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      6.八日(昼)


 住所でいえば、虎ノ門ということになるようだ。神谷町駅から、少し離れた場所になるだろうか。

『このアングルでいいですか?』

 徳本の声が、車内放送で聞こえている。徳本はいま、二階にある特殊な部屋にいる。部屋というよりも、ブースと呼んだほうがいいだろうか。例の、二階の通路の真ん中にあるボックス席は、このためのものだ。

 徳本の特技は、ドローンの操縦だった。蒼太も知らなかったが、ドローン操縦にも国家資格があるようで、徳本はその一等ライセンスを所持していた。正確には『無人航空機の操縦者技能証明制度』というらしい。操縦技術を競う大会でも、上位に入賞する腕前だ。

 ブースが天井部までつながっているように見えたのは、まちがいではなかった。バスの天井が開いて、そこからドローンが離陸できるようになっているのだ。ボックス席のなかは、ドローンからの映像が360度にわたって映し出されている。自ら搭乗しているように操縦ができるのだ。

「はい、よく見えます」

 蒼太たち残りのメンバーは、メインルームの大型モニターで眼にしている。

 公衆電話のある周辺には細い路地しかなく、このバス──移動式警察署を停めておくスペースがない。なので、だいぶ離れた路上に停車させて、ドローンを飛ばしているというわけだ。

「もっと、遠景が見たい」

 古賀の要望だ。

『はいはい、上空からの引きの絵がみたいってことですね』

 すぐに了解してくれて、ドローンは上昇した。それまでよりも電話ボックスは小さくなったが、そのかわり周囲の状況がよりわかるようになった。

 細い路地が縦横にはしっているエリアのようだ。緑豊かな公園のような場所も見える。都心とは思えなかった。

「こういうところの公衆電話か……」

 意味ありげに、古賀がつぶやいた。

「これじゃあ、昼間でも人が少ない」

 たしかにドローンからの映像でも、人の姿は数えるほどしかない。

『どうします? 高度をさげますか?』

 徳本が、古賀の言葉に反応した。出歩いている人数を確認しようというのだ。

「お願いします。あ、でも、下げすぎないようにしてください」

 蒼太は忠告した。市民の安全にかかわることだ。

 不許可のドローン操縦は禁止されている。もちろんこれは正当な捜査のためだから問題ないが、街中でドローンを眼にすることで恐怖を感じる人がいても不思議ではない。

「やっぱり、人通りは少ないみたいですね。それに、防犯カメラもなさそうです」

 花房ゆきの感想に、蒼太も同意した。

「これじゃあ、そっちの捜査は期待できないな」

 古賀のぼやきにも似た指摘は、どこか他人事だった。

 防犯カメラ映像から犯人をしぼれないのは、そのためなのだ。

「犯人は、それを知っていたってことですかね?」

 葉月千草の発言だ。どこか素人臭くなってしまったのは、彼女の経歴を考えれば仕方のないことだろう。

「だろうな」

「あれ?」

 古賀の声に重なるように、花房ゆきが不思議そうな顔になっていた。

「花房さん?」

「いま、映像で……」

 ドローンは、すでに高度を上げていた。

「あの電話ボックスに、だれかが入ったような……」

 このご時世に、公衆電話を使用する人はめずらしい。

「徳本さん、もう一度、さげてもらえますか?」

『はいよ』

 ドローンが、公衆電話に近づいていく。

「女性ですね」

「しかも、若い」

 古賀のその言葉に、花房ゆきは軽蔑のまなざしを向けていた。

「ちがうちがう」

 あわてて否定していた。他人からの評判を気にしないはずの古賀でも、誤解されたくはなかったようだ。

 若い女性──普通なら、携帯電話を持っているだろう。そのことを古賀は指摘したのだ。すぐに花房ゆきをはじめ、女性陣にも古賀の意図が理解できたようだ。

「まさか……犯人が、また?」

 それは、どうだろう?

 同じ公衆電話をつかうとは思えない。蒼太は、その考えを彼女たちに伝えた。

「でも、こんな環境の電話は、貴重ですよね? また利用しようとしたのかもしれないですよ」

 可能性は低いが、花房の推理にも一理ある。

 蒼太は、古賀に指示を──お願いをした。

「古賀さん、ここに行ってください」

「職質かけちゃっていいんですか?」

「それはまだ……」

 さすがに、公衆電話をつかっただけで疑いの眼を向けるわけにはいかない。

「様子を見てから、それをきめてください」

「おれの判断でいいのか?」

「はい」

 蒼太よりも、古賀のほうが最適の判断をくだせるだろう。もちろん、なにかあったときの責任は、蒼太にある。

「とりあえず……あやしかったら、電話ボックスから出てきたところを職質する」

 そう言い残して、古賀は車外に出ていった。

 三分ほど経過して、ドローンからの映像に古賀が映りこんだ。電話ボックスに入った女性は、まだそのままだ。

 さらに二分ほど経過して、女性がボックスの外に出た。

 古賀が近づいて、女性に声をかけた。

 警察手帳は出していない。道をたずねるような仕草をしている。職質をさけたのだ。つまり、あやしいところはなかったのだろう。

「ん?」

 異変に気づいたのは、大江だった。

「どうしました?」

「カメラに合図してます」

 映像を確認した。

 たしかに、なにやら古賀がジェスチャーをしている。ただし、控えめな動きだ。

「つけろって、ことじゃないですか?」

 大江の冷静な声で、蒼太にも古賀の意図がわかった。いまの接触で、古賀自身が尾行するわけにはいかなくなったのだ。

「どうしますか?」

 花房が一同を見回していた。だれがいくのか、という意味だ。

「徳本さん、とりあえずいまの女性をマークしてください」

『わかりました』

 ドローンが、公衆電話を使用していた女性を追跡する。

『ですが、このドローンは最新式で3キロほど飛ばせるはずですけど、ビルの多い都心ではもっと短いかもしれません』

 女性が乗り物をつかったら、追跡は困難になる。

「大江さん、お願いできますか?」

 公安なら、尾行は得意分野だろう。

「……わかりました」

 無表情ではあったが、大江は了承してくれた。静かな動きのまま車外へ向かった。

「でも、追いつきますかね?」

 すぐに蒼太の携帯が音をたてた。大江からだ。

『どちらに向かってるかを案内してくれ』

「わかりました」

 と応じたものの、これが難しい。道順を教えようにも、ドローンからの映像だけではどちらの方角なのかもよくわからない。

「ええーと」

「あ、わたしにかしてください」

 花房ゆきに携帯をとられた。彼女は、地図を読むことにたけている。さきほどのドローンからの映像は、いわば実写版の地図のようなものだ。ここは、まかせたほうがいいだろう。

「わたしの言うとおりに進んでください」

 花房が、道順をしめしていく。現在、映像は問題の女性を上空からとらえているから、このバス周辺を映しているわけではない。それなのに、スラスラと大江を誘導していく。

 大江の歩く速度も、想像以上だったようだ。

 それからすぐに、映像でも大江の姿が入り込んでいた。

「そのまま、まっすぐのところを歩いているはずです」

 そこで、携帯を返してもらった。

『確認した』

 大江の報告をうけたとき、映像で確認すると10メートルほど距離をあけて、大江は歩いていた。携帯を耳にあてながら、なにげない足取りで尾行している。

『さすがはハムですね』

 徳本が、感嘆の声をもらしていた。操縦をしながらでも、それがよくわかるのだ。

『大通りに出る』

 大江が伝えた。映像でも確認していた。

『タクシーをつかうかもしれない』

 それを想定しておくべきだ。

「葉月さん、お願いできますか?」

「え?」

 彼女は戸惑っていたが、すぐに理解してくれた。

「……わかりました。準備しておきます」

 そう言って葉月千草は、バスの後部に消えていった。

「準備って……あれですか?」

 花房ゆきは、葉月の特技については信じていないようだ。仕方がないだろう。彼女の地味めな印象を知っているだけに、蒼太も半信半疑なのだ。

『タクシーじゃない』

 大江の声で、意識を通話にもどした。

「あ、車です!」

 遅れて、花房からも報告があがった。

 映像で確認した。黒い車が停車して、女性が近づいていく。ガードレールを跨いだから、まずまちがいないだろう。

『うまくタクシーが通りかかったら、このまま追いかける。来なければ、あきらめます』

 爆音が車内に響いたのは、大江の判断を耳にしてからだった。

『なんだ?』

 大江にも聞こえたようだ。

「大丈夫です。応援をよこします」

 爆音に驚いていたのは、ほかのメンバーも同じだった。

「山吹警視……まさかオートバイって、このなかにあるんですか!?」

 バスの後部がガレージになっていることは、想像していなかったようだ。そういえば、そのことの説明をほかのメンバーにはしていなかったかもしれない。

「てっきり、どこかの警察署から借りるのかと……」

 車内からでは見えないが、いまごろ後部がハッチバックのように開いて、葉月が発進しているはずだ。

「あ、画面が」

 ドローンの映像が半分になって、もう半分にはべつのものが映し出されていた。疾走するオートバイの車載カメラだ。正確には、葉月のヘルメットにつけられている。

「うわ、はや」

 花房ゆきの感嘆の声がもれていた。交通課で白バイ警官の運転も眼にしたことはあるだろうから、やはり運転技術は一流なのだ。

 幼いころから、ポケバイのレーサーだったそうだ。高校生のときには250CCのレディースロードレースで優勝経験もあるという。

「葉月さん、路地なんですからスピードの出しすぎには注意してください」

 葉月のヘルメットには通信機器も搭載されているから、会話もできる。

『逃げられたら、どうすんだよ!』

 蒼太は、その言動に驚いた。

「で、ですけど……緊急走行でなければ、警察官でも違反になります」

『しょうがねえだろ、尾行なんだからサイレン鳴らすわけもいかねえし!』

 まちがいない。葉月は、バイクに乗ると性格が変貌してしまうようだ。

「はっはは! なんだかおもしれぇな」

 いつのまにもどっていた古賀が、お気楽な歓声をあげていた。残りの女性陣は、あきらかに引いている。

『おい、カマトト女、道を教えろ!』

 最初、だれに対しての言葉なのかわからなかった。

『おまえだよ、交通課の!』

「え? わ、わたし!?」

『おまえ以外に、カマトトがいるかよ』

 その口の悪さに、みながショックをうけている。笑っているのは古賀だけだ。

『はやく!』

「は、はい!」

 花房ゆきが能力を生かして、バイクを路地から大通りへ誘導していく。

『車は?』

「すでに出発してます」

 ドローンで捕捉している。

『警視、もうすぐコントロールがきかなくなります』

 徳本からの報告だ。

『見えた』

 どうやら葉月が、問題の車に追いついたようだ。

『徳本さん、ドローンをもどしてください』

 ドローンからの映像が消え、葉月のカメラが全画面を占有した。

 黒い車は、通常の速度で走行している。運転が荒いということもなく、信号も守っている。

「どうしますか? ナンバープレートから、持ち主を割り出しますか?」

 花房が言った。葉月は、すぐ後ろを走っているわけでないが、ナンバーを読み取ることはできる。

『もうやった』

 耳元で声がした。まだ大江との通話はそのままにしていたのだ。

「え? もう調べたんですか?」

『ああ、古巣を頼った。いけなかったですか?』

 こうして携帯をつかっているわけだから、もう一台所有しているのかもしれない。これについても、公安ならではだ。

「いえ、そんなことはありません」

 この署に属するといっても、あくまでも大江は公安の人間だ。

 もちろんそれは、ほかの人員にもあてはまる。花房ゆきは交通課だし、古賀も刑事課だ。各課・部の人員が少数精鋭で集まるのが、この署なのだ。

『あの車は、三日前に盗難届が出されている』

「わかりました。この情報をみんなと共有します」

 すぐに伝えた。

 ここでようやく、時間的な余裕ができた。

「古賀さん、あの女性に不審なところがあったんですか?」

 まずは、それを確かめなければならない。

「うーん、いや、どうしようか迷ったんだけどな……」

 しかし、どうにも古賀の様子はおかしい。

「なにがあったんですか?」

「あの女が電話の下に、なにかを隠したのが見えたんだよ」

「隠した?」

「ああ、これだよ」

 古賀の手のひらには、鍵がのっていた。

「公衆電話の下に、はっつけてあった」

 そして、徳本さん、と上方に向けて声を放った。

「さっきの公衆電話を見張っててくれ」

『わかりました』

 ドローンをもどしていたはずだが、再びあの公衆電話をポイントすることになった。

 画面が、また二分割になった。

「で、道を訊くふりをして話しかけた。顔をそむけたんで、こりゃ犯罪がらみだな、って思ったしだいで」

 古賀にしては、言うのをためらっていた。

「たぶん、誘拐事件とは関係ありませんね」

 だが、なにかしらの犯罪行為をおこなっている──古賀は、それをあの一瞬で疑ったのだ。

「まあ、なんだか大袈裟にしちゃいましたけど、どうします?」

「犯罪を見逃すわけにはいきません」

 蒼太は、即答した。

「いいんですか? 誘拐事件の本部に入ったのに」

「どうせ期待はされていないようですから」

 そう答えて、蒼太は笑った。

「ふふふ、急がば回れだ」

 眼福──福島が言った。

「犯罪を一つ一つ潰していけば、いずれ誘拐事件も解決しているかもしれませんよ」

 がんちくのある言葉だと思った。

「あ、だれかきた」

 花房ゆきだけが、ドローン映像に注目していたようだ。

 公衆電話に近づく男。

 電話ボックスに入ると、受話器をとらずになにかを物色しているようだ。電話の底を手でさぐっている。

「こいつだな」

「で、どうするんですか?」

 花房は、蒼太と古賀、交互に視線を向けていた。

 この男性も尾行するのか、それともあそこで確保するのか?

 どちらにしろ、公衆電話まで人を動かさなければならない。

「またおれですか?」

 古賀は不機嫌に言った。

「ずっと、あそこにとどまっていればよかたんじゃないですか?」

 桜木雛乃の冷静な指摘だ。

「こんなに早く来るとは思わなかったんだよ」

 捨て台詞のように古賀は言い返した。

「あ!」

 だれを送るか思慮しているときに、花房ゆきが声をあげた。

「どうしました?」

「あれ、細川さん……」

 影の薄さは、一級品だ。いつのまにか出発していたようだ。

 細川が、公衆電話のわきに立っていた。

 すると、電話ボックスのなかから男性が出てきた。

「どうするつもりなんだろ……」

 彼の携帯に連絡を入れて、これからの行動を指示したほうがいいのだろうか?

 迷っているうちに、事態は進展していた。

 細川が、職質をかけていた。が、男に凄まれて、おびえている。

「ダメじゃないですか? 桜木さんが行ったほうが……」

 花房の言いたいこともわかる。

 男が、細川を突き飛ばした。

「あ」

 ゆっくりとおきあがった細川は、豹変していた。

 細龍へ──。

 男に組ついて、電話ボックスに押しつけてしまった。音は聞こえるはずもないが、ドンと背中がぶち当たった。

「キレちゃいましたね……」

 ああなったら、だれかが止めに入らなければ怪我をさせてしまうかもしれない。相手はチンピラかもしれないが、屈強な暴力団員というわけはないのだ。

「古賀さんと桜木さん、お願いします!」

「どうやって細龍をとめりゃいいんだよ……」

 愚痴をいいながらも、二人は向かっていった。

 画面のなかの細龍は、極悪なヤクザにも劣らないほどの迫力をほこっていた。普段の影の薄さからは、想像すらできない。

 はやくどうにかしなかれば、蒼太にまで責任はおよび、この署は創設したばかりで消滅することになってしまう。

『警視、一応、ドローンからも呼びかけられますけど、どうしますか?』

「お願いします」

『こっちに上がってきてください』

 二階に行って操縦用のブースに入った。ドローンを飛ばすときには、天井がせりあがる仕組みだ。二階建てバスの高さよりも、さらに高くなるから、いまのように停車しているときにしかドローンは操縦できない。

 ブースのなかは、VRゲームのように360度がスクリーンになっている。

「このマイクです」

 徳本の示した箇所に、蒼太は呼びかけた。

「細川さん! ストップ!」

 一瞬、細龍がこちらに──ドローンに眼を向けた。声を届けるために、かなり低空までおりている。

 が、向き直ると、男の首を絞めはじめてしまった。

「効果ないですね」

「やめてください! 死にますよ!」

 また一瞬だけ視線を向けたが、逆鱗に触れた龍を鎮めることはできなかった。いままで組対部は、どうやって彼をコントロールしていたのか……。

「あ、来ました!」

 古賀と桜木が到着した。二人とも全速力で走ってきたようだ。やる気のない古賀でも、すぐに止めなければならないことはわきまえていたようだ。ただし、まるで息が乱れていない桜木に対して、古賀の呼吸はドローン映像越しでもわかるほど苦しそうだった。

 二人がかりで背後から組ついた。

 刑事課の実力者と、優秀な女性SPの力が合わさって、どうにか細龍の動きを制止させた。

 男の首にかかっていた手を、なんとかはがす。

「細川さん、落ち着いてください!」

 もう一度、呼びかけた。

 古賀がドローンを──こちらを見て合図を送った。われをとりもどした、と蒼太は解釈した。次いで桜木雛乃が、いまでは首をおさえながらうずくまる男性に指を向けていた。

 どうするのか、と。

「連行してください」


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