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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第1章

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第15話 王子の話

 ――ゼインの村が順調に元の姿を取り戻していた一方、王宮では――


「突然呼び出してすまない。占い師ヨーク、お前にぜひ折り入って頼みがあるのだ」


 周囲を気にしてか、小声で男に囁いているのはマティアス王子。ここは王宮にあるマティアス王子の私室である。人払いをさせ、部屋には『占い師ヨーク』と二人きりだった。

 ヨークは自由に王宮に出入りすることを許された占い師である。彼は魔法使いであり、見た目は三十代くらいだが実年齢はその三倍ほど。

 魔法使いの中にはその長い人生経験を活かし、上流階級相手に占いをする者がいた。彼もその一人である。

 バークス王が決断を迷う時、必ずヨークが呼ばれて占いをしていた。魔族との戦のことはもちろんのこと、国内の様々な揉め事や、王族の結婚についてなどについても、バークス王は彼の助言を受けていた。


「頼みとはいったい何でしょう? マティアス殿下」

「実は……俺の新たな妻についてのことだ」

「ほう?」


 首をひねるヨークは、何かこれから嫌な頼み事をされると感じている顔だ。マティアスはにやり、と口を開くとヨークに顔を寄せた。


「俺の妻にはルイーゼが相応しいと父上に伝えてくれ。父上は恐らく、前のように妻の候補を選んだあと、お前に助言を依頼するはずだ。その時に『ルイーゼならば問題なし』とだけ言ってくれればいい。簡単な頼みだ、そうだろう?」

「……それは、いくら殿下の頼みであろうとできかねます。占いの結果を曲げることになります」


 ヨークは事も無げに首を振る。瞳にかすかな怒りを浮かべながら、マティアスはわざとらしい笑顔を浮かべた。

 

「お前は一言だけ言えばいいんだ。前の占いの時、お前は『リアが相応しい』と父上に伝えたようだが、結局お前の占いはでたらめだったじゃないか。リアは野蛮な田舎者のものになり、俺は婚約者を失ったわけだ。本来ならば、父上に首を斬られてもおかしくないほどの失態なんだぞ?」


 恐ろしい言葉でヨークを脅すマティアスだが、ヨークは少しも動じていない。

 

「私が占ったのはあくまでも、王家にとって相応しい聖女が誰なのか、という一点のみ。候補者の中で最も相応しいと出たのがリア様だったのです。私がお伝えできるのはそこまで。あとの決断は陛下がなさることです。たとえ私が占いの結果を曲げ、ルイーゼ様が相応しいと陛下にお伝えしたところで、陛下が納得しなければ意味がありません」

「堅物め」

 

 舌打ちをしたマティアスはヨークから離れ、苛立ちを隠そうとその場をうろうろと歩いた。ヨークはその場に立ったまま、視線だけを動かしてマティアスの様子を見ている。


「本当にルイーゼ様を妻になさりたいのなら、陛下に直接お考えを話すべきでは」

「それができるなら、とっくにそうしている! 俺は何度も父上にお願いしたんだ! それでも父上は首を縦に振らない。ならば説得できるのは占いしかないだろ?」


 ヨークに訴えるマティアスの表情は真剣そのものだ。ヨークはマティアスの様子を見て困惑していた。マティアスの結婚相手を選ぶ際、バークス王はヨークに占いを頼んだ。王は素晴らしい能力を持つリアを気に入っていたが、候補は他にも何人もいた。その中に当然、名のある聖女の血を引くルイーゼもいた。だがヨークの占いでは、ルイーゼは候補から外れていた。


 マティアスとルイーゼが恋人関係にあるという噂は、王宮内では公然の秘密とされていた。それは当然父であるバークス王の耳にも入っていたが、恋人ならばともかく結婚相手となれば話は別である。王家の一員となるべき聖女は、優れた能力を持つ者でなければならないというのが、古くからのしきたりだった。ルイーゼは残念ながら聖女としての力は低く、十四歳の聖女にも劣ると言われるほどだ。


 優れた血筋であれば優れた聖女になるわけではないというのが、聖女の不思議なところである。平凡な家系に生まれたリアが類まれなる力を持ち、優れた家系のルイーゼが平凡であるというのは皮肉な話であるが、こういうことは珍しくないのだ。


 王は優れた能力を持つリアが占いで『相応しい』と出たことに満足した。そして結果どおりにリアをマティアスの婚約者として選んだわけだが、結局リアは英雄ゼインの『褒美』として彼に奪われた形である。

 しかも英雄ゼインの望みを叶えることになったのも、ヨークが「英雄ゼインの望みは全て叶えるのが王国にとって良い」と占ったからだった。つまり彼の占いが、マティアスの婚約解消の引き金になったとも言えるわけである。


「……かしこまりました。マティアス殿下の願いどおり、妻の候補としてルイーゼ様の名を出すことにいたしましょう」

「本当か!」

「ですが私ができるのはそこまで。先ほども申しましたとおり、名前を出したとて決断されるのは陛下ご自身なのです。陛下がルイーゼ様を選ばれるかどうかは、陛下次第です。それはよろしいですか?」

「ああ、分かっている。父上はきっとルイーゼを選ぶさ。だってお前が選んだ聖女なんだからな。父上はなんだかんだで、お前の意見に弱いんだ」

 

 マティアスは興奮気味にヨークの肩を掴んだ。バークス王がヨークを信頼していることを、マティアスはよく知っている。ヨークが相応しいと言えば、バークス王は必ずルイーゼを選ぶだろうと彼は確信していた。

 

 ヨークは喜びを爆発させているマティアスを、複雑な表情で見ていた。マティアスがルイーゼを本当に愛しているのは疑いようもない。占いどおりにリアが婚約者になったものの、マティアスはリアに辛く当たっており、リアは邪険にされているともっぱらの噂だった。恋人には自ら選んだ多くの贈り物を与え、婚約者にはろくな物を与えなかった。リアは不満を口にすることもなくじっと耐えていたようだが、辛い日々だったであろうことは想像に難くない。

 

 占いどおりに人生を選べば、全て上手くいくとは限らない。ヨークにできることは、占いで出た結果を伝えることのみ。

 占い師ヨークはただの羅針盤である。羅針盤を無視して進めば船が難破する可能性が高まるが、必ずしも難破するというわけでもなく、本人が別の海路を偶然見つける可能性だってあるのだ。


 ヨークの脳裏に、ある出来事が浮かんだ。

 それはマティアスとリアの婚約が決まる前のことだった。そろそろマティアスの婚約者を決めなければならないという時期になり、王宮内もその話題で持ちきりとなっていた。候補の名前はいくつか上がっていて、その中にはルイーゼの名も既にあった。


 ヨークはふと好奇心で、そのことについて占ってみた。それは簡単な占いで、三枚のカードから一枚を選ぶというものだった。一枚目は「婚約者は王が選ぶ」二枚目は「婚約者はマティアスが選ぶ」最後の一枚は「婚約すべきではない」だった。


 占ったヨークは困惑した。選んだカードは「婚約すべきではない」だったのだ。

 

 首を傾げながらもう一度カードを選ぶ。だが結果は同じで、ますます困惑したヨークは更にもう一度カードを引いた。するとなんと、三回連続で同じカードが出たのだ。

 

 まさか「婚約すべきではない」という結果が出ると思わなかったヨークは、その占い結果を封印することにした。誰にも話さずに自分の胸にしまったのだ。マティアスの婚約は必ず行われることであり、彼が独身を通す主義でもないことから、婚約者を選ばない未来などあり得なかったのだ。

 

 その後、候補者の中から一人を選ぶことになり、ヨークはバークス王が望むリアを婚約者として選んだ。結果的にリアはゼインの元へ行き、占いは外れということになったが、英雄ゼインが望んだ結果だから仕方がないということで、王はヨークを責めてはいない。

 

 今度はマティアスの要望で、ヨークは占いの結果を曲げることとなる。だがマティアスがルイーゼを愛しているのは間違いなく、マティアスの希望どおりにすべきだとヨークは考えたのだ。


 たとえそれが間違いであったとしても。

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