第20話 ルイーゼの覚悟
マティアスとルイーゼは、王都から西にあるレーイン村へと出発することになった。
魔族の襲撃で滅んだ村を元通りに復活させる、それがバークス王から彼らに出された試練である。二人の他に、復興の手伝いとして王国騎士団の騎士が同行することになった。一方で聖女ルイーゼは、たった一人で村にはびこる瘴気を浄化しなくてはならなかった。
ルイーゼはバークス王から「村を復興させよ」と言われ、心の中で実は焦っていた。現地には仲のいい聖女たちを連れていき、彼女らに浄化を手伝わせようと考えていたが、バークス王からは「一人でやるように」と釘を刺されてしまったのだ。
バークス王はルイーゼが他の聖女に頼るだろうと踏んでいたので、先回りして彼女に忠告した。ルイーゼが他の聖女よりも力が劣っていると知っていて、王は敢えて「一人で」瘴気を浄化しろと命じたのだ。
(陛下はああ言うけれど、一人でやれなんて無理に決まってるじゃないの)
ルイーゼは腹の中で毒づいた。王の忠告などはなから無視するつもりである。ほんの数人の聖女が教会を離れていたとしても、それが王にばれるわけがない。他にも多くの聖女が王都を離れ、別の場所で瘴気を浄化しているのだ。それが数人増えるだけのことだ。
だが彼女が聖女たちに声をかけてみると、聖女たちは気まずそうな顔でルイーゼに返した。
「ごめんなさい……ルイーゼ様。私たちはお手伝いできないわ」
「なぜ駄目なの?」
あからさまに不機嫌になるルイーゼを、聖女たちは困ったように見つめる。
「教会長から言われているのよ……ルイーゼ様を手伝わないようにと」
「ごめんなさい、ルイーゼ様。教会長の言うことには逆らえないわ」
(陛下が教会長に釘を刺しておいたんだわ!)
バークス王は既に教会長に「他の聖女がルイーゼを手伝うことのないように」と伝えていたに違いなかった。ルイーゼは心の中で怒りに震えたが、それを悟られないように、完璧に整った笑顔で応えた。
「みんな謝らないで。私一人でなんとかしてみせるわ。これは陛下が課した私への試練だものね」
「頑張ってね、ルイーゼ様。応援しているわ」
「ルイーゼ様ならきっとうまくできると思うわ」
聖女たちは気まずそうな笑みを浮かべながら、そそくさと逃げるようにルイーゼから去っていった。彼女たちの背中を見つめるルイーゼの表情は暗い。近頃は呪いを解くことも滅多に行っていなかったルイーゼである。
ルイーゼは呪いを自分の身体に取り込んだ後、浄化する際に自分の身体が激しく痛むのを嫌っていた。呪いが強ければ強いほど、多ければ多いほど、痛みは想像を絶するものとなる。ルイーゼは呪いを取り込む力が弱かったため、他の聖女に比べればその痛みは大したことがない。それでもルイーゼは痛みを嫌がり、呪いを解くことから逃げていた。
本来ならばそのような聖女は『適正なし』とされ、教会から追放されて聖女の資格を失う。聖女の家系に生まれたからといって、全員が無条件で聖女になれるわけではない。適性がなければ聖女になれず、能力が衰えれば聖女を引退しなければならない。もっとも、これはあくまで建前である。
ルイーゼは名のある聖女の家系に生まれたので、聖女になる運命を生まれながらに義務付けられていた。ルイーゼの両親は、彼女に他の選択肢を与えなかった。聖女の適性がない彼女だったが、商売を成功させ豊富な資金を持つ彼女の家の力は、教会にとっても無視できない。ルイーゼは多額の寄付金を教会に注ぎ込んでくれる大事な存在なので、聖女の才能など無くても問題なかったのだ。
こうして半ば嫌々聖女になったルイーゼだったが、彼女の運命を変えたのがマティアス王子との出会いだった。
ルイーゼは華やかな容姿と洗練された身のこなしで、すぐにマティアスの心を掴んだ。二人は手紙のやり取りをして愛を深めていった。マティアスはルイーゼを自分の妻にしたいと考えるようになったが、バークス王の反応は芳しくなかった。ルイーゼの評判は「美しいが、聖女としては無能」だったので、有能な聖女を欲する王はルイーゼに興味を抱かなかったのだ。
それでもマティアスは、時間をかけて父を説得するつもりだとルイーゼに話していた。そこへ急に現れたのが、リアだった。
王はリアの評判を聞き、なんとしてもリアを王家に迎え入れたいと考えた。リアの家系は平凡だが、歴史ある聖女の家系で過去に問題を起こした聖女もいない。リア本人は奇跡とも称される優れた力を持つ。真面目な性格で聖女としての自覚もあり、どんな呪いもリアは積極的に受け入れ、解いて見せた。全ての聖女のトップである大聖女アズーラの覚えもいい。王がリアを気に入るのも当然だった。
マティアスがリアとの結婚を命じられたことに、不機嫌になるのも仕方がなかった。彼はずっとルイーゼと結婚するつもりでいたのだ。そこへ現れたのが、田舎町からやってきた地味で冴えない女。華やかで美しく家柄もよいルイーゼは、魅力的で小悪魔のようにマティアスを翻弄し、彼はすっかり夢中になっていた。
リアがいくら真面目で聖女としての能力が高くても、マティアスにはそれが魅力と映らなかった。彼が望むのは有能な聖女ではなく、この国で一番美しく魅力的な女性だったからだ。
ルイーゼが聖女としては無能だという噂は、マティアスの耳にも入っていた。だがそんなのは美しいルイーゼを妬む噂だと切って捨てた。ルイーゼが「呪いを浄化する痛みが辛い」と訴えれば、マティアスは「そんな辛いことをしなくてもいい」と慰め、ルイーゼに適当な用を言いつけて教会の外へ連れ出してやった。
(辛いことはリアにやらせればいい。リアは幸い、呪いを解くのが上手い女だ。おまけに呪いを解くのが好きだときてる)
マティアスはそう考えるようになり、リアと婚約してからは、リアに全てを押しつけるようになった。
リアとマティアスの婚約後、戦はますます激しさを増していた。英雄ゼインは戦場で大活躍しており、魔族の将軍を次々と倒した。追い込まれた魔族は捨て身の反撃を繰り返すようになり、町や村が攻撃に巻き込まれることも増えていった。西のレーイン村が滅んだのもこのころである。
マティアスも王国騎士団の騎士として、戦に向かわなければならなくなった。ルイーゼと離れ難かった彼は彼女を同行させたが、愛するルイーゼは安全な場所に留まらせ、危険な場所へは全てリアに向かわせた。リアは文句ひとつ言わず、黙って従った。
マティアスはリアを完全にコントロールしていると思っていて、ルイーゼはそんなマティアスを頼りがいのある男だと思っており、リアのことを小馬鹿にしていた。
(愚かな女。マティアス様に愛されず、私の代わりに死んでくれるんだから)
陰でほくそ笑みながら、ルイーゼは「リア様、どうかご無事で」と心にもないことを言っていた。リアがいる限り、ルイーゼはマティアスの妻になれない。このまま戦場で死んでくれたらとルイーゼは何度も願った。その気持ちはマティアスも同じだった。
しかしリアは死ぬことなく、魔族の王は見事英雄ゼインの手によって倒され、戦は終わった。
そこでゼインが言ったのが「聖女リアを褒美に欲しい」という願いである。それはマティアスとルイーゼにとって、まるで奇跡のような一言であった。邪魔で仕方がなかったリアを、英雄ゼインが欲しいというではないか。
バークス王はゼインに「欲しい物をなんでも与える」と約束してしまっていたので、たとえ無茶な願いでも聞かざるを得なかった。それが息子の婚約者でも、欲しいと言われたら願いを叶えなければならない。
ルイーゼはマティアスと喜び合った。英雄ゼインがリアを奪ってくれたおかげで、晴れて自分たちは結ばれるに違いないと思ったのだ。そしてルイーゼの願いはとうとう叶った。バークス王はマティアスの新たな婚約者として、ルイーゼを選んだ。
幸せの絶頂にいたルイーゼだったが、結婚を前に試練を課され、不安を覚えた。この試練は自分一人でやるしかないが、果たしてできるだろうかと考え込んだ。
レーイン村までの長旅は退屈で、立ち寄る宿屋でもやることがなく、ルイーゼはずっと苛々していた。
(何を不安になっているの? しっかりしないと)
この試練を乗り越えれば、晴れてマティアスの妻となれる。ルイーゼにとって今が、頑張り時なのだ。




