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RE:BLOØD  作者: 薬研 明
第一章② 都に灯る凶兆
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灰色の弾丸

「う……ぐォォ……!」

「ティナ!」


ティナートの膝が崩れ、巨体が大きく傾いた。

焼け焦げた匂いとともに傷口から血が溢れ出し、火線が脚を貫いていたのだと、そこでようやく理解した。

彼ですら反応できなかった一撃に、その場は絶望へ沈みかけた。

だが、その絶望を切り開くように、コシュルはすぐに魔法ルエラを放った。


"霜の縫合糸(リベラメ)"


放たれた氷の魔法ルエラが、ティナートの傷口へ集まっていく。

塊となった氷が失われた肉の代わりを成し、白い糸にも見える冷気が肉と氷を縫い合わせる。


「傷が塞がっただけじゃねェ……痛みまで引いてやがる」

「欠けたところを氷で補填しています……神経を強引に繋いで動けるようにし、痛覚も抑えていますが、あくまで応急処置です……何度も使えば、そのぶん負担が蓄積します」

「上出来だぜェ……すげェよ、コシュルちゃん」


たとえ致命傷であろうと、無傷のような錯覚を与えて命を繋ぐ神の恩寵。

だが、その偽りが保たれるのは、氷が溶けきるまでだ。


「シル助ェ!下がってろォ、あいつには手を出すな」

「……でも……!」

「心配すんな、油断しただけだ」


夜叉ヴァンパイアの不死身を晒すわけにはいかない。

戦いに加わったところでできることはないが、ティナートを守る盾くらいにはなれたかもしれない。

けれど、その役目すら果たせない。


「コシュルちゃん、すまねェ、援護頼む!」

「はい!」


誰ひとり反応できない速度で放たれた、灰炎の弾丸。

相手の危険さは、たった一撃で骨身に刻まれた。

こいつは間違いなく解呪禍異マヴァログレイスだ。

それでもティナートは怯まない。

僕らの後ろへ、一歩も通さないために。


~~~~~~~~~~


灰色の炎がティナートを呑もうと迫った瞬間、コシュルが"魔封の薄氷(ベネディクトゥス)"を差し込んだ。

薄氷は灼熱を受け、溶け崩れながらも、その威力を削いでいく。


「コシュルちゃんの盾……あったけぇぜ」


その盾の後ろで、ティナートが構える。


"双竜拳エスプレッシーヴォ"


ティナートは薄氷を砕いて前へ出た。

解呪禍異マヴァログレイスの懐へ潜り込み、防御のために上げられた腕へ雷速の拳を叩き込む。

重ねられた打撃に防御は耐えきれず、解呪禍異マヴァログレイスの身体から守りが消えた、その瞬間──


「コシュルちゃん!俺の腕を凍らせろォ!」


ティナートの右腕が、溶けた。

そう表現するのが正しいのかわからないが、ドロリと液状化したように波打っていた。


「は、はいっ!?」


その腕の表情は水。

双竜拳の中でも、しなりを活かした打撃に長けた形だ。

水へ変じた右腕は、振り抜かれる勢いで細く鋭く伸びていく。

その形をコシュルが凍結させたことで、水の腕は氷の刃へ変わった。

振るわれた一撃は、解呪禍異マヴァログレイスの身体へ剣傷めいた裂け目を刻み、黒い血を噴かせた。


「手刀で……斬った……!?」

「クソッ……浅ェかァ!」


禍異マヴァロ

その異形は人間の身体能力をはるかに上回り、長く相対するほど不利になる。

そのため、禍異マヴァロを相手にする時、人は武器か魔法ルエラを手放さない。

長く付き合わず、戦いの中で生まれる一瞬の隙へ確実な有効打を通す。

それが、人が禍異マヴァロと戦う際の基本だ。


一方で双竜組若頭、ティナート・レッドバッドは違う。

武器や魔法ルエラで隙へ致命を通すのではなく、連なる殴打で相手を崩し、その先へ双竜拳を叩き込んでねじ伏せてきた男だ。


ただ、今回は別だった。

背後には、正体を晒せない夜叉ヴァンパイアのシルと、前線に不慣れなコシュル。守るべき二人がいる。

相手は魔法ルエラを主軸に攻めてくる個体であり、一撃でも早く致命へ届く攻めが求められるこの状況で、殴打の連なりだけで押し切るのは分が悪い。


ティナートは、その不利を肌で察していた。

守るために要るのは殴打ではなく斬撃だと、無数の実戦で磨かれた勘が告げていた。


解呪禍異マヴァログレイスが苦しむように藻掻く。

今の一撃で勝機を掴んだ──誰もがそう思った。

だが、ティナートは戦いの中に混じる小さな綻びを捉えていた。

その違和感を察する鋭さは、誰より優れていた。


(こいつ……動きがやけにトロいなァ……)


この解呪禍異マヴァログレイスの動きは錆びた歯車のように動きの節々が重い。

死に際から復活した個体なら、その先にまだ何かあるかもしれない。

ティナートはそう読んだ。


(……なら、出来上がる前に潰さねェと厄介か……)


解呪禍異マヴァログレイスがびくりと震えた。

人差し指を突き出した瞬間、空間が割れ、灰色の炎が揺らいだ。

ティナートの脚を貫いたあの一撃──それが今度は近距離から撃ち出される。

だが、二度は通させないとでもいうように、ティナートの目はその軌道を捉える。

灰炎の弾丸は拳の脇を掠め、熱と衝撃を撒き散らして背後へ抜けた。


「ッぶねェ!」

「ティナートさん、避けてください!」


支援だけで終わりたくない。自分の攻撃が、この戦いを動かす起点になってほしい。

そう願うようにコシュルは息を吸い、詠唱へ入る。

周囲の熱が奪われ、戦場はたちまち白く染め上げられた。

濁った冷気の中、拳大の氷塊が無数に浮かび上がる。


"悼みの涙(ラクリモーサ)"


振り払われた手に従い、氷塊が一斉に撃ち出された。

吹き荒れる氷の群れは豪雨のように視界を埋め、敵の動きを潰していく。

透き通る氷の輝きは美しいが、敵を壊すために研ぎ上げられた凶器だった。


しかし決定打には至らず、その背後に灰色の太陽を思わせる魔法ルエラが開くと、膨れ上がる熱が冷気をねじ伏せ、氷塊は溶かし尽くされていく。


「……なんて灼熱……足止めにもならない……!」


コシュルの絶望すら待たぬ灰色の太陽は、無差別に熱線を吐き散らした。


さらに、灰色の太陽による熱線だけでは終わらず、蛇のようにうねりながら追いすがる炎を重ねて放つ。

ティナートは家屋の壁を次々と蹴って飛び移り、目まぐるしく位置を変えながら、解呪禍異マヴァログレイスの照準を狂わせていった。


「その余裕こいたツラ、叩き潰してやる……待ってろよォ……!」


その無茶苦茶な動きへ、コシュルの援護が重なる。

ティナートが壁を踏み込む一瞬の隙、そこを"魔封の薄氷(ベネディクトゥス)"で炎を遮る。

即席の連携には見えなかった。

まるで長く組んできた戦士同士のように、互いの動きを理解していた。


「相性ばっちりだぜェ、コシュルちゃん……!」


ティナートにとって、これ以上ない動きやすさだった。

コシュルの援護がある限り、灰炎の脅威は大きく削がれる。


——だが、人の魔法ルエラには限りがある。

コシュルは今、その重い役目を一人で背負っていた。

彼女の魔力が尽きれば、この連携は一気に崩れる。そうなればティナートも押し潰される。

対する解呪禍異マヴァログレイスは、炎を放つたびに洗練されていく。

あれだけ魔法ルエラを乱発しているのに、勢いはまるで衰えない。


「一丁前に、戦いに慣れ始めてやがるみてェだなァ……禍異マヴァロさんよォ」


むしろ解呪禍異マヴァログレイスは、じわじわと手数と攻めの幅を増やしていく。

ようやく懐へ入り込んでも、氷の刃に対応し始めたのか、攻撃の通りも少しずつ悪くなっていた。


人が禍異マヴァロとの戦いで短期決着を狙う理由は、身体能力の差とは別にもう一つある。

半端に知能を持つせいで、戦いが長引くほど面倒になる。

その厄介さが、今まさに目の前で形になっていた。

解呪禍異マヴァログレイスの変化は、ティナートが危険を背負って攻めなければ届かない域にまで達していた。


「あっちィなァ……!」


欲を出した。

もう一撃届くと見たティナートは、攻めを止めなかった。

限界まで攻めを重ねたティナートの腕を、灰炎が焼いた。


「ティナ!無茶しすぎだ!」

「わかってるよォ、シル助……でもよォ……無茶しねェと、守れねェよ……!」


~~~~~~~~~~


僕は、その戦いを背後で見ていることしかできない。

二人には夜叉ヴァンパイアの力がない。

常に死の淵だ。


そんな場所で、僕だけが立ち尽くしている。


(迂闊に動けば、夜叉ヴァンパイアの力を見られる……)

(何もしない……そうしなきゃいけないんだ……!)


見られた瞬間、皆を巻き込むことになる。

だからここで堪えるしかないのだと、何度も胸の中で繰り返した。


その時だった。


ティナートを貫いた灰炎の弾丸が、再び空間の割れ目から顔を覗かせる。

一つ、二つではない。

三つ、四つ──いや、数える間にも増えていく。


一点から吐き出された無数の灰色の弾丸が、戦場の全方位へ散った。

散った弾丸は、壁へ当たるたびに軌道を折り、反射を繰り返しながら戦場を蹂躙していく。


(避け……きれねェ……!)


解呪禍異マヴァログレイスが、完成した。


「ティナートさん!」


コシュルは即座に"魔封の薄氷(ベネディクトゥス)"を張った。

しかし灰色の弾丸は面を焼く炎ではない。殺傷に特化した兵器だ。

それを易々と貫通し、槍のようにティナートを撃ち抜いた。


「ぐァァッ……!」


コシュルの視線はティナートへ釘付けになる。

反射的に"霜の縫合糸(リベラメ)"が展開される。

連発できない術だと承知していても、ここで切らない選択肢はなかった。


傷を塞ぎ、戦線へ戻すための選択としては間違っていない。

だが、その意識はティナートへ集中しきっていた。


反射した灰色の弾丸の一つが、コシュルへ迫る。

狙いは胴ではなく、顔面、そのど真ん中。

まともに食らえば、声を出す間もなく死ぬ。


「コシュルさん!!」

「え……?」


声に反応して気づいたときにはもう遅い。

灰色の弾丸は、回避も防御も間に合わない距離まで迫っていた。


コシュルが……死ぬ。

そう悟った瞬間、他のすべてが視界から消えた。


無理にでも、コシュルを止めるべきだったのか。

僕が残って、フェルキールとティナートに全て任せるべきだったのだろうか。

遅すぎる後悔が、頭の中を埋めていく。

今さら何を悔やんでも戻らない過去が、胸を抉る。


『大好きなこの街を……私も守りたいんです』


脳裏に焼きついたコシュルの覚悟が、頭の中で渦巻く。


迂闊に動けば、夜叉ヴァンパイアの力を見られる。

何もしない方がいい。


──それでも……!


「この能力を隠すために、見殺しにできるかよ……!」


僕はコシュルの前へ身を投げ出し、迫る灰色の弾丸を真正面から受けた。

灼熱が皮膚を裂き、衝撃が肉を抉り

肺の奥に火を押し込まれたようで、息を吸うことすらできなかった。

炎は心臓へ届いたところでようやく止まる。

僕はその場に膝をついて、そのまま意識を手放した。

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