第14話 俺の村
リアが村に来てから、あっという間に二か月が過ぎた。
森に現れた魔族の痕跡は、幸い再び現れることはなかった。リアは村の仲間たちに護衛してもらいながら呪いを解き、森を元に戻すことを続けていた。
そんなある日、更に移住者が二人もやってきた。ゼインが村の移住者を募っているという噂は各地に広まりつつあり、噂を聞きつけた傭兵団時代の仲間がやってきたのだ。
「お前たちが来てくれるとは、有難い」
「どうせ俺たちには行くあてもないからな。ここらで腰を下ろせる場所が欲しかったんだ」
「村を復活させるなんて、面白そうなことをやってると思ってな!」
新たな仲間が増えたことをゼインは素直に喜んだが、彼の瞳には少しの寂しさがあった。
ゼインが村に戻ったという噂は、フォリーが積極的に広めていたこともあり、多くの人々が知ることとなった。だが襲撃以前に住んでいた村人は、いまだ一人も戻ってきていなかったのだ。
再会を喜び合う仲間たちを遠巻きに眺めているゼインに、フォリーが声をかけた。
「どうした? ゼイン。ぼんやりとして」
「……いや、なんでもない」
「そうかい」
フォリーはゼインの隣に立ち、一緒に笑顔で話す仲間たちの姿を見ていた。フォリーはこの無口な男から無理に話を聞き出そうとしても無駄なことを知っている。しばらく無言で仲間たちを眺めていたゼインは、ようやく重い口を開いた。
「仲間が集まってくれるのは嬉しい。だが……俺の村で共に暮らした村人たちは戻らない。それも当然だ、彼らにだって新しい生活がある。ここに来ると、あの恐ろしい出来事を思い出すんだ。もう二度と故郷に戻らないと心を決め、村を出ていった者もいる。仕方がないことだ」
「そうだね。彼らに戻ってこいと無理強いすることはできない」
フォリーが頷くと、ゼインも頷き返した。
「それでも俺は、村が綺麗になればいずれみんな戻ってくると思っていた。村はリアのおかげで元に戻った。移住者もこうして徐々に増えている。でも今の村の姿は、以前の村とは違う。完全に元通りというわけにはいかないんだな」
独り言のように話すゼインを見たフォリーは再び、楽しそうに笑い合う仲間たちに視線を移した。
「いいじゃないか。リア様が呪いを解いたこの村は、以前の村とは違って当たり前だ。これからはここを新たな村として発展させていけばいいさ。村長はゼイン、お前なんだから」
「俺が村長?」
「今さら何言ってるんだい、当たり前じゃないか。お前が滅びた村を再生させたんだ。ここはお前の村だろう?」
キョトンとしているゼインの顔を見たフォリーは吹き出した。
「……俺の村か」
ポツリと言ったゼインの顔から、もう寂しさは消えていた。仲間たちの元へ向かい「村を案内する、ついてこい」と声をかけた。
♢♢♢
リアは鶏の世話をするようになった。
これはリアが自ら始めた仕事だ。移住者が増え、村の仕事は増える一方だ。フォリーやブライアスは家の建築、ワイリーは村の外に出て仕事を請け負いながら食料の確保。ゼインは村長として村のことに目を配りながら、畑仕事をしたり様々な手伝いをしていた。新たな移住者たちもそれぞれ村の為に働いた。
リアは森の瘴気が残っていないか探す日々だが、瘴気がだいぶ減ったので暇な時間も増えてきた。自分も村の仕事を手伝うべきと考え、二羽の鶏の世話を始めたのだ。
「何もしなくていいと言ったのに、鶏の世話をしているのか」
鶏小屋の前を通りかかったゼインが、小屋の掃除をしているリアを見ながら眉をひそめている。
「手が空いてますから」
「あんたはこの辺りの瘴気を取り除くという大事な役目がある。いらんことで体力を使うな」
「いらんことって……鶏の世話も大事な役目じゃないですか」
「鶏の世話くらい俺一人でできる。あんたはあんたにしかできないことをやれ」
どうもゼインは、リアが村の仕事をすることをよく思っていないようである。一度無理をして倒れたことがあるせいか、リアがまた倒れないかと心配なのだ。一方のリアは、自分だけが家でのんびりとしている生活に耐えられなかった。
前に一度、リアはゼインに「何かお手伝いできることはありませんか」と尋ねたことがある。
「ない。あんたは呪いを解いていればいい」
「でも、皆さんが働いているのに私だけ何もしないというのは……」
「余計なことは考えるな。暇だと言うなら部屋で刺繍でもしていろ」
ゼインはけんもほろろに言い放ち、リアの手伝いを拒絶した。一旦は諦めたリアだったが、やはりじっとしていられなかった彼女は、勝手に鶏の世話を始めることにした。
「そう手間がかかることでもありませんから、大丈夫です」
頑として譲らないリアに、ゼインはとうとうため息をつき「好きにしろ」と言い残して、去っていった。
(聖女は汗をかく仕事などできないとでも思ってるんでしょうけど、馬鹿にしないでほしいわ)
ゼインの後ろ姿を見ながらリアは心の中でぼやいた。リアはのどかな港町で育った素朴な娘である。自宅には鶏とヤギがいたので、世話は慣れていた。名家で育った聖女の中には一人ではお茶も淹れられないような者もいるが、リアは違う。
鶏小屋の掃除を終えて自宅に戻る途中、村の広場に見慣れない者たちがいるのをリアは見つけた。彼らは家族のようで、夫婦らしき男女が幼い子供を連れている。二人とも背中に大きな荷物を背負っていた。
「あの……?」
リアが声をかけると、男がパッと目を輝かせてリアに駆け寄ってきた。
「あなたが村を復活させてくれた聖女様ですね! お会いできて光栄です。俺の名はヴィクター。こっちは妻のローザと娘のペギーです」
「聖女リアと申します。あの、ひょっとしてあなたたちは……?」
まさかと思いながらリアは尋ねる。ヴィクターはリアの手を取りながら、興奮気味に頷いた。
「俺たちはこの村の出身です。前にゼインから、村に戻ってこいと言われていたんですが、その時は一度断ってしまって。あの後妻とも話し合って、思い切って村に戻ることに決めたんですよ」
「……本当ですか!」
リアの瞳が大きくなり、その顔にみるみる笑顔が浮かんだ。リアは急いでゼインを呼びに走った。
ヴィクターが妻子を連れて戻ってきたと聞いたゼインは、一瞬くしゃっと顔を歪めると「すぐに行く」とリアに返した。
♢♢♢
ゼインとリアは広場に戻った。
「ゼイン……」
ヴィクターが気まずそうな笑顔でゼインに声をかける。ゼインは無言のまま頷き、彼らの元へ向かうとヴィクターと妻のローザを強く抱きしめた。
「二人とも、よく戻ってきてくれた。感謝する」
「すまない、ゼイン。あの時は突然あんなことを言われてつい動揺しちまった。あの後ローザと何度も話し合ったんだ。沢山話し合い、沢山考えた。もちろん村に戻ることに怖さもある。でも俺たちはここに戻るべきなんだ」
ヴィクターは次第に涙声になっていた。ゼインは何度も頷きながらヴィクターの話を聞いていた。
「もういいんだ。来てくれただけで十分だ」
「ありがとう、ゼイン。牧場主のゴドリーも、俺たちの決断を応援してくれたよ。聞いてくれ、明日にはこの村に羊が届くぞ。ゴドリーからの餞別だ、英雄ゼインの村を助けてやれと言ってくれたんだ」
「本当か⁉」
ゼインは二人から身体を離し、目を丸くした。リアが病気になり、牧場主ゴドリーを訪ねたゼインは乳牛を譲ってほしいとゴドリーに頼んだ。だが乳牛の売り先は既に決まっていたので断られてしまった。ゴドリーはそのことを気にしていたのか、ゼインの村に羊をプレゼントしてくれたのだ。
「嘘なんて言うわけないだろ? 四頭の羊が村にやってくるぞ。ゼイン、前に牧場をやりたいなら手伝うって言ったよな? その言葉忘れてないだろうな」
「もちろんだ。それなら昔、牧場だった場所を使おう。フォリーの使い魔たちも手伝ってくれるはずだ。一緒に来てくれ、みんなに紹介する」
ゼインはヴィクター一家と一緒に歩いていった。リアはゼインがあんなに喜ぶ顔を見るのは初めてだった。彼はまるで少年に戻ったような顔で、普段は冷たく見える銀色の瞳がキラキラと輝いていた。
(よかった……村人が戻ってきて)
リアもなんだか嬉しくなった。これまで移住者はみんなゼインの仲間ばかりだった。だがゼインは元々「村を元に戻せば村人も戻ってくる」とリアに話していた。彼が苦労して村を元に戻す目的は、散り散りになった村人に戻ってきてもらう為だったのだ。
(本当に……よかった)
気づけばリアの目に涙が浮かんでいた。ゼインの努力はようやく、報われたのだ。




