ep.22 "いってらっしゃい"
静まり返るブラムの館。
戦いに終止符が打たれたはずだったが…
空気はまだ死の匂いを放っていた。
四人の体には
依然としてブラムの毒が巡っている
解毒剤は存在しない
このままでは数十分ももたない…
シルはロジェロのそばに三人を横たえる
数秒、沈黙する
そして歩き出したかと思うと
倒れた異形の体から毒袋を引きずり出した。
「シル…何を……?」
ロジェロが問いかける。
次の瞬間
シルは迷いなく毒袋を破り
その液体を一切の躊躇もなく口へ運んだ。
「…ッ!?」
毒は喉を焼きながら流れ込んでいく
体色が一瞬で悪化する
全身が痙攣し、嘔吐
皮膚が焼け崩れるように溶け落ちる。
ロジェロたちは動けない
ただその光景を…仲間が毒で崩壊する姿を
見ていることしかできない。
血を吐きながら
ゆっくりと身を起こす。
「…いま僕の血には
ブラムの毒を喰い潰す力が宿っている」
ロジェロは息を飲んだ。
「これを…皆に飲ませる」
自らの身体を犠牲に作り出した解毒剤
夜叉だけに許された方法
躊躇なく行動した彼に
ロジェロは若干の恐怖を覚える。
アスノが言う
「しかし…夜叉の血を飲んでも
大丈夫なものなのかねェ…」
場が一瞬静まる。
ロジェロは目を伏せ…そして顔を上げる
その顔は震えていたが、弱さではなく
覚悟の震えだった。
「…私はシルを信じる…」
「いまは迷っている場合じゃない…
ここで逃げたら、全員死ぬ」
震えながらもまっすぐシルを見る
シルは微笑み
ロジェロの唇へ血を流し込んだ。
口に入った瞬間
焼けるような熱が体を駆け巡る
震える…
……
…
そして全身を縛っていた毒が
すうっと抜け落ちていく
呼吸が楽になる
軋むような全身の痛みが消える
後遺症も…今のところは見当たらない。
急いで気絶しているゼラ、マリーにも血を与える
目に見えるように顔色が戻り
呼吸が整っていった。
だが
ユーリの身体だけは微動だにしなかった
…間に合わなかった。
シルの拳が震える
唇を噛み切るほど強く噛む。
また、目の前で…
守れなかった。
ロジェロは声にならない声で悲痛を飲み込んだ。
~~~~~~~~~~
ブラムによって支配された町は解放された
だが代わりに…深い喪失が残された。
ゼラとマリー、ロジェロは
なんとか動けるほどに回復した。
夕暮れの花畑
風が吹くたび、花びらが静かに舞い上がる
幼い頃の姿が、幻のように浮かんで見えた。
「…ここはもう、国のものだ
勝手に入ったら…不法侵入だな」
ゼラは言う
「いいじゃねぇか…こういう時くらい」
そこに、いつも明るかった少年
ユーリの姿だけがない。
ゼラがそっと呟く
「…あいつと母さんの分まで、生きねぇとな」
「…ああ」
ロジェロとマリーは肩を震わせながら頷いた。
三人の決意が固まる
花びらが風に流れる…まるで、涙のように。
~~~~~~~~~~
その後
フジの町の新たな町長はゼラとなった
荒れ果てた町を
一から立て直す覚悟を決めていた。
ブラムのやり方で歪んだ町…時間はかかるけど
…必ず元に戻す
皆が愛していたこの町を取り戻す
それが俺に残された道だと言っていた。
ゼラの横には微笑むマリーが寄り添う
彼女はゼラの右腕として
復興を支えていくつもりだった。
ロジェロは空を見上げ、息をついた
「…何が起きても決して振り返らない
私は…自分の目的に向かって…真っ直ぐ進む」
それはレイヴンが死んだあの日にも口にした言葉
悲しみに押し潰されそうなのに、折れそうなのに
それでもロジェロはまた一つ強くなっていた。
シルはただ静かに微笑み
その決意を傍で聞いていた。
残された者は
それぞれの胸に悲しみをしまい込み
…それでも前へ進む道を選んだ。
~~~~~~~~~~
僕たちは町を出る準備を整えた
「もう少し休んでいけばいい」と皆が言ったが
ロジェロは静かに首を振った。
「…ここにいたら
私は目的を見失うかもしれない…
迷ってしまうかもしれない…
だから…行かないとな」
誰もいない部屋
温もりだけが残された空間に
三人は頭を下げた。
「…いってきます」
静かな声が部屋に響く。
そして僕らはまた歩き出した
それぞれの傷を抱えたまま
それでも、前へ進むために。




