僕を見ろ
解呪禍異 攻撃
①灰色の弾丸
圧縮された灰炎を撃ち出す、貫通力に優れた一撃。
②炎蛇
蛇のようにうねりながら追尾する灰炎。
③灰色の太陽
自身の背後に熱源を展開し、熱線を降り注がせる攻撃。
④灰色の鎧
灰炎を鎧のように纏い、接近を阻む防御技。
「シルさん!」
身体に穴が開き、動かなくなったシルをコシュルが抱きとめる。
だが支えきれず、その場へ膝をつき
震える手で"霜の縫合糸"を伸ばした。
「シル助......!」
守り切れなかった自分への悔しさに歯を食いしばり、ティナートの顔が苦く歪む。
「私のために……そんな……!」
コシュルも理解していたはずだった。
この損傷は、もう人の手で届くものではないと。
それでも彼女は傷を閉じようとする。
こらえきれなかった涙が頬を伝い、シルの頬へ落ちる。
その一滴には言葉にならない悔いが宿っていた。
だが、シルは死なない。
身体の再生が始まる。
壊れたはずの身体が、巻き戻されるように再生していく。
灰色の炎に奪われたすべてが、何事もなかったかのように元へ戻っていく。
「え……え……?」
コシュルは目の前で起きていることを理解できずにいた。
それも当然だった。常識で受け止められる出来事ではない。
神話の中でしか聞かないような光景が、彼女の目の前で現実として起きていた。
──僕はゆっくりと目を開けた。
「シル……さん……?」
「コシュルさん……怪我はないですか?」
「なんで……生きて……」
もう隠すことに意味はない。
僕は立ち上がり、コシュルへ手を差し伸べた。
「僕は……不死身なんだ」
「不死身……」
コシュルがかすれた声で繰り返す。
その目に浮かんでいたのは、驚きと戸惑いだけじゃないように見えた。
得体の知れないものを前にした怯えまで、そこに混じっている気がした。
不死身──その一言で、人とは違う存在だと知った彼女が僕から離れていく光景が脳裏をよぎり、差し出したその手の先から、熱が抜けた。
けれど、コシュルは差し出した手ではなく、僕へ強く抱きついた。
頬を濡らしていた涙がさらに勢いを増し、彼女は僕の胸元へ顔を埋める。
「よかった……無事で……!もう……夢の中でしか会えないのかと……!」
最初に返ってきたのが僕の無事を案じる声だったこと──その優しさが胸へ深く刺さった。
だが、戦場は待ってくれない。
「来るぞォ!今までのとはちげェ……完成しやがった!」
解呪禍異の周囲では、灰色の炎がいくつも噴き上がっていた。
まるで鎧のように自身の周りに炎が立ち上がり、蛇のように追う炎が無数に伸びる。
巨大な砲台群が一斉に火を噴いたように、炎の雨があたり一帯を呑み込んでいく。
解呪禍異は新たに得た力に酔うように、見境なく振り回していた。
「……なんて魔法……もう私だけじゃ、ティナートさんを守りきれない……!」
解呪禍異は建物を呑み込みながら街を蹂躙していた。
まるで、大火事そのものが意思を持って追ってきているようだった。
ティナートへ攻撃が集中すれば、コシュル一人では到底支えきれないのは明白だ。
それならば──
「……コシュルさんは引き続き、ティナの援護を頼みます」
「でも……!」
「僕が出ます」
狙いを僕へ向けさせればいい。
「シルさん……!」
「大丈夫……僕は不死身だ」
僕は退かず、解呪禍異へまっすぐ迫った。
過去を悔やんでも何も戻らない。
未来を変えたいなら、今ここでやるしかない。
全員で生き残るために、僕が囮となりティナートの一撃へ道をこじ開ける。
「シル助ェ……すまねェな、俺のせいで……」
ティナートは僕を見つめたあと、拳を握り込む。
そして解呪禍異を睨むその目から、揺らぎが消えた。
「逃げても意味ねェ……やるしかねェんだ……!」
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荒れ狂う解呪禍異。
灰色の炎は絶え間なく放たれ、その身にも濃く纏われていて簡単には近づけない。
街を焼き、建物を砕き、災厄はなお迫っていた。
逃げても状況は悪くなる一方だ。ここで叩くしかない。
「炎はどうしたって苦手だけど……そんなこと言ってられないな」
ティナートは解呪禍異へ走り出した。
僕も別方向から距離を詰める。
力比べで敵う相手じゃない。
けれど、僕が前へ出れば、あいつは僕を無視できない。
少しでも炎を引きつける、少しでも狙いを散らす。
ほんの一瞬でいい。
ティナートへ道を開くことができれば、それでいい。
絶望が戦場を塗り潰していく中で、希望へ繋がる道を切り開く。
今の僕にできるのは、そのために脅威となることだった。
(こいつに魔力切れはねェもんとして考える……正面からぶち抜く算段を立てるしかねェ)
(いちばん厄介なのは、あの弾丸のような炎だ……だが、あれは一発ごとにわずかな間がある
まだ次を撃つには早ェ……この短い隙のうちに、叩き込まねェと……!)
"炎蛇"がうねりながら、僕たちへ襲いかかる。
火力は厄介だが、まだ軌道は素直で、現状なら避けること自体は難しくない。
しかし時間を与えれば、解呪禍異はこちらの動きを覚える。
着地点を読み、退路を潰すように炎を重ね始めれば、状況は一気に悪化する。
そうなれば、こちらが持ちこたえる余地は急速に削られる。
解呪禍異は、せわしなく視線を巡らせていた。
僕とティナート、その両方の位置を追いながら、こちらの動きひとつひとつを逃さぬよう見張っている。
「警戒しすぎだぜェ……!だが難攻不落……壊しがいがあるなァ」
ティナートが地を蹴り、解呪禍異へ一気に詰め寄った。
迎え撃つように、灰色の炎が壁となって噴き上がる。
接近を許さぬための防壁であり、焼き払うための攻撃でもあった。
だがティナートは、それを待っていたかのように寸前で踏み込みを切り、即座に後ろへ退く。
(牽制ィ……軽く揺さぶる)
本気で殴りかかる気配を見せては引く。
その繰り返しで、解呪禍異は何度も反応を強いられ、攻めの呼吸を乱されていった。
そして揺さぶりの中で生まれる本命の一手。
ティナートの腕が溶けるのが、その開始の合図となる。
「ティナ……行くつもりか」
僕は、解呪禍異へ向かって駆け出す。
今度は牽制ではない。決着をつけるための攻めだ。
解呪禍異は一瞬で判断を迫られた。
先に殺すべきはどちらか。
迫ってくる二人のどちらにも殺意はある。
その中で、「恐れ」の薄い方──僕を先に潰すべきだと、その知能は結論を出した。
(半端に知恵が回るからこそ、こっちを危険と見る……!)
"炎蛇"が僕へ迫り、直撃した箇所から皮膚と肉を焼き潰していく。
今まで味わったどの痛みとも違う。全身を削り取られていくような苦痛だった。
焼けた肺で息を継ぎ、苦鳴を漏らしながら炎の中を進む。
避ける余裕はない。
それでも倒れきらず、膝をついては立ち上がり、執念だけで距離を詰めていく。
死を恐れないかのように、炎を浴びながらなお止まらないその異常さに、解呪禍異の意識が引き寄せられる。
「うぅ……フーゥゥッ……こっちを……見ろ……!」
こんなものを前にして、解呪禍異が狙いを逸らせるはずがない。
切り開かれたその隙へ、ティナートが飛び込んだ。
"魔封の薄氷"が炎を削り、彼はその陰から一気に解呪禍異の懐へ食らいつく。
「シル助の切り開いた道……無駄にはできねェ……!」
コシュルの魔法によって氷刃へ変じたその一撃一撃が、僕へ意識を引かれていた解呪禍異の隙だらけの肉へ斬撃を刻んだ。
致命へ近づくために、一太刀でも多く重ねる。
「くたばれェェ!」
その連撃の最中、空間がひび割れた。
ティナートへ向けて、"炎蛇"が放たれようとしている。
すでに"魔封の薄氷"は、"灰色の鎧"に削られ限界が近い。
これ以上は受けきれない。
ここで双竜拳が途切れれば、もう一度あの懐へ入る時間がいる。
そんな余裕が、まだ残っている保証はなかった。
だから僕は、ティナートと解呪禍異の間へ身を投げる。
「シル助!?」
ティナートへ届くはずだった炎を、僕の身体が肩代わりした。
いっそ意識を断ち切ってくれと思うほどの苦痛だった。
けれど、ティナートの拳が止まらないなら、それでいい。
「僕ごと斬れ!ティナ!」
「俺の拳はいてェぞォ!シル助ェ!」
ティナートの一撃が、僕ごと解呪禍異を穿つ。
黒い血が噴き上がり、決着したはずだった。
だが
潰えかけた身体の奥で、最後の悪足掻きのように"灰色の弾丸"がのぞいた。
「まだそんな力が……!」
無数の"灰色の弾丸"が、三人へ一斉に降り注ぐ。
ティナートは掠めるのも構わず軌道を外し、僕は受けながら距離を取った。
コシュルは分厚い氷壁を張り、その猛射をどうにか食い止める。
「だが、ここを越えりゃ、こっちが──!」
その見立ては甘かった。
"灰色の弾丸"をかわしたティナート、その着地点へ。
"炎蛇"が襲い掛かる。
「──ッ!」
(こいつ……着地点を読んできやがった……!)
さっきまでのような単純な追撃じゃない。
解呪禍異は回避の先へ先回りし、逃げ道を潰しにきていた。
戦いの中でさらに研ぎ澄まされていく。
明確に狩り方を覚え始めている。
だが、まだ"魔封の薄氷"がある。
ティナートは守れる──そう思った矢先だった。
コシュルの魔力が、尽きた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
震える手から生まれた"魔封の薄氷"は、胸元を覆うのがやっとの大きさしかない。
あれでは受け止めきれない。
「焦らしてくれるねェ……コシュルちゃん」
その言葉を最後に、ティナートの姿は"炎蛇"へ呑まれた。
目の前から消えたその姿に、場の空気が凍りつく。
「ティナ……!」
だが、その気配は消えていない。
"炎蛇"は街の遠くまで伸びた直後、激しい衝撃音を響かせて軌道を変える。
そして次の瞬間、僕たちの方へ、まるでブーメランのように帰ってきた。
その先端にいたのは、腕を組んだティナートだった。
足裏にはコシュルの"魔封の薄氷"が貼りつき、"炎蛇"に運ばれるように、ティナートは凄まじい勢いで突っ込んできた。
「天装艇ってこんな気分なのかァ……」
そう言いながら、ティナートは拳を構えた。
その腕には雷が宿っている。
"炎蛇"に乗って得た勢いへ、雷速の拳まで重ね、狙いは一撃必殺だった。
「シル助ェェ!受け止めてくれよォォ!」
「俺の拳はいてェぞォォ!」
"双竜拳"
流星のような勢いで、解呪禍異の胴を全身で撃ち抜いた。
「禍異にゃできねェ芸当だろォ?」
解呪禍異は大きく歪み、やがて崩れ、風の中へ散っていった。
僕は飛来したティナートを抱え込むように、血をまき散らしながら受け止めた。
こんなにうれしい痛みは初めてだった。
二人で地面へ倒れ込み、生き延びた安心に、笑みが漏れた。




