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      7.八日(午後)


 古賀と桜木に連行されてきた男は、二階にある取調室に座らせた。部屋といっても、パーテーションで区切っただけの空間なのだが、車内では仕方ないだろう。

『おい、さがしてたのは、この鍵か?』

 取調官は、古賀がつとめている。記録係はいないが、この模様は撮影・録画されていて、一階モニターでみんなが眼にしている。といっても葉月の追跡はまだ続いているから、分割画面になっているのだが。

 そちらのほうは幹線道路が渋滞になっているので、しばらく到着はしないようだ。

『……なんすか、なんでこんなとこに』

 警察官に連行されたということだけではなく、つれてこられたのが、なんで大型バスなんだ、という意味もこめられていると思われる。

『れっきとした警察署なんだよ、ここは』

『あ?』

 冗談かなにかと男性は考えたようだ。まだ警察官にもよく知られていないのに、一般市民にはもっと浸透していないだろう。

『いいから、答えろ』

 男性は二十代で、真面目な仕事についているような雰囲気ではない。

 顔に内出血している箇所があるのだが、細龍とのいざこざでついたものだ。首にも絞められた跡がある。

『っていうか、警察があんな暴力許されるのかよ』

『おまえが抵抗するからだろ』

 古賀はつっぱねた。

『ふざけんな! 弁護士呼べ、弁護士!』

『ふざけてんのは、おまえだ。これ、なんかの犯罪がらみだろ? ロッカーの鍵だな?』

『知らねえよ……』

『いまどき、こういう鍵をつかってるとこはめずらしいんだ。調べれば、どこのだかすぐにわかるぞ』

『知らねえよ……』

 男は、考えている。どう対応すれば有利になるのか。

『そうか、だったらいい。なにも言わなくていい。このロッカーからヤバいものが出ても、全部おまえの罪になる』

 男は、不安になっている。

『どうする? このまま、全部かぶるか?』

『……しゃべったら、なんかされるかもしれない』

『だったら安心して塀のなかに落ちろ。そこが一番安全だからな』

『塀って……捕まるってことかよ!』

『いまも捕まってるんだぞ。公務執行妨害罪も立派なん犯罪だ』

『ふざけんな、襲われたのはおれのほうだ!』

『警察官の指示に従わないのが悪い』

 職質で暴力をふるうのは完全にアウトなのだが、古賀は強気だ。当の細川は、蒼太のすぐ横でシュンと縮こまっている。

『おれたちがその気になれば、もっと重い罪の逮捕状も請求できるんだぞ』

 それを耳にして、男に緊迫感が生まれた。

『や、やめてくれよ……助けてくれよ……』

『だったら、話せ。この鍵は、どこのだ? なにが入ってる?』

『……おれは、バイトなんだよ』

『闇バイトってことか?』

『……そうだよ』

『どうやって応募した?』

『わかんだろ、そんなの』

『ヤバい仕事だって、わかってたのか?』

『……知らなかったよ』

 あきらかに嘘とわかった。

『おまえ、何回かやってるな? なにをやった? なにかを運ぶんだろ?』

 男は、顔を伏せた。

『金か? クスリか?』

『……中身は、知らねえ』

『どこのロッカーだ?』

『……調べられんだろ?』

 典型的な悪あがきだ。

『こっちの手間をはぶかせてくれよ』

 穏やかに言っているが、かなりの圧をかけていることが画面越しでもわかる。

『どうする? おれは、手間をかけたっていいんだよ。ここは車のなかだから、ある意味、密室だ』

 そこで古賀は、あらぬ方向に顔を向けて、

「少し揺れますよ!」

 と、車内に響くように宣言した。

『ゆ、ゆれるって……なにするつもりだよ!?』

『そんなの、わかんだろ?』

 わかりやすいように、腕まくりをしていた。

「いいんですか?」

 桜木雛乃が、蒼太の耳元で囁いた。

 ここは、まかせるしかない。蒼太は、無言で画面をみつづけた。

『お、おい! だれか……助けてくれ!』

『おいおい、助けてくれって物騒だな。おれは、おまえに仕事をさせた連中よりも紳士なんだ』

『だ、だけどよ……しゃべったら警察は守ってくれんのかよ!?』

『それとこれとは、べつだ』

『だったら、協力はできねえ……』

『だから刑務所のなかが一番安全なんだ、って言ってんだよ』

『いやだよ……刑務所なんて……』

『おまえが犯罪にかかわってんなら、どっちみち罰はうけるんだ。観念して捜査に協力しろ』

 あくまでも古賀は、男性に寄り添うようなことはしない。厳しい取り調べといえるだろう。

『悪あがきするよりも、罪が軽くなるかもな』

 これについては適当な響きを感じた。古賀なりの誠実さなのだ。

 量刑を判断するのは裁判所であり、警察官には関与できない領域だ。嘘で容疑者の協力を得ようとすることもできるはずだが、古賀にそんな卑怯なおこないはできない。罪が軽くなるかどうかは、今後の展開しだいなのだ。

『ロッカーには、なにが入ってる?』

『……金じゃねえのか』

 ポツリ、と男は口にした。

『ずいぶん、曖昧だな?』

『中身は見たことねえ……本当だ』

『詐欺の金か?』

『……そうなんじゃねえのか?』

『この鍵を置いてった人間のことは、知ってるのか?』

『知るわけねえだろ……ってより、毎回ちがうやつだろうからな』

 ということは、何回も繰り返しているのだ。

『まあ、詐欺のことはいいや』

「え?」

 容疑者の男だけではなく、蒼太も声に出してしまった。

『なあ、なんであの公衆電話だったんだ?』

『あ?』

『どうして、あそこを使った?』

 男には、その質問の意味が理解できていなかった。

『理由があるのか?』

『は? 知らねえよ……おれは、ただのバイトなんだぞ』

 そのセリフだけを聞くと、コンビニの店員かなにかだと勘違いしそうだ。

『じゃあ、おまえを採用した連中なら、知ってるってことだな?』

『あ? そうなんじゃねえか? でもよ、そんなことじゃなくてもフツーに考えりゃいいんじゃねえ?』

『どういう意味だ?』

『だってよ、あそこって、そういうとこなんじゃねえの?』

『そういうって?』

『あそこ、犯罪につかいたい放題のとこなんだろ?』

『有名なのか?』

『知らねえけど……フツー、そう思うんじゃね? あんなとこ、そうそうないだろ?』

 犯罪傾向のある人間にとっては、やはり監視カメラが周囲にないあの公衆電話は魅力なのだ。

 古賀が、視線を向けた。もちろん、実際には撮影しているカメラを見たということだ。

 誘拐事件の捜査を、古賀は忘れていなかったのだ。

 黒い車を追いかけていた葉月千草にも動きがあった。というよりも、動きを止めたというべきか。

「到着したみたいですね」

 雑居ビルを見上げている。

「葉月さん?」

 蒼太は呼びかけた。

「そこは、どこですか?」

『どこでしょう……』

 バイクからは降りているのか、言葉づかいがもどっている。

「たぶん、ここだと思います」

 花房ゆきが、都内の地図を広げて言った。

 指をさしたのは、足立区だ。

「綾瀬付近のはずです」

 彼女のことだから、映像を眼にしながらでも、脳内で地図を読めるのだ。

『女性は、このビルなかに入っていきました』

「お店? それとも、会社?」

 住居用のビルには思えなかったので、蒼太はそういう聞き方をした。

 葉月が、ビルに近づいていく。どんなテナントが入っているのかプレートに記されていた。

 一階に不動産会社、二階は消費者金融だった。三階はカラオケで、四階は空いている。五階はトランクルームになっているようだ。

『どうしますか?』

 張り込みをしてもらいたいところだが、葉月にそんな経験はないだろう。

「葉月さん、オートバイをそこに停めて、ヘルメットを入り口に向けてください」

 すでにオートバイは停めているはずだが、蒼太は指示を出した。すぐに理解してくれたようで、バイクを的確な位置に置き直して、ヘルメットをとった彼女が画面に映りこんだ。これまで彼女からの視点だけだったから、ライダースーツ姿をはじめて見た。いまは眼鏡もはずしているから、いつもの地味めな印象ではなかった。

 電話がきた。葉月からだった。映像のなかでも、携帯を手にしている。

『これでいいですか?』

「ありがとうございます。いまからぼくたちもそちらへ行きます。営業しているようでしたら、カラオケボックスに入ってください」

『わかりました』

「もし、なかにあの女性がいたとしても、動かなくていいです」

 通話を終えたタイミングで、古賀がおりてきた。

「被疑者は、独房に入れてきた」

 二階には、ロッカー状の狭い部屋がある。一人がやっと座れるだけの空間だ。そこが臨時の独房なのだ。簡単には扉が破られることはないが、本気で暴れられたら万全とはいえない。

「いまから葉月さんのいるビルへ向かおうと思います」

「あの男は、どうします?」

 ちゃんとした留置施設へ移すべきだが、いまは時間がない。

「とりあえず、このままにしておきましょう」

「本当に弁護士を呼ばれたら、ヤバいのはこっちだぞ」

 古賀はそう言って、細川に眼をやった。いまでは部屋の隅で反省しているかのように猫背で座っている。

 むこうの公務執行妨害ではなく、こちらの暴力を糾弾されかねない。

「古賀さんは、ロッカーを特定して中身を確認してください」

「わかった」

 そう言うと、すぐに上へもどった。

 おりてくるのも早かった。

「こいつをつれてきゃいいんだよ」

 ひらめいたような声をあげた古賀は、例の男の襟首をつかんでいた。

「もう一人つけたほうがいいですね」

 蒼太は、そう判断した。

「細川さん、お願いします」

 古賀も、連行された男も、眼を丸くしていた。

「や、やめてくれよ! こいつを近づけんな!」

 豹変した細龍を目の当たりにすれば、恐怖は仕方がない。古賀にとっては、逆に現状の細川が役に立つと思っていないのだ。

 だが細龍を恐れているのなら、おとなしく古賀に従ってくれるだろう。

「おまえがおとなしくロッカーまで案内してくれれば、それですむんだ。しないなら、また怖い思いをするんだろうなぁ」

「わ、わかったよ!」

 三人は、車を──警察署を出て、徒歩でロッカーに向かっていった。ただし、その場所は蒼太も把握していないので、歩きで行けるところなのか、べつの交通手段をもちいるのかわからない。これから古賀が、あの男に案内させるだろう。

 警察署は、葉月がつきとめた雑居ビルへ向けて発車した。

 一時間近くかかっただろうか。周囲には大きな道路がないようなので、なんとか停められそうな場所をみつけて、そこから歩くことになった。現場まで300メートルは離れているだろう。念のため、この地域を管轄している綾瀬署に連絡をして、交通整理をお願いした。花房ゆきにも手伝ってもらう。

 運転手の菊田と、ビル前のヘルメットカメラ監視と緊急時のドローンのために徳本を残して、ビルへ向かった。

 ビルの前には、大江がいた。彼もタクシーでここへたどりついていたようだ。

 蒼太、大江、福島、桜木の四人でビルに入ろうとしたのだが、もしあの女性が出てきたときのために福島がビル前で待機することになった。

 三人でカラオケ店へ上がっていく。

 店内は、十室ほどしかないようだ。一応、すべてのボックスを覗いてみたが、例の女性はいなかった。ただし、ジッとなかを覗くわけにもいかないから、確実ではない。

 葉月のいる部屋に入った。

「ここにはいません」

 彼女が言った。同じように確認していたようだ。

 ビルの前は、ヘルメットのカメラで撮影されていたから、まだビル内から出てはいないはずだ。

 そのとき、古賀から連絡があった。ロッカーのなかに入っていたのは、現金だったという。五十万円だ。犯罪性があることは、ほぼまちがいない。だが、言い逃れしやすい金額であることもたしかだった。おそらく多くのATMで引き出せる限度額だからそれだけなのだろうが、もっと多ければ追及もしやすい。

「女性をみつけたら、確保します」

 古賀との通話を終え、蒼太は言った

「それは待ったほうがいいんじゃないですか?」

 大江が反論した。冷ややかな口調だったのは、蒼太の方針が稚拙だっただけではなく、これが彼のスタンダードでもあるのだ。

「どうしろというんですか?」

 蒼太ではなく、桜木が問い返していた。

「そのまま泳がせましょう」

「公安的な考えですね」

 これも桜木の感想だが、蒼太もそう考えてしまった。

「警備も、公安職なんですよ」

 大江は言い返した。警視庁では警備と公安は別部署だが、他県警ではいっしょのところも多い。もともとは、同じ部署なのだ。

「わたしは、SPですから」

「VIPの警護なんて、公安そのものじゃないですか」

 皮肉に聞こえた。だとすると、大江は公安という職業に疑念をもっていることになる。過去になにかあったのかもしれない。ファイルでは、そのことは記されていなかった。

 これからのために、調べるべきだろうか?

 すぐに、その考えを打ち消した。自分が彼を選んだのだ。信じるべきだ。

「泳がせた場合、うちだけで捜査できますか?」

 蒼太は、事件捜査──とくに、組織犯罪の捜査経験はない。

「細川さんや徳本さんのほうが、詳しいと思いますよ」

 組対の細川も、生安の徳本も、しかしこの場にはいない。

 と──、表で張り込みをしている福島から連絡があった。

『例の女性が出てきました』

 部屋にいるメンバーに目配せした。

「福島さん、尾行をお願いできますか?」

『専門外なんですけどね』

 だが、いまはそうしてもらうしかない。福島一人では難しいだろう。徳本にドローンを出してもらおうか。しかし、それだけでは足りない。さきほどと同じことになる。

「葉月さん、またオートバイで追跡してもらうことになるかもしれません」

「わかりました。また車を利用したら、尾行に参加すればいいんですね?」

「お願いします……大江さんも応援に行ってもらえますか?」

「私よりも、女性のほうがいいかもしれません」

 大江は、桜木雛乃を見て言った。

「わたしですか? 尾行の経験はないですよ」

「大丈夫です。あの女性は、まったく警戒していませんでしたから」

 しぶしぶ、といった感じで、桜木は向かっていった。葉月も続いていく。その旨を福島に伝えて、桜木にかけ直すようにしてもらった。そうすれば合流できるはずだ。

 徳本にもドローンを出してもらった。

「大江さん……ここに残る目的があったんですよね?」

 蒼太は言った。ここに残ったのは、大江と蒼太の二人だけだ。

「ええ、まあ……」

 だから桜木にゆずったのだ。

「このビルを調べましょうか」

 大江が提案した。

「なにかあるんですか?」

「こういうビルは、よく立ち入りましたよ」

「公安で?」

「はい。四階が空いてましたよね? なにか臭います」

 物理的な臭いのことではなく、あやしいという比喩だろう。

「空いているはずなのに、テナント募集をしていないようです」

 なにかに使用しているとの推理だ。

「一階の不動産屋と二階の消費者金融も臭い。五階のトランクルームも、いい隠れ蓑になる。このカラオケボックスも、ある意味、都合のいい密室だ」

 考えすぎのような気もするが、ここのシチュエーションは、犯罪組織──大江の場合は、反体制組織、もしくはテロ組織になるだろうか……とにかく、そういう後ろめたい組織にとって最適なアジトということなのだろう。

「わかりました」

 蒼太は、了承した。

「武器は持っていますか?」

 そう言って、大江はスラックスの裾を上げた。足首に、小型の拳銃が隠されていた。

「あなたからの許可はうけていませんが、本部から支給されたものをそのまま使用しています」

 この場合の本部は、公安部の意味だ。

「それはかまいません……実際につかったことはあるんですか?」

「ありませんよ」

 さらりと答えた。それが逆に怖かった。公安職の人間が、いまの質問で本当のことを言うだろうか?

 それとも公安の職務なんて、そんなものかもしれない。地味な情報集めという一面も、たしかにあるものだ。

「ぼくに武器は必要ありません」

 そんな疑念を振り払って、蒼太は言った。

 武器を所持していたとしても、うまくあつかうことはできない。拳銃も特殊警棒も訓練としてはおこなったが、一般の警察官とはちがって、本当につかうと思ってやっていたわけではない。それがキャリアだ。

「では、なにかあったら、私から離れないようにしてください。でもそのほうが危険だと判断したら、私のことは無視して逃げてください」

 蒼太は、ゆっくりとうなずいていた。


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