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国を救った英雄は「褒美に聖女が欲しい」と言った  作者: 弥生紗和
第1章

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第10話 駆ける

 ゼインは駆ける。

 村を出たゼインは愛馬にまたがり、この辺りで一番大きな村を目指していた。リアが病で倒れ、体内に残った呪いが彼女の身体を蝕み始めた。フォリーの予測では、あと一日でリアの身体は呪いに覆われ、死に至る。風邪を早く治し、リアが呪いと戦えるように力を取り戻させなければならない。

 

 ゼインの焦りが馬を急がせる。彼の愛馬にその気持ちが伝わったのか、馬は力強い脚で土を蹴り、道を駆け抜けた。


 馬を急がせてようやく村にたどり着いたが、もう日は傾きつつあった。あちこちに風車が建っていて、大きな牧場があり、牛や羊がのんびりと草を食んでいた。日当たりがよく水はけのいい土地なので、農業が発展していている村だ。村の中心には小さな商店や食堂などが並ぶ。

 

 村の中には、ぽつんと忘れ去られたような古びた女神像があった。この村にも昔は聖女がいたが、今はもういないようだ。こういう村はどこにでもある。戦が長引くにつれ『癒しの手教会』では聖女を教会に集めるようになり、聖女がいない村が次第に増えていった。聖女は安全な場所で保護するべきとされたので、それも仕方のないことだった。

 

 女神像をじっと見ていたゼインに、後ろから一人の男が近づいてきた。

「あんた、ここに何か用かい?」

 ゼインは振り返った。そこには土で汚れた服を着て、鍬を持った村人が立っていた。見慣れぬ男の姿に警戒しているようである。


「俺はゼインという。村に急ぎの用があって来た。牧場主に会いたいんだが」

「ゼイン……? まさか! あんた、あの英雄ゼインか! 会えて光栄だよ。魔族を倒しに行くと聞いた時は、まさかあんたが本当に魔族の王を倒して帰ってくるとは思わなくてね」

 

 村人は英雄ゼインに気づくところりと態度を変え、ゼインのそばへ駆け寄った。村を滅ぼされ、魔族を倒すために旅立ったゼインの噂は、この辺りで暮らす人々はみんな知っていた。


「悪いが世間話をしている暇はない。牧場主のところまで案内を頼みたい」

「まあそんなに急がなくてもいいじゃないか。村のみんなにあんたを会わせたいんだ。みんなあんたの武勇伝を聞きたいだろうし……」

 

「俺は急ぎの用があると言ったんだ。そのゴドリーとかいう牧場主がどこにいるか教えてくれ」

 ゼインの顔に苛立ちが浮かぶ。村人はそれを見て怯み「わ……分かった」と後ずさった。


 ゼインは牧場主ゴドリーが暮らす家を訪ねた。ゴドリーは村で最も大きな牧場を経営しているという。

 ずかずかと敷地内に入り、ゼインは玄関扉を勢いよく叩いた。しばらく待っていると、家の裏からひょっこりと中年男が顔を出した。髭面で身体に脂肪をたっぷりと蓄えているその男は、ゼインの姿をじろじろと見た。


「俺の家に何か用かい?」

「俺はゼインだ。あんたがゴドリーか?」

「確かに俺はゴドリーだが……ゼイン? なんと、英雄ゼインとここで会うとは! フォリーとかいう魔法使いに聞いたぞ? 故郷の村を立て直しているらしいじゃないか」

 

 ゴドリーは目の前の男が英雄ゼインだと気づくと、急に目を輝かせた。


「ああ、そうだ。フォリーに会ったのか?」

「少し前に村に来たんだ。村を復興させていると聞いたよ。あの村をいちから立て直すなんて、無理じゃないかと思っていたんだが……」

「確かに苦労は多い。今も少し問題が起きている」

「問題?」

 ゼインは「ああ」と答え、ゴドリーに手短に事情を説明した。


「――それで、倒れた聖女に何か栄養のあるものを食わせたい。牛乳を少し譲って欲しいんだが」

「なんだ、そんなことか。もちろんだ、好きなだけ持っていってくれ」

「ありがたい。それともう一つ頼みがある。あんたの牧場にいる乳牛を、一頭買い取らせてほしい。聖女に毎日飲ませたいんだ」


 さっきまでニコニコしていたゴドリーは、牛を譲って欲しいと言われると急に顔を曇らせた。


「乳牛か。英雄ゼインの頼みなら喜んで……と言いたいところだが、すまんがそれはできんのだ」

「何故だ? 金なら払う」

 ゼインは眉をひそめた。男は頭をかきながら「実は……」と話を続ける。

 

「うちの牧場にいる乳牛は、既に全部買い手がついているんだよ」

「いくらで売るつもりだ? 俺はその倍出す」

 倍で買い取る、と言われた男の瞳に迷いが生じたが、思い直すように首を振った。

 

「いや、すまんがそれはできん。あんただって分かるだろう? 瘴気で家畜が大勢死んだ。うちの牧場にいる『安全な牛』はどこも喉から手が出るほど欲しがるんだよ。うちの乳牛は、王都の牧場が全て買い取ることになってるんだ」

「王都か……ひょっとして、買い手は王家か?」

「まあ、そんなところさ」

「フン、王家は国中の乳牛を全て買い占める気なのか?」

 

 牧場にいる乳牛は全て王家のもの、と言われたゼインの表情が険しくなる。だが王家が相手では、牧場主を責めるわけにもいかない。

 

「すまんな。そういうわけだからうちでは乳牛を渡せんのだ。牛乳ならいくらでも分けてやるから、それで勘弁してくれんか」

「……ああ、分かった。あんたにこれ以上無理は言えん。牛乳だけでいい」

「少し待っててくれ。すぐに用意させよう」


 男は家の中に入っていった。そわそわとその場で待っていたゼインだったが、落ち着かない彼はなんとなく辺りを歩いた。男の牧場はとにかく広く、環境も良さそうだ。ここは魔族の襲撃を受けなかったので、瘴気に侵されることがなかった。美味しい牧草をたっぷりと食べて育った牛や羊を、王家が欲しがるのも当然だ。

 魔族との戦いで、多くの家畜が呪いで死んだ。牧場が瘴気で侵され、呪われた家畜の乳や肉を口にした者が呪いにかかった。そのため各地の領主は、家畜を口にすることを一時期禁じていたほどだ。


 柵越しに家畜を眺めていたゼインに、後ろから突然「ゼイン?」と若い男の声がした。


「ヴィクター……? お前、なんでここに?」

 若い男の顔を見たゼインは驚き、目を見開いた。

「久しぶりだな、ゼイン。実は……ここの牧場で働いてるんだ」

「お前一人か? 嫁さんは?」

「一緒だよ。今は用があって村の外に出てる」

「そうか……お前がまさか、こんな近くにいたとは知らなかった」


 ヴィクターの顔を見ながら、ゼインはしみじみと呟いた。ヴィクターはゼインの村で共に育った幼馴染だ。ゼインの村が襲撃され、村人の殆どが死に、生き残った僅かな者も村を出ていった。その出ていった者の一人が、ヴィクターだった。


「ヴィクター、俺が村を立て直していることは知っているか?」

 ゼインが問うと、ヴィクターはあいまいな笑顔を浮かべながら「ああ」と答えた。

「知ってるなら、なぜ村に戻ってこない? 村は聖女が呪いを解き、俺の仲間たちと元に戻そうと頑張っているところだ。また故郷で暮らせるようになるんだぞ?」

 ヴィクターは困ったような顔でゼインの言葉を聞いていた。そして決心したような顔で口を開く。


「ゼイン。悪いが俺は故郷には戻らない」

「戻らないって……な、何故なんだ?」

 ゼインは愕然としながらヴィクターに尋ねた。

 

「子供が生まれたんだ。ローザも今の暮らしを気に入ってる。ゴドリーの牧場は凄く儲かってて、いい給料をもらえるんだ。この村は居心地がいいし、魔族に怯える心配もないんだよ」

「いくらいい給料をもらえるからって、いつまでも雇われでいる気か? 俺の村で牧場でもなんでもやればいい。俺が手伝う」

「……はっきり言うが、もうあんな思いをするのは俺もローザもこりごりなんだ。分かってくれ、ゼイン」


 ヴィクターはそう言い切ると、俯いてしまった。ゼインはそれ以上何も言えなくなった。彼が生まれ故郷の村を立て直そうと頑張っていたのは、散り散りになった村人たちに戻ってきてもらう為だった。

 だが彼の幼馴染であるヴィクターは、家族とここで暮らす道を選んだ。あんな恐ろしい思いをした村に帰りたくないと思うヴィクターの心が、ゼインには痛いほど分かった。


「分かった。無理を言って悪かった」

「こっちこそごめん。村の復興、うまくいくといいな」

 ヴィクターは慰めるようにゼインの肩を叩き、去っていった。


(俺がやっていることは、無駄なのか……?)

 

 ヴィクターの後ろ姿を見つめながら、ゼインは心の中で呟いた。


 ゴドリーはゼインの為に牛乳や、新鮮な果物や、彼の母が作ったという林檎の蜂蜜煮を持ってきた。


「こんなに沢山分けてもらってすまない」

「気にするな。この林檎の蜂蜜煮は、一口食べればどんな病気でもすぐに治っちまう、おふくろの自慢の品なんだ。風邪を引いた時はいつもこれを食べることにしている。聖女様もきっとよくなるさ」

「ああ……そうだな」

 

 ゼインは蜂蜜煮が入った瓶を見つめながら呟いた。


 それからすぐに、ゼインはゴドリーに別れを告げて帰路についた。幼馴染との再会で複雑な思いを抱えていたゼインだったが、今は一刻も早くリアの元へ戻らなければならない。もう夜になろうとしていたが、休んでなどいられなかった。

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