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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第2章

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第21話 掟破り

 レーイン村に到着したマティアス王子と聖女ルイーゼは、村の惨状を見て言葉を失っていた。


「これは……酷いな」

「ええ……」


 ボロボロに朽ち果てた家々の周囲に広がる瘴気。枯れた植物と濁った池。生き物の気配がなく、どことなく嫌な臭いが漂う。

 レーイン村が魔族の襲撃を受けて滅んでから、二年も経っていない。生き残った村人たちが村から逃げ出し、誰も村に寄り付かなくなり、村は急速に朽ちていった。レーイン村は山のふもとにある小さな村だ。英雄ゼインたちの勢いに押された魔族が山へと逃げこみ、村を襲って自分たちのものにしようとした。結局魔族は村の食糧や財産を奪っただけで、また別の場所へと移動していったので、レーイン村はそのまま捨て置かれたのだ。


 マティアス一行は大所帯であった。彼が連れてきたのは騎士だけではなく、屈強な護衛が常にマティアスのそばにいて彼を守っている。滞在中の拠点を作るための使用人も大勢連れてきていた。彼らは村の入り口にテントを建て、簡単な野営地を作った。騎士たちは村に滞在中、野営地で過ごすことになる。

 

 王子と聖女は、村から近い場所にある王家の別邸に滞在することになっていた。この別邸は狩りを楽しむバークス王の為に建てられたもので、しばらく使われていなかった。さほど広さはないが、野営地に比べれば天国のような居心地である。


「……思ったよりも村は酷い状態だが、騎士たちが瓦礫を片づければすぐに終わる。あとはルイーゼ、君が瘴気を浄化してくれれば村の状態は元に戻るはずだ。やれるだろう? ルイーゼ」

 マティアスは笑顔でルイーゼの肩を抱いた。ルイーゼはあいまいな笑顔で「ええ、もちろん」と答える。


(こんなに広範囲に瘴気が広がっているなんて、聞いてないわ!)

 

 ルイーゼは心の中で叫ぶが、ここまで来て「できない」などと言えるわけもなかった。

 

「では早速、ルイーゼには瘴気を浄化してもらおう。こんなところにいつまでも長居したくないからな。お前たち、ルイーゼの奇跡を目に焼きつけるといい」

 

 マティアスは王国騎士団の騎士たちを前に胸を張った。騎士たちはみな若者で、その表情はまだあどけなくどこか頼りない。聖女の奇跡を見ようと期待に満ちた彼らの視線が、一斉にルイーゼに集中した。


 ルイーゼはマティアスや騎士たちの視線を背中で感じながら、瘴気の前に立った。瘴気に近づくと何かが腐ったような嫌な臭いが鼻をつき、ルイーゼは思わず顔を歪めた。どす黒い血のような色の地面の上に、黒い霧のようなものが漂っている。

 このように、魔族はわざと瘴気を残していくことがある。瘴気があると大地は呪いに侵され、水は汚染されて植物が育たなくなり、人が住めない土地になる。人から住処を奪う為、魔族は瘴気をばら撒くのだ。


 ルイーゼが手をかざすと、瘴気が彼女の身体に吸い込まれていく。

 

「おお……!」

 

 後ろからマティアスと騎士らの歓声が上がったが、ルイーゼは顔を歪めながら次第に手を震わせ始めた。そしてすぐに手を下ろすと、はあはあと肩で息をしながら首を振った。

 

 ルイーゼの様子がおかしいことに、その場にいた全員が気づいた。ルイーゼがほんの少しの瘴気を取り込んだだけで諦めてしまった姿に、騎士たちは顔を見合わせて怪訝な顔をしている。マティアスは顔に焦りを浮かべながら、彼女の元へ駆け寄った。


「どうしたんだ? ルイーゼ。早く彼らの前で奇跡を見せてくれ」

「そんなに急かさないで。ちょっと瘴気が多すぎるのよ……少し休ませて」

 

 ルイーゼは不機嫌そうに言い放ち、マティアスから離れ、馬車に戻り閉じこもってしまった。


「どうしたんだ、ルイーゼ様は」

「あの程度の瘴気も浄化できないなんて……」

「なんだかおかしいぞ?」

 

 騎士たちがひそひそと話している。彼らはルイーゼの力をきちんと見たことがなかったので、彼女の能力に期待していた。それなのに僅かな瘴気を取り込んだだけで、ルイーゼは馬車に帰ってしまった。彼らにルイーゼの力を見せつけ、婚約者を自慢する予定だったマティアスは、慌てて馬車へ向かった。


 馬車の中からはルイーゼが苦しむ声がする。彼女が身体に取り込んだ呪いを浄化しているのだ。その痛みは全身を突き刺すようなものだと言われる。マティアスには彼女の痛みを変わってやることはできない。その痛みは聖女にしか分からないもので、彼には寄り添うことしかできないのだ。


「大丈夫かい? ルイーゼ」

 馬車の外から声をかける。少し間があってルイーゼから「大丈夫よ」と返事があり、マティアスはホッとして扉を開け、中に入るとルイーゼの手を握った。


「みんな君の奇跡に期待しているんだ。彼らの前で瘴気を浄化する姿を見せることが重要なんだよ。疲れているだろうが、頼むよ」

「ちゃんとやるから心配しないで。みんなが見ていると緊張してうまくできないの。あまり私を焦らせないで。今日は疲れたからもう休むわ」

 

 ルイーゼの機嫌はますます悪くなった。マティアスは「すまない」と謝り、ルイーゼの髪を撫でた。


「もちろん、君を信じているよ。ゆっくり休んでくれ」

「ありがとう」

 

 ルイーゼはマティアスに微笑んで見せたが、その表情は冴えなかった。マティアスが馬車を出ていったあと、彼の背中を見ながらルイーゼはため息をつく。

 

(人の気も知らないで、勝手なものね)

 

 瘴気の呪いは彼女が想像していたよりも強力で、規模も大きい。ルイーゼの力ではあまり瘴気を取り込めない。


(こんな調子じゃ、いつ王都に戻れるか分からないわ。やっぱり誰かにやってもらわないと)

 

 ルイーゼはこの試練を一人でやるのは無理だと悟った。そこで思い出したのが聖女リアのことである。英雄の村が見事に復興したという噂は、王都にも広がっていた。しかも村一帯に広がっていた瘴気を、聖女リアたった一人で浄化したという話である。ルイーゼを慕っていたはずの聖女たちですら「リア様は素晴らしいわ」だの「やっぱりリア様は天才ね」などと称えていた。


 当然ルイーゼは面白くない。ようやくリアを追い出してマティアスを手に入れたというのに、いつまでも彼女の前にリアという存在が立ちはだかっている。

 王からの試練はルイーゼとって大きなチャンスだ。この試練をルイーゼが見事に成し遂げれば、人々はリアでなくルイーゼを称えるはずである。天才聖女と呼ばれるリアよりも、聖女ルイーゼのほうが優れているという証明になる。だからこそ、この試練は絶対に成功させなくてはならない。


 ルイーゼは頭を巡らせたが、手伝ってくれそうな聖女からは既に断られている。王都の教会にいる聖女は、教会長からルイーゼを手伝うことを禁じられている為、頼んでも無駄だろう。


「はあ……どうしよう」

 馬車の中で一人、ため息をつくルイーゼだった。


 ♢♢♢


「それなら俺にいい考えがある」


 マティアスとルイーゼは、早々に村を引き上げると王の別邸に来ていた。暖かい暖炉の前に置かれたソファで、二人は並んで座っている。スパイスを入れて温めたワインを飲みながら、二人はゆらゆらと揺れる暖炉の炎を見つめ、のんびりと寛いでいた。同行した騎士たちはここには来られない。彼らは村に残って野営地の設営に追われている。


「いい考えって?」

 顔を見上げるルイーゼの美しい髪を撫でながら、マティアスはニヤリと笑った。


「リアに瘴気の浄化をやらせればいいんだよ」

「え? でもそれは……」


 マティアスの提案にルイーゼの表情が曇った。リアに勝つ為の試練であるはずなのに、そのリアを頼らなければならないというのは、彼女にとっては屈辱である。マティアスに「瘴気が多すぎて一人では無理」と訴えたルイーゼだったが、リアの助けを借りたかったわけではない。


「リアは英雄の村を一人で浄化したんだろう? ならあの女にレーイン村の浄化もやらせればいい。騎士たちには口止めをしておけば、この話が父上に漏れる心配もないさ」

「でも陛下は、私とマティアス二人でやるようにと言ったはずよ」

「確かにそう言ったが、手段までは指定していないだろう? リアとは別に喧嘩別れしたわけじゃない。事情を話せばきっと協力してくれるさ。あいつは俺が言えば絶対に従う。リアはそういう女なんだ」


 目を輝かせ、自信たっぷりに言い切るマティアス。ルイーゼと初めて出会った時、マティアスは彼女が自分を愛するはずだと決めつけていた。その自信満々なところにも、ルイーゼは惹かれたのだ。第二王子でありながら、王太子である長男のロベルトにすら物怖じしない。ロベルトよりも王の座に相応しい男だとルイーゼは思っていたくらいだ。


「……そうね。リアは呪いを解く為なら、なんでもする人だもの。マティアスが頼めば協力してくれるに違いないわ。でも一つ、気になることがあるの。たとえ騎士たちが黙っていたとしても、リアが教会に告げ口をするかもしれないじゃない?」

「告げ口なんてさせないさ。リアが俺たちの邪魔をしたことなんて一度もなかっただろう? リアは口が堅いし、話の分かる女だ。ルイーゼは何も心配しなくていい」

「確かに、マティアスの言うとおりだけど……」

「ほら、顔を上げて。せっかくこうして王都から離れ、二人きりになれたんだ。ここには誰も邪魔が入らない、俺たちだけの世界だ。今だけは、試練とか呪いとか全て忘れよう」


 ルイーゼはマティアスを見上げ、ようやくいつもの笑顔に戻った。柔らかなオレンジ色の光に照らされる二人の顔は、幸せで満たされていた。二人はキスを交わし、やがてそのキスは情熱的なものに変わった。


 結婚するまで清い関係でいるという王家の決まりを、今この場で二人は破ろうとしている。目の前にある美味しそうな果実を、今まさに口にしようとしていた。


 聖女は身体に呪いを取り込むという特異な体質であるため、妊娠には気をつけなくてはいけなかった。そもそも呪いのせいで子供はできにくくなり、無事に出産まで至る例は殆どない。だが仮に出産できた場合は、もっと恐ろしい事態になる。

 

 その子供は『呪い』を持って生まれることになるのだ。子供は身体に呪いを宿した『魔族』となってしまう。それだけは絶対に避けなければならない事態であり、教会と王宮が聖女の扱いに最も気を遣う部分がここである。

 そのため聖女が子供を作る時は、最低でもひと月は呪いから離れるという決まりがある。王族と結婚する聖女は特に気をつけなければならず、結婚までは清い身体でいることが重要とされ、子供を作る時期も指定される。

 

 二人はもちろんその決まりを知っていたので、これまでは最後の一線を越えることはなかった。

 だがこの日初めて、二人は一線を越えた。

 王都から遠く離れた小さな屋敷にいて、周囲は味方ばかりという状況が、彼らの判断を狂わせたのだ。

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