第11話 生きる意味
夜もすっかり更けた頃、ゼインは食料を持って村に戻ってきた。急いで教会に飛び込み、寝室の扉を開けるとそこにはリアを見守るフォリーの姿があった。
「ゼイン! 戻ったのか」
椅子から立ち上がるフォリーにかまわず、ゼインはベッドの上で眠るリアに近寄る。リアの様子を見たゼインはぐっと息を飲んだ。彼女の顔色は、まるで死んでいるのかと思うほどの血の気のなさだ。
呪い――人が呪いにかかると、最初は手足から黒く変色していく。それは次第に身体全体に及び、頭まで覆われたらその人間は死に至る。
ゼインは毛布をめくって彼女の手を見た。元々のリアの手は白くしなやかだが、今はすっかり黒くなり、触っても何の反応もない。黒い部分はかなり広がっていて、毛布から覗く足も手と同様に黒くなっていた。
何人も、何人も、ゼインはこのような人間を見てきた。呪いに侵され、なすすべもなく死んでゆく人たちだ。ゼインはリアを見つめながら唇を噛んだ。
「リア。別の村で食べ物をもらってきた。美味いものを食べればすぐに元気になる。すぐに呪いも浄化できるようになるはずだ」
ゼインはリアに話しかけるが、彼女の反応はなかった。
「ゼイン。リア様にいくつか薬を試してみた。薬の効果があって呪いの進みは止まったようだけど、食べ物を受け付けないんだ。お前がせっかく調達してきた食べ物だけど、食べてくれるかどうか……」
フォリーは心配そうにリアの青白い顔を見ている。
「無理やりにでも食わせる。急いで用意してくる」
ゼインは慌ただしくリアの家を出ていった。
♢♢♢
できあがった料理を持って、ゼインはリアの部屋に戻ってきた。彼が作ったのは大麦のミルク粥だった。
「へえ、ミルク粥か。久しぶりだなあ、美味そうだ」
甘い香りのする器を嗅ぎながら、フォリーは目を細めた。
「牛乳を分けてもらったから、粥にした。林檎の蜂蜜煮も分けてもらった。風邪を引いた時に食べるといいそうだ」
「凄いじゃないか。それじゃ僕は薬を作ってくるから、リア様のことをよろしく頼むよ」
フォリーが部屋を出ていったあと、ゼインはベッドサイドの椅子に腰を下ろして「リア」と声をかけた。リアはその声に反応し、ゆっくりと瞼を開けた。
「……ゼイン様?」
リアは不思議そうな顔でゼインに視線を映した。
「目が覚めたか」
「フォリー様がいるとばかり……」
「あいつは薬を作ると言って出ていった。身体の具合はどうだ?」
リアは突然ハッとして、自分の手を見ると瞳を大きく見開いた。
「ああ……こんなに黒ずんで。どうしたらいいんでしょう、ちっとも呪いが浄化できないんです。気分が悪くて、ずっと寝てばかりですみません。早く森の呪いを解かないと……」
肘をつき、よろよろと起き上がったリアの肩を、ゼインはぐっと掴んだ。
「森のことは、今は気にするな。それよりも、まずあんたがすることは食べることだ。食欲がないようだが、ミルク粥なら食えるだろう。食え」
「え……ミルク粥……?」
ゼインはポカンとするリアに、ミルク粥が入った器を差し出した。甘い香りがするミルク粥を見たリアの瞳が、わずかながら輝いている。ゼインが器を持ち、リアはスプーンで粥をすくい、ゆっくりと口に運んだ。喉が動き、粥を飲み込んだリアの口元に笑みが浮かぶ。
「美味しい……凄く美味しいです。牛乳なんていったいどこで手に入れたんです?」
「そんなことは気にしなくていいから、全部食べろ。林檎の蜂蜜煮も持ってきたから、後で食え。食べたくなくても食べるんだ。あんたはろくなものを食ってないのに、呪いの浄化で体力を使いすぎて病気になった。病気が治ればすぐに呪いの浄化もできるようになる。だからちゃんと食え」
リアは唇を震わせ、それをごまかすように再びスプーンを口に運んだ。涙を見せないように俯き、一口食べるごとに身体じゅうに染みわたるミルク粥を感じていた。ゼインがわざわざ牛乳をどこかで手に入れてきたのだろうと思うと、リアの胸が熱くなった。
ぽたり、と涙がミルク粥に落ちた。
「なぜ泣く?」
「……これは……嬉し涙です」
ずずっと鼻をすすり、リアは再び粥を口に運ぶ。ゼインは「そうか」と呟き、そのままリアが食べる様子を見守っていた。
言葉はなくとも、ゼインの優しさを肌で感じたリアだった。
「あんたはなぜそこまで自分を追い詰める?」
「え?」
ゼインは突然、リアに質問をした。
「体調が悪かったんだろう? なぜ休まなかった? 無理をしたからこうなったんだぞ」
「すみません……少しだるさはあったんですけど、そこまで酷くなかったので」
「だが結局こうなっただろう。自分の能力を過信しすぎだ」
「はい……早めに休むべきでした」
ゼインに怒られたリアはしゅんとなっていた。(言い過ぎたか)とゼインは気まずそうな顔をしている。
「あんたを見ていると不安になる。まるで何かに追い立てられているようだ」
「私は……聖女です。呪いを解くのが私の役目。私にできるのはこれくらいですから」
「これくらいって……」
ゼインは鼻で笑ったが、リアが険しい顔でじっとミルク粥に目を落としているのを見て表情を変えた。
「私には、これしか取り柄がないんです。皆さんの役に立つことが、私の生きる意味なんです。ゼイン様はそのために、私を褒美に欲しいと言ったんでしょう? 陛下は私が優れた聖女だから、私をマティアス王子の婚約者に選んだんです。呪いが解けなければ、私はここにいる意味がないんです」
それはリアが初めてゼインに吐露した感情だった。常に冷静な彼女が感情的になる姿は、ゼインが初めて目にするものだった。
「あんたは確かに優れた聖女だが、それしか取り柄がないなんてことはない。あんたに与えられた力は確かに、女神の贈り物かもしれない。だがその贈り物をどう使うかはあんた次第だ」
「贈り物……」
「そうだ。リアは、リアだ。贈り物はあくまでおまけだ。おまけにあんた自身が振り回されるな」
ゼインの力強い言葉は、リアの心に深く刺さった。
(私は、私自身の力に振り回されている……?)
リアの脳裏に浮かぶのは、幼い頃に彼女の力を認めてもらった日の出来事である。




