残っていて、最後にゼインとリアが残された。
「あんたも早く部屋に戻って寝ろ」
「あ……はい。あの……」
「なんだ」
ゼインはリアを睨むような目で見た。リアは怯みながら、胸に手を当てて口を開く。
「お怪我は……ありませんか」
「問題ない」
冷たく言い放ち、ゼインは宿屋に戻ろうと背を向けたあと、思い直したようにリアの前に戻ってきた。
「忘れるな、あんたはもう俺のものだ。誰にも指一本触れさせない」
リアはゼインの低い声に、身体をこわばらせる。ゼインはその一言を言い残し、戻っていった。




