第18話 半年後
――リアが村に来てから、半年が経った。
ゼインの村はいつしか人々から『英雄の村』と呼ばれるようになった。最初は数人だった村人も次第に増え、村の姿はすっかり様変わりした。
壊滅してから散り散りになった元の住民も、少しずつだが戻ってきた。ゼインと共に魔族と戦った傭兵団の仲間たちも、新たな安住の地を求めて村に集まってきた。
村の復興が進んだことで、ゼインは以前の仕事だった狩猟を再び始めていた。彼は腕がよく、巨大な猪や小さなウサギ、すばしこい鹿もなんなく捕まえた。といってもあまり遠くへ行くことはなく、いつでも村に戻れるように、狩場は近くでと決めていた。平和になったとはいえ、魔族が全て滅んだわけではなく、残党はまだ残っている。まだまだ気が抜けない日々でもあった。
「おはよう! リア様」
「リア様、見てくれ! こんなにたくさんジャガイモが採れたんだ」
村を歩くと、村人たちがリアに声をかけてくる。村人たちはみんなリアを慕っていて、リアも村人たちとよく交流をしていた。リアがこの土地にかけられた呪いを解いた結果、大地は蘇り水も綺麗になった。すくすくと育った野菜はどれもいい出来だ。牧場では牛や羊、豚などの家畜がのんびりと草を食む。パン屋からは毎朝パンが焼けるいい匂いがする。このパンは村人たちの大事な食事となる。
国を救った英雄ゼインを一目見ようと旅人たちが村を訪ねてくるようになったので、村には小さな宿屋もできた。とはいえ当のゼインはそんな旅人たちを相手にしないので、ゼインの代わりにリアが応対することも多かった。
「あなたが英雄ゼインと共に村を立て直した聖女様ですね」
「なんと美しい。お会いできて光栄です」
彼らは皆、リアを称える。英雄の村が見事な復活を遂げた噂は、次第に国中に広まりつつあった。
魔族との戦いが終わり、国中で急速に復興が進んでいる。魔族との戦いで壊滅状態になった町や村は、ここ以外にも多くあった。国中の聖女たちは瘴気に侵された土地を浄化していたが、小さな村などは復興を諦め、そのまま捨て置かれることとなった。復興が進んだゼインの村は非常にまれな存在で、恵まれていたと言えるだろう。
村の広場は村人たちの社交の場だ。中央に大きな井戸があり、常に綺麗な水が湧いている。井戸を囲むようにゼイン達の食事処や小さな雑貨店が並ぶ。行商人も頻繁にやってきて、村では手に入らない小麦や生地など様々なものを売りにきていた。
リアは食事処に顔を出した。村の規模が大きくなり、それぞれ自宅で食事を取るようになったので、最近は食事処としてはあまり使われなくなった。今は集会所として、何かあったときにみんなで集まる場所となっている。
「フォリー様! いつお戻りに?」
リアは食事処に意外な人物がいたことに驚いた。フォリーは先日、王都にいる友人に会うと言って旅に出ていた。フォリーはもともと気ままな旅人だ。村の復興がひと段落ついたところで、旅に出たいと言っていたのだ。
「ついさっき戻ったところですよ、リア様」
「お帰りなさい。ご無事で何よりでした……ご友人に会いに行かれたんでしたよね? お元気でしたか?」
リアはテーブルに腰かけ、フォリーと向かい合った。
「ええ、変わらず元気そうでした」
「フォリー様のご友人ということは、やはりご友人も魔法使いの方ですか?」
「……ええ、まあ。今は王都で占い師なんかをやっているようです」
「まあ、占い師! きっとよく当たるんでしょうね」
目を輝かせるリアを見て、フォリーは「どうでしょうね」と苦笑いしていた。
「……ところで、王都もだいぶ活気が戻ってきたようですよ。港にはたくさんの船がありました」
「よかった。本当に戦が終わったんですね……ここにいると、いまいち実感が湧かなくて」
リアが呟くと、フォリーは「確かにそうですね」と笑った。村の周辺のことは伝わってきても、王都がどうなっているのか、リアは全く知らないままだった。元婚約者のマティアス王子のことも、ほとんど思い出すこともなくなっていた。
しかしそんなリアは、フォリーの一言で強引に過去へと戻されることになる。
「そう言えばリア様、友人からちょっとした噂を聞きましてね。マティアス王子と聖女ルイーゼのことです」
その名前を聞き、リアの胸がざわついた。動揺を悟られないよう、リアは冷静に「……どんな噂ですか?」と聞き返した。
「どうやら二人の婚約が決まりそうだという話です」
「……やはりそうですか。二人はずっと愛し合っていましたから、おめでたいお話ですね」
マティアスとルイーゼは、リアが婚約者として選ばれる前から恋人関係にあった。ルイーゼはリアを憎み、周囲の目がないところでリアに散々嫌味を言ってきた。マティアスもリアが気に入らず、公の場以外では彼女を無視していた。
リアがゼインの『褒美』となり、二人の婚約は解消されたので、晴れてマティアスとルイーゼは婚約できるというわけである。リアはこうなる結末をとっくに予想していたので、フォリーの話を聞いても特に驚かなかった。
「ところが事態はそう簡単ではないようですよ」
フォリーは含みのある笑顔でリアを見た。リアが「簡単ではないとは?」と聞くと、フォリーはニヤリと笑って話し始めた。
「二人の結婚を許すにあたって、陛下はある試練を二人に与えたようです。ここから西にある『レーイン村』をご存知でしょう? ここと同様に魔族から襲撃に遭い、滅んだ村です」
「……ええ、もちろん」
リアは暗い声で答えた。レーイン村は英雄の村と同じような小さな村で、ここと同じように壊滅状態にあり、残った村人は村を捨てて出ていった。移住者の中にレーイン村出身者がいて、リアは彼らから話を聞いていたのだ。
「陛下は結婚を許す条件として、そのレーイン村を復興させよと二人に命じたようです。陛下はリア様が村の瘴気を浄化し、村が見事な復興を遂げたことを当然ご存知です。だからこれは、陛下が聖女ルイーゼの力を見極める為に命じたことだろうと僕は睨んでいます」
「ルイーゼに村の瘴気を浄化させるつもりなんですか? でも……言いにくいですが彼女の力では」
言いかけたところでリアは口を噤んだ。ルイーゼは名のある聖女の血筋なのだが、彼女の力はリアの目から見ても明らかに弱い。聖女の役目は呪いを解くことなのに、ルイーゼは何かと理由をつけてはその役目から逃げ回っていた。ルイーゼは他の聖女たちを味方につけており、リアのように彼女の力を疑う者がいても、取り巻きの聖女がルイーゼをかばっていた。
マティアス王子がルイーゼの力をどう考えていたのか、リアには分からない。だがルイーゼの力がリアには遠く及ばないことくらいは、さすがの彼でも知っていたはずである。バークス王がルイーゼをマティアスの妻にすることに反対していたことからも、それは明らかだ。
「やはり聖女ルイーゼの力は、リア様の目から見て満足いくものではないということですね? ということは、聖女ルイーゼにはレーイン村の呪いを解くことはできないと」
「……私の口からは、なんとも……」
言葉を詰まらせるリアの顔を見たフォリーは、口元に笑みを浮かべたまま頷いた。リアのその表情が答えである。
「何の話だ?」
その時、突然ゼインが現れて二人のところへずかずかと歩いてきた。
「やれやれ、ゼインは僕にお帰りの挨拶もなしかい」
「今、ルイーゼと言ったな? レーイン村の呪いを解くというのは何のことだ」
フォリーの隣にどかっと座り、ゼインはフォリーに尋ねた。フォリーは苦笑いしながら、マティアス王子と聖女ルイーゼの話をした。
「――マティアス王子と聖女ルイーゼが、レーイン村の呪いを解いて村を復興させるだと? あの二人にそんなことができるわけがない。あの二人は魔族との戦いの時、野営地のテントに籠ってずっと出てこなかったような奴らだぞ」
「ゼイン様、二人のことを知っていたんですか?」
意外そうな顔でリアが尋ねると、ゼインは気まずそうに目をリアから逸らした。
「……まあな。傭兵団のあいだで噂になってた」
「リア様、すみません。こういう話はあまりすべきではないと思っていたので」
フォリーもゼインと同じ顔をしていたので、リアは慌てて首を振った。
「気にしないでください。当時のことは、私も既に知っていました」
ホッとするフォリーにリアは微笑んだ。魔族との戦いで、マティアス王子も騎士団を率いる騎士として戦に出ていた。しかし実際に戦で騎士団を率いていたのは、王太子である彼の兄ロベルトだったので、現地にいた者たちはマティアスが何もしていなかったことを知っていた。マティアスがこっそりと聖女ルイーゼを自身のテントに招き、ずっと一緒に過ごしていたことも、ゼインたちはとっくに知っていたというわけである。
「とにかく、あの二人にレーイン村をどうにかできるとは思えん」
「そうだね。でもレーイン村を復興させるのが二人の結婚の条件なんだから、彼らはやるしかないよ」
眉をひそめて話し合うゼインとフォリーを見つめながら、リアは急に過去に引き戻されたような気になり、胸の重苦しさを感じていた。




