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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第1章

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第16話 あの日のこと

 ヴィクター一家が戻ってきてから少し日が経ったある日のこと。リアはヴィクターの妻、ローザに一緒に森へ行かないかと声をかけた。

 

「森へ茸を採りに行こうかと思いまして。あまり奥へは行かないつもりですし、いかがですか?」

 ローザは「いいわね!」と返したが、その表情が曇っていることにリアは気づいた。


「あ、何か他に用事があるならいいんですけど」

「ううん、そうじゃないのよ。一緒に行きましょ!」


 ローザはリアよりも十歳近く年上の女で、小柄で愛らしい容姿だが性格はしっかり者だ。夫のヴィクターは彼女に頭が上がらず、何でも彼女に相談して決める。この村への移住も、ローザが「行こう」とヴィクターを後押ししたのが決め手となった。

 男だらけのこの村で、同性のローザが来てくれたことはリアにとってとても嬉しいことだった。二人はすぐに打ち解け、ローザが忙しい時は娘のペギーの子守をしたり、一緒に洗濯をしたりと仲良く過ごしていた。


 ペギーを夫のヴィクターに預け、二人は森へ入った。リアはやはりローザの顔色が優れないことが気になり、とうとう立ち止まった。

 

「……やっぱり、何か気になることが?」

「あ……ごめんね。ついぼんやりしちゃって。もう忘れなきゃと思ってるんだけど、どうしてもここに来ると思い出しちゃうのよ」

「思い出すって……ひょっとして、村の襲撃のことですか?」

 

 森を見ながら遠い目をしているローザに、リアは尋ねた。するとローザは肩をびくっとさせ、悲しげな眼でリアを見つめた。


「もうこのことには触れないつもりだったのよ。私もヴィクターも、あえて触れないようにしてた。もう五年も経ったのに、ここに来るとまるで昨日のことのように、鮮明に蘇るわ」

 

 リアは息を飲んだ。ゼインの村が襲撃されたのは五年前のことだった。その当時の話をリアは詳しく知らない。仲間たちも話そうとしないし、リアもなんとなく聞いてはいけないと思っていた。


「――あの時、私とヴィクターは二人で森に来てたの。ゼインはたまたま村の外に出かけてた。彼は腕のいい猟師だったから、村から離れた場所で狩りをすることが多かったの。私たちはあの時、急に森の奥から何か嫌なものが来る気配がして振り返ったわ」

 

 ローザとヴィクターの目に映ったのは、信じられない光景だった。ガサガサと森を踏み荒らす音と共に、おびただしい数の『使い魔』が現れたのだ。

 

「私とヴィクターは急いで身体を伏せ、木の葉と枝で身を隠したの。幸い私たちは見つからなかったけど、彼らは一直線に村へ向かっていったわ。使い魔を操る魔族が数人いるのも見た」


 まるで四つ足の獣のような姿の『使い魔』は唸り声を上げながら村へ駆けていく。それはフォリーが操る使い魔とはまるで違う。フォリーの使い魔は人間に友好的な生き物だが、魔族の使い魔は狂暴な獣そのものだ。

 使い魔の後ろに続くのはすらりと背が高く、頭にフードを被り、顔をマスクのようなもので隠している『魔族』の姿だった。魔族は魔法使いと同様に、使い魔を意のままに操ることができた。


「私は急いで村に戻るべきだと言ったけど、ヴィクターは動かない方がいいと私を止めたわ。私たちはずっとここで震えていた。しばらくすると、ここまで悲鳴が聞こえてきた――何かが燃える匂いがしたし、煙が村から立ち昇るのを見た」

 

 ローザは震えながらリアに当時の話をした。リアは震えるローズを慰めるように、背中を優しく撫でる。


「ゼインは気の毒だったわ。彼は結婚してまだ間もない頃だったのよ。それにゼインの妹は結婚が決まっていて、もうすぐ村を出るはずだった。それが……いっぺんに全てを失ったんだもの」

 

 ゼインが妻と家族を一度に失ったことは、リアも知っていた。突然一人になった彼が、復讐に身を燃やすのも仕方のないことだった。


「あなたにこんな話をしてごめんなさいね。ウィラードも死んだし、もうあの時のことは考えないようにしようと思ってたんだけど……」

「いいんです。どんな話でも聞きますから、私に何でも話してください」

 ローズは涙に塗れた顔でリアを見ると、口元で無理やり笑顔を作った。

 

「ありがとう、リア様。私ね、この村に新しい住民が増えてくれて、凄く嬉しいの。みんな明るくて、頼りになる人ばかり。もちろん、リア様もそうよ」

「私、頼りになりますか?」

 リアは照れたように言う。ローズは「もちろんよ」と笑った。


「リア様、ずっとこの先も、村にいてくれるのよね? 私たちと一緒に」

 

 ローズの真っすぐな目を見ながら、リアは少しだけ戸惑いながら「もちろん」と答えた。


(この村の呪いが解け、村が元に戻ったら……私の役目は終わる)


 リアは近頃、未来のことを考える日が増えていた。ゼインは「お前はもう俺のものだ」とリアに言ったが、いつ「お前はもう用済みだ」と言い出してもおかしくない。

 

 村での生活に慣れ、居心地の良さを感じるリアだったが、未来のことは分からない。もしも村を出ていくことになったら、生まれ故郷の町に帰って、再びあの古い教会で暮らす日々に戻るのだろう。

 

 先のことばかり考えても仕方がないと思いつつ、リアはつい未来のことを考えてしまうのだった。


(それにしても……どうしてこの村を魔族は突然襲ったのだろう)


 それはリアがこの村に来てからずっと抱いていた疑問だが、ローザの話を聞いてからその疑問はますます大きくなった。リアが見る限り、この村はどこにでもある平凡な集落でしかなく、ゼインの話では村にいた聖女はだいぶ前に亡くなり、不在となっているという。つまり魔族がこの村を襲う理由がないのだ。


(フォリー様なら、何か知っているかもしれない)


♢♢♢


「フォリー様、ちょっとよろしいですか?」


 その日の夕食を終え、仲間たちがそれぞれ席を立つ中、リアはフォリーに声をかけた。


「はい、なんでしょう?」

「ここではちょっと……教会まで来ていただけますか?」

 

 リアは周囲を気にしながら言った。怪訝な顔をしたフォリーだが、すぐに笑顔に戻り「お伺いします」と答える。二人の様子を見ていたゼインは小さく首を傾げた。

 

 先に教会へ戻ったリアを見送りながら、ゼインはフォリーに声をかけた。

「一体何の話だ」

「気になるならお前も来れば?」

「……お前と二人で話したいと言ったんだろう? リアは」

「なんだい、気になるのかい?」

 ニヤニヤと笑うフォリーをゼインは「別に」と睨んだ。

 

「心配しなくても、ここにはリア様に手を出す奴はいないよ。リア様は『お前のもの』なんだから」

「確かにリアは王から褒美ということで連れてきたが、別に俺の女というわけじゃない」

「おや、婚約者のいる女を奪っておいて、そういうことを言うのかい。あれから五年経ったし、お前もそろそろ次の人生を考えてもいい時期だと思うけどね」

「いいからもう行け。リアが呼んでるんだろ」

 

 ゼインは不機嫌そうにフォリーの肩を叩く。フォリーは苦笑いしながら「それじゃ、行ってくる」と教会へ向かった。

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