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      3.三日(金曜日)


「これで、五人になりました」

 蒼太は、広い車内で宣言した。

 バス一階のメインルームだ。

 蒼太のほかに、部屋には四人がイスに座っていた。走行中も滑らないように工夫されている。

 刑事部の代表として、古賀聡志。

 交通部の代表として、花房ゆき。

 生活安全部の代表として、徳本健吾。

 総務部の代表として、葉月千草。

 そして、警務部の代表である山吹蒼太を入れて五人──。

「あの……どうして、ぼくが呼ばれたのか……」

 その覇気のない発言は、徳本健吾のものだった。年齢は三五歳。警察官というよりも、役所の職員という雰囲気がある。

「わたしも、同じ疑問をもっています」

 生真面目に続けたのは、葉月千草だった。年齢は、二九歳。地味な印象の女性だ。眼鏡をかけた容姿が、事務職を連想させる。現に本庁の会計課で働いていた。

「徳本さん、葉月さん、あなたたちには、生安と総務の専門知識のほかにも、お借りしたい能力があります」

 二人がそろって、困惑の表情で固まった。

「徳本さんの趣味は、ドローンの操縦ですね?」

「え?」

 徳本は、思ってもみなかったように唖然としていた。

「葉月さんは、ツーリングですよね?」

「どうして……」

 葉月も、同様に驚き顔だ。

「この署には、ドローンとオートバイを収納しています」

 一階最後部の部屋は、オートバイの格納庫になっていた。そして二階の通路を占有していたボックス席は、ドローンの操縦席となっていたのだ。

 だから後藤は、その二つが得意な人物を候補としてあげていたのだ。

「ってことは、ドローンを飛ばせってことなんですか?」

「そうです」

 徳本に向けて、蒼太は答えた。

「わたしがバイクに乗るって、どうしてご存じなんですか? 免許の有無は、簡単に調べられるでしょうけど……」

 普段から乗り回していることを、周囲の同僚には話していないのだろう。

「ファイルを閲覧したんですよ。私は、警務部の代表として、人事ファイルにアクセスする権限を得ています」

「そのファイルに、趣味のことが?」

 蒼太は、うなずいた。

 葉月のバイク。徳本のドローン。そして、花房ゆきの地図を読み解く能力──。

「それをつかって、これからも人選を続けていくんですね?」

 総括するような言葉は、古賀のものだった。

「はい」

 短く蒼太は答えた。

「あ、あの……」

 たまらずに、といった感じで、花房ゆきが声をあげた。

「なんですか?」

「と、ところで……さきほどから、この署、と言われてますけど……新しい警察署というのは、どこにあるんでしょうか?」

 そこのところから理解されていなかったようだ。

「新しい警察署に、オートバイとドローンがあるということはわかりましたけど……」

 べつの声もあがった。

「あの、そもそも異動って……こんなに迅速に決まるものなんでしょうか?」

 葉月の疑問だ。葉月と徳本は、昨日。花房と古賀は、一昨日スカウトしかばかりだ。

「はい。すでにみなさんの異動は、決定されています」

 古賀以外の三人は、まだどこかに不安をたたえていた。

「では……署というのは……」

 花房ゆきは、言いづらそうにしていた。

「ここですよ」

「え?」

 花房ゆきは教科書どおりに眼を丸くしていた。徳本と葉月も、同じように驚いている。

「ですから、この車が警察署なんです」

 すぐに理解はできないようだった。

「ここが、みなさんの職場になります」

「……冗談ですよね?」

 徳本は、恐る恐る、といった感じで確認していた。

 蒼太にも気持ちはわかる。その事実を知ったときは、同じ心境だったのだ。

「移動式の警察署なんて、いまどきでしょ」

 一応、そう言ってみた。

「は、はあ……」

 花房ゆきの顔からは、後悔のようなものがにじみ出ていた。

「安心してください。この署の責任者として、かならず成果をあげてみせます」

 選挙演説のようだったが、そうでも言わないと信用を得られないようだ。

「ということは、警視様が、ここの署長ということでいいんですか?」

 古賀が言った。どこか揶揄するような響きがこもっていた。

「建前上は、そうなるかもしれません。ですが、われわれの関係は対等です」

 そうでなければ、各部の代表という立場付けが無意味なものになってしまう。

「……わかりました」

 花房ゆきの言葉は、まるで貧乏くじを引いてしまったような虚しさであふれていた。

「で、警視様、メンバーはこれで全員ですか? 各部から選ぶのなら、まだ不足していますよね?」

 古賀が話を進めてくれた。

「はい。ここが正式に発足するには、残りの人員を選考する必要があります」

「目星はつけてあるんですか?」

「一応は」

 蒼太は、軽く答えた。それともここは、慎重な物言いにしたほうがよかっただろうか。ここにいるメンバーも、軽い気持ちで選考したと誤解されそうだ。

 残る部署は、四つ。

 つまり、あと四人ということになる。


     * * *


 粗野な男たちに囲まれているのは、気の弱そうな会社員だった。

「おう、なんか文句あんのか、コラ!」

「なんだとコラ!」

「うっせえぞ、コラ!」

 コラコラと、粗野な男たち同士て言い争いをしていた。いや、胸倉をつかみ、つかまれ、すぐにでも大乱闘に発展しそうな雰囲気だった。どうやら、二つのグループが対立しているようだ。

「殺すぞ、コラ!」

「上等じゃボケ!」

 信じられないことに、そのうちの一つの勢力は、警察だった。

 警察と暴力団による小競りの構図だ

 家宅捜索をしたい警察と、それを阻止したい暴力団。まるでチンピラ同士の喧嘩だった。

 そのなかで、気の弱そうな男性は、あきらかに浮いていた。

「みなさん、大人なんですから、もう少し節度ある行動を……」

 そんな言葉が通じるはずもない。

 暴力団員も、警察官も、眼の前にいる相手を打ち負かすことしか頭にないようだった。

 そのとき、争っていた暴力団員の一人──いや、警察官かもしれない男が、はずみで気弱そうな男性に当たってしまった。

「なんだ、コラ! 殺すぞ!」

 当たった巨漢の男は、気弱そうな男性には眼もくれず、再び殴り合いに参加しようとしていた。

「まてや……」

 気弱男性が、巨漢の腕をつかんだ。

「あ?」

 つかまれた巨漢は、数秒後、驚愕することになった。

「な、なんだ……」

 気弱男性を振り払おうとしたのだが、まったくビクともしなかった。

「おい、兄さん……人にぶつかっておいて、なにか忘れてんじゃねえか?」

 気弱男性とは思えないような、凄みのある語調だ。

「お、おまえ……なんなんだ!?」

「あやまれ言うとんじゃ!」

 気弱男性が言うよりもはやく、右のアッパーカットが巨漢の顎をとらえていた。

 パンチパーマが、きれいに宙を舞う。

 ドンっと、地面に落下する音は、周囲を凍りつかせるには充分だった。

「おう、おまえら、ここは幼稚園か!?」

 近くにいたべつのパンチパーマのことも、気弱男性はぶちのめしていた。

「お、おれは……な、仲間……」

 そんな抗議の声は、気弱男性の耳には届いていなかった。

「いいか、これからだれも動くな。一歩でも動いたやつは、ボコボコにしばく」

 もはや、気弱男性ではなくなっていた。

「動くなだと?」

 挑戦的な暴力団員が、気弱に迫ろうとした。

 一秒後には宙を舞っていた。

 子供がおもちゃを投げ捨てるように、暴力団員は飛ばされていたのだ。

 だれも動けなくなった。警察官と暴力団員が、虚しく睨みあうしかない。いや、みな眼光は鈍く、戸惑いの感情に支配されていた。

「な、なんなだよ……あいつは……」

 暴力団員の一人が、呆然とつぶやいていた。

「あ、あいつを知らんのか?」

 そう言ったのは、つぶやいた暴力団員と同じようなパンチパーマの捜査員だった。というより、ここにいるほとんどがパンチパーマだ。

「だ、だれなんだよ?」

「細龍」

「細龍?」

 暴力団員は、その名を知らなかった。

「強いんだか弱いんだか、わからない名前だな……」

「バカいえ、あの人が潰した組の数を知ったら、腰を抜かすぞ……」

「ケッ! なにビビってる!」

 その話を聞いていたべつのパンチパーマが、血気盛んに気弱男──細龍へ迫った。

「なんだか知らねえが、てめえごときに負けるかよ!」

 そう突っかかった男は、またもや華麗なアパッカーカットで空を舞った。最初の男よりも、遠く高く!

 その一撃で、この場の小競り合いは、すべて終結した。

 時間が静止したように動かなくなったパンチパーマたちのもとに、新たに侵入してくるものがあった。

 大型のバスだ。

 組事務所前の道路は、それほど広くはない。その道幅いっぱいに、大型バスがやって来たのだ。

 あわててパンチパーマたちが道をあける。

 バスのなかから、品のある男性が降りてきた。パンチパーマたちとは、くらべようもない。

「組織犯罪対策部の、細川龍介警部補ですね?」

 大型バスの登場で毒気を抜かれていた気弱男に、品のある男性が声をかけた。

「はい……あなたは?」

「山吹といいます。おむかえにあがりました」


     * * *


「どういうことですか?」

「だから、もう警護はしなくていいんだ」

「なにか問題がありましたか?」

 彼女の名前は、桜木雛乃という。とても女性らしい名前だが、それが彼女のコンプレックスとなっていた。

「いや、君の警護は完璧だった」

「……わたしが、女だからですか?」

 言葉にトゲがこもってしまった。

「そんなことはありません。警護対象が女性の場合は、女性SPが必要になる」

 それは建前だ。女性SPの数は、男性にくらべれば、極端に少ない。チームに一人いればいいほうだ。警護対象が女性でも、ほぼ男性SPが守ることになる。女性でなければ入れない場所や、警護対象者に寄り添う役目で、たまに必要になるぐらいだ。

 雛乃は、そういうSPになりたかったのではない。男と同等のSPになりたかかったのだ。

 そんな生意気な姿勢が、同僚たちから反感を買っていたのは知っていた。この上司も、ほかの上司も、いい顔をしていないことはわかっている。

「なにか勘違いしているようですね」

「勘違い?」

「君を希望しているところがあるのです」

「どこですか?」

 どこであろうと、そんな人事を受け入れることはできない。

「拒否権はないんですよ」

「……」

 イヤならやめろ、ということか。

「新しくできる所轄署です」

「所轄?」

 やはり左遷だ。

 そのとき、部屋に入室してきた人物がいた。

「山吹警視、いま話していたところです」

 そう呼ばれた男性は、三十歳前後だった。たくましい体躯の男たちと仕事をしているから、貧弱に見える。身長は、同じぐらいだろうか。ただし、雛乃は女性にしては高身長だ。SPの選考基準である173㎝を大きく超えている。

「どうも、山吹です」

「どうも……」

 ふてくされた態度に見えているはずだ。しかし、山吹という男性は気分を害したふうもなく、落ち着いた表情のままだった。

「桜木巡査部長、警備部の代表として、あなたの力を貸していただきたい」

「……わたしはSPという職務に誇りをもっています。所轄署の業務には興味がありません」

 遠慮していても意味はない。言うべきことは、しっかり主張しなければ。

「桜木さんの護衛は、とてもきめ細かく、対象者の配慮にあふれていると思います。それに、心理学にも精通している」

 雛乃は、ハッとした。

 たしかに大学時代は心理学を選考していた。

「どうして、そのことをご存じなのですか?」

「あなたは表情から、相手の思考を分析することができる。対象者に寄り添えるのも、そのスキルが大きいのでしょう。その力を、ぼくに預けてくれませんか?」

「……」

 どうしてだろう……。

 この人にまかせてみたい──そんな考えが芽生えていた。

 会ったばかりなのに……。

「この人事は、強制ではありません。考える時間があってもかまいません」

 雛乃は、上司の顔を確認した。わずかに首を横に振っていた。この山吹という人はそう口にしているが、実際には断ることはできないらしい。

「……わかりました。好きなようにしてください」

 投げやりになっていた。

「来てよかった、と思える署にします」

 そう言って、山吹が頭をさげた。たとえ不満があったとしても、警視という立場の人物にそんなことをさせるわけにはいかない。

「頭を上げてください! 失礼な態度でした。気持ちよく行かせてもらいます!」

 体育会系のノリで、了承してしまった。

「よろしくお願いします」

「こちらこそ」

 差し出された手を、強く握った。


     * * *


 その町には、異国人が多くいた。

 浅黒い肌をした、一目でそれとわかる人物もいれば、日本人とかわらない、しかしちがう言語を話すアジア人も町に溶け込んでいる。

 男も、そういう人々に同化していた。

 チョウ浩然ハオランと周囲には名乗っている。

 路地を進んでいた。歩いているさなか、自身がミスをおかしていることに気がついた。

 つけられている……。

 男は、早足になった。

「!」

 前方からも、あやしげな人物が近寄ってきた。脇道に入った。さらに細い路地だ。このさきが行き止まりなのは知っていた。だが、奥の手がある。

 背後からは、後ろと前からの二組が合流したグループが迫っていた。追い詰められたことになるが、男には余裕があった。

 行き止まりではあるが、雑居ビルの非常口につながる扉があるのだ。ノブを回した。

 ガチャ。

 鍵がかかっていた。

 追跡者たちとの距離は、10メートルもない。残された時間は、数秒……五秒はあるだろうか?

 男は、針状のものを取り出していた。

 これが奥の手だ。鍵穴に差し込むと、すぐさま金属音が響いた。

 これぐらいのものなら、三秒あれば充分だ。

 開けた扉からなかに入ると、すぐに鍵をかけなおした。動かしたものは、寸分たがわずもどしておく──現状保存の鉄則だ。

 ビルの内部を抜けると、表通りに出る。

 今回のカバーは、ここまでだ。どこから情報が漏れたのか……。

 外に出ると、しかしそこにも追手の影があった。人通りは多いから、そこまでの危険はない。

 だが、どんな強硬手段に出てくるか……楽観はできない。外国人の場合、たとえ白昼に事件をおこしたとしても、すぐに国外逃亡すれば大丈夫だと考えているものだ。

 それならば、むしろ人通りの多さはネックになる。男は、自身の甘さを反省した。

 チラッと後方を振り返ると、追跡者の一人が懐から拳銃を抜くのが見えた。

 ここで発砲されるのはマズい。

 そんなときだった。

 大型バスが、車道を塞ぐように停車したのは!

 クラクションが鳴り響いた。

 その騒音で、街中の注目を浴びたようだ。

 さすがに追跡者たちは、表通りの歩道から姿を隠していた。

 大型バスの車体に書かれている文字を見て、男は息をのんだ。

 警視庁。

「公安部の大江新太郎警部補」

 バスから出てきた人物に呼びかけられた。

「あなたの力を貸していただきたい」

「何者ですか?」

「山吹蒼太といいます。新しい警察署の責任者です」

「警察署? どこですか?」

「ここです」

 山吹という男は、大型バスを指さしていた。


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