第17話 フォリーの過去
教会の祈りの間で、長椅子にリアとフォリーは並んで座っていた。二人の前には蝋燭に照らされた女神像があり、二人を見守るようにその場に佇んでいる。
「すみません、突然呼び出したりして」
「いえいえ。部屋の住み心地はいかがですか?」
「とても快適です。素晴らしい部屋を用意してくださって、ありがとうございます」
「どうです? 僕の『使い魔』はなかなか有能でしょう?」
「ええ、素晴らしい使い魔たちですね」
リアは微笑みながら、どう話を切り出そうか迷っていた。その様子を感じ取ったフォリーが先に話を向ける。
「……で、話と言うのはなんでしょう?」
「あ、はい。実は……今日ローザと一緒に森へ行ったのですが、その時に彼女から村の襲撃の話を聞いたんです」
さっきまでニコニコしていたフォリーが一瞬で真顔に戻った。
「……そうですか。彼女に聞いたんですね」
「はい。これまで私は、当時のことを口にしないようにしてきました。ゼイン様も何もおっしゃらないので……聞いてはいけないのだと。でも、そろそろ私も当時のことを知る時期に来ていると思うんです。フォリー様は、あの時村にいたんですよね? 何があったのか、詳しく教えていただけませんか」
「なるほど……分かりました。確かにそろそろ、リア様にお話してもいい頃かもしれませんね」
フォリーはため息をつき、女神像をじっと見つめた。
♢♢♢
魔法使いフォリーは気ままな男である。好きなように旅をして、好きなように生きてきた。時には人と暮らし、時には一人で生きた。魔法使いは人よりも三倍長く生きると言われる。彼の見た目は三十そこそこといったところだが、実年齢は百歳近い。
彼がそんな行動を取ったのは、長い人生のちょっとした気まぐれだった。魔族との戦いが続いていた中で、彼は魔族にも人間にも深く関わらないように生きていた。
ある日フォリーは、道端で農民らしき男たちが魔族の女に槍で攻撃しているのを見た。知らんぷりをして通り過ぎようとしたが、彼は気づいてしまったのだ。女は必死に男たちから何かを守っていた。見ると女は幼い子供を連れていたのだ。
「死ね! 魔族め」
「子供も殺せ!」
男たちは槍を手に、女の身体に何度も突き刺した。女の息は既に絶え絶えで、子供を守るのがやっとのようだった。
気づけばフォリーは杖を取り出していた。杖の先から放たれた炎の魔法はまっすぐに男たちに襲いかかり、一人が炎に包まれて悲鳴を上げる。
「魔族の仲間だ!」
「急いで火を消せ!」
「おい、早く逃げねえと!」
男たちは炎を上着で叩いて消しながら、大慌てで逃げていった。あとに残されたのは息絶えた魔族の女と、泣いている幼い魔族の男の子だった。
フォリーは魔族の子に近づき、声をかけた。
「僕と一緒に来るかい?」
魔族の子はじっとフォリーを見上げ、震えながらこくりと頷いた。フォリーの瞳が魔族と同じ赤色だったので、彼はフォリーを仲間だと思ったようだ。
「僕はフォリー。君、名前は?」
「……ウルティオ」
ウルティオを連れ、フォリーは旅に出た。フォリーはずっと独り身で、子供に興味がなかった。魔法使いと魔族は元々同じ種族で、どちらも長命であるが、その反面繁殖がしにくいという欠点がある。魔族の子というのはそれだけで貴重な存在だった。子供に興味のないフォリーが彼を守ろうとしたのは、種族の本能と言えるかもしれない。
ウルティオと旅を続けていたフォリーは、やがてゼインの村にたどり着いた。子供にとっては過酷な旅を続けるよりも、どこかで定住する方がいい。フォリーはウルティオを自分の子だと偽っていたので、村人たちはその子供が魔族の子であることを知らなかった。気のいい村人たちはフォリーが村に滞在することを受け入れ、人当たりのいいフォリーはあっという間に村の人気者となった。
ゼインは初めフォリーを警戒していたが、子供の面倒をよく見るフォリーの姿を見ているうちに、やがてその警戒心も薄れた。村の平和な日々はしばらく続いた。
村が襲撃に遭ったのは、フォリーにとっても予想外だった。
その日、ゼインは村の外に狩りに出かけていて、不在だった。フォリーはウルティオと遊んでいた。村はいつもの光景で、何もおかしなところはなかった。
だが村の光景はあっという間に地獄へと変わる。森の方からやってきた無数の『使い魔』は血に飢えた獣のように残虐で、出会う村人を片っ端から襲った。使い魔を操るのはほんの数人の魔族だが、彼らの魔力は圧倒的だった。
魔族は家に躊躇なく火を放ち、逃げ惑う村人を使い魔が殺していく。フォリーは急いでウルティオに隠れるよう言い含め、外に出て自らも応戦した。
「なんの目的があってここを襲う!」
フォリーは魔族の一人に怒鳴った。魔族はフォリーに近づくと、魔法の杖をぴたりとフォリーの額に押し当てた。
「ここにウィラード様のご子息がいるだろう。出せ」
「ウィラード様のご子息……⁉ どういうことだ」
フォリーは知らなかった。彼が守っていたウルティオは、魔族の王ウィラードの血を引く子供だったのだ。ウルティオを守って殺された女は、ウィラードの数多くいる恋人の一人で、ウルティオの母親であった。魔族の王の子の存在が分かれば、人間は必ず彼を殺そうとする。彼が魔族の王の子であることは、魔族のあいだでもごく一部しか知らない秘密とされていた。もちろんウルティオ自身も、自分の父親がウィラードであることを知らされていなかった。
「徹底的に探せ。全ての家を燃やすのだ」
「やめろ……!」
フォリーも魔法を駆使して必死に応戦するが、一人ではどうにもならなかった。小さな村を襲撃するにしては、彼らの力はあまりに強大だった。
薄れゆく意識の中で、フォリーは悟った。彼らはずっと魔族の王ウィラードの子の行方を探していたのだ。そしてようやく行方を突き止め、子供を奪いに来たのだと。子供を奪う為なら、村一つ焼き払っても構わない。王の子を奪還する為、彼らは最強の魔族を派遣したのだ。フォリーの力ではどうにもできないことだった。
力を使い果たし、とうとう立つこともできなくなったフォリーの目に、連れ出されるウルティオの姿が映った。身体は煤で汚れているが、彼は怪我もなく無事のようだ。その表情は怯えていて、石のように身体がこわばっていた。
魔族は目的を達成すると引き上げていった。あとに残されたのは僅かに生き延びた人々と、すっかり焼け落ちた家々と、呪いで瘴気まみれになった村の姿だった。
ゼインが戻ったのはそのあとだった。ゼインは背中に背負っていた獣を投げ捨て、地面にうつ伏せで倒れているフォリーを仰向けにさせ、怒鳴った。
「いったい何があったんだ!」
フォリーは涙を流しながら、ゼインを見上げた。
「ゼイン……僕を今すぐに殺してくれ。僕のせいだ。僕は村のみんなを殺してしまった」
「何の話だ、説明しろ!」
「すまない、ゼイン。あの子は実は僕の子じゃない。魔族の王ウィラードの子供だったんだ。僕も知らなかった」
「何だと……?」
「あいつらは家に火を放った。僕の力では止められなかった……」
ゼインは顔を歪め、家族を探しに走った。彼の妻と両親、そして妹も、全て変わり果てた姿で見つかった。
絶望し、その場に崩れ落ちるゼイン。しばらくその場で動けずにいた彼だったが、やがて震えながら立ち上がった。ゼインの瞳にあったのは激しい怒りのみだ。
「ゼイン……頼む。僕を殺してくれ。僕はこんなことでしか償えない」
振り返ると、足を引きずりながらボロボロの姿で立つフォリーがいた。
「お前を殺したところで俺の気が済むと思うか。償いをしたければ俺に従え、フォリー」
「従え、とは?」
ゼインはつかつかとフォリーに近寄ると、フォリーの胸ぐらを掴んだ。
「魔族の王をこの手で殺す。お前は俺の手伝いをしろ」
フォリーは涙を流しながら、黙って頷いた。こうして英雄ゼインが生まれたのだ。
♢♢♢
「――僕は、ゼインと一緒に傭兵団に入ることにしたんです。魔族の王ウィラードを殺すために、魔族と戦うと決めました。それは、僕にとっての贖罪です。僕がやったことは取り返しがつかない。だから、彼の復讐の手助けをするべきだと」
フォリーが語るのを、リアは黙って聞いていた。すぐには言葉が出てこなかった。フォリーがどうしてここまでゼインのために働くのかと疑問に思うこともあったが、まさかここまでの壮絶な出来事があったとは思わなかったのだ。
「リア様も、僕を軽蔑するでしょうね。この美しい村を滅ぼしたのは、僕ですから」
「軽蔑だなんて、そんなことを言わないでください。あなたはただ、人助けをしただけなんです。フォリー様は正しいことをしました。悪いのは魔族であって、あなたではありません」
フォリーはリアの瞳をじっと見た。真っすぐに見つめ返すリアの瞳には少しの揺らぎもなかった。
「リア様にそう言ってもらえると、僕の心は救われる気がします。僕は間違ったことをしてしまったんだと、ずっと後悔していました。あの時、あの子供を助けなければよかったと。復讐の為に何人の魔族を殺しても、亡くなった村の人たちは戻ってこないんですから」
フォリーの苦しみは、リアには取り除けない。リアはただフォリーに寄り添うことしかできない。
それでもほんの少しだけ、フォリーの心から重しが取れただろうか。リアは寂しそうに微笑むフォリーの顔をただ見つめていた。




