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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第4部 — 優しきヴォルタ王国および氷霜のエーテル王国における数多の戦闘。
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チャプター60 ― どうして彼女と、ここまで似ている……?

戦いの緊張はようやく解け、空気にはなおも電気と霜が混ざり合った余韻が漂っていた。

だが、誰かが言葉を発するよりも先に――陽気で、どこか間延びした声が静寂を切り裂いた。


「アンジーーーーーーーちゃぁぁぁぁぁんっ!!! どうだったの〜っ!?」


一斉に視線が声の方へ向く。

角を曲がって現れたのはルナ。腰に手を当て、いたずらっぽい笑みを浮かべている。長い銀髪が風に揺れ、その飄々とした雰囲気は、先ほどまでの張り詰めた空気とはまるで別世界だった。


アンジェリーナは息を整えながらも、どこか誇らしげに両腕を広げる。まるで子供のように。


「最高だったわよ〜! 新しいお友達ができたの!」


ブランシュはわずかに眉を上げて驚いたが、やがて普段の無表情をやわらげるように、かすかに微笑んだ。

「ええ……こちらも同じよ」


二人は自然と歩み寄る。

アンジェリーナは迷いなく手を差し出し、ブランシュはしっかりとそれを握り返した。


その瞬間、ブランシュはある違和感に気づき、動きを止める。

アンジェリーナの白銀の髪の下に隠れる、細く長い耳――それは紛れもなくエルフの特徴だった。


視線をルナへ移す。そこにも同じような耳が見える。やや短いが、明確にそれと分かるものだった。


「待って……」ブランシュは小さく呟く。

青い瞳がわずかに見開かれた。

「あなたたち……エルフなの?」


彼女は戸惑いながら二人を見比べる。


短い沈黙のあと、アンジェリーナとルナは視線を交わし、揃って頷いた。


「ええ」とアンジェリーナは微笑む。

「そうよ〜」


ルナも軽くウィンクしながら続ける。

「正解。私たち、同じ血筋。詳しく言えば――同じ国から来てるの」


彼女は胸を張るように言った。

「――エルフの国の大王国からね」


俺は思わず目を見開いた。

「は……? え?」


声がわずかに震える。混乱が正直に表に出る。

アンジェリーナとルナを交互に見て、そして視線を逸らした。


アーリャは堪えきれず吹き出す。

「ふっ……さすがだな、エンジェル。エルフばかり引き寄せてる」


エリーも笑いながら言う。

「このままいくと“エンジェル親衛エルフ団”でも作れそうだね、エンジェルさん!」


俺は天を仰ぐ。

「はいはい……もういいよ」


少し離れた場所では、ヴァイオレット、エスター、アンバーが楽しげに視線を交わしていた。

その表情は、緊張とは無縁の柔らかいものへと変わっている。


だが――ただ一人、笑っていない者がいた。

フードの女だ。


彼女は依然として沈黙したまま、アンジェリーナとルナを観察している。

その視線は冷静で、分析的で、どこか鋭い光を帯びていた。


不意に、彼女は一歩前へと進み出る。靴音が石畳に響いた瞬間、周囲の会話がぴたりと止まる。


俺は眉をひそめ、一歩前に出た。

「それ以上はやめろ」


声は静かだが、明確な拒絶を含んでいた。

「もう刃を交えるのはなしだ」


女は足を止める。


張り詰めた空気が一瞬だけ戻る。

しかし次の瞬間――フードの奥から、小さな笑い声が漏れた。


くす、と軽やかで、どこかいたずらめいた響き。


「まあまあ……若いの」彼女は穏やかに呟く。

フードを少し持ち上げ、柔らかな微笑みを覗かせた。

「今回は戦う気はない。安心していいわ」


俺は疑いの目を向ける。

「前も同じこと言ってたよな」


「ふふ、それは否定しないわ」彼女は肩をすくめる。

「でも今回は、本当にただの興味よ」


視線が再びアンジェリーナとルナへ向けられる。

その眼差しは、何かを見極めようとする研究者のようだった。


「これほどのエルフの気配……そう簡単に出会えるものではないから」


ルナは臆する様子もなく、首を傾げてにやりと笑う。

「ねえ、フードのお姉さん。人をじっと見るのはマナー違反だよ? せっかくだし、フード取って顔見せたら?」


軽い挑発。だが場の空気は重くならず、むしろ微かな笑いが広がる。

ブランシュでさえ、わずかに口元を緩めていた。


フードの女は小さく首を振る。

「いつかは見せるかもしれないけれど……今夜はやめておくわ」


その声音には、どこか余裕と余韻があった。


アンバーが腕を組みながらヴァイオレットに囁く。

「なんかさ……貴族の水面下の駆け引きみたいじゃない?」


ヴァイオレットは微笑む。

「もし本気でぶつかれば、どちらが勝つかは分からないわね」


エスターも小さく頷いた。

「少なくとも……ただ者じゃないのは確か」


その間にも、女たちはそれぞれの距離感を保ちつつ、静かに空気を共有していた。


アンジェリーナはフードの女へ歩み寄り、穏やかに言う。

「心配しなくていいわ。私たちは争うつもりはないから」


女はしばらく彼女を見つめ、そして静かに頷いた。

「……分かっているわ」


そう言って、彼女は一歩下がり、アンバーたちの側へと戻る。


その瞬間――ルナが手を打った。


パンッ、と乾いた音が響く。


「よーし! じゃあご飯に行こうよ! お腹すいた!」


その一言で、場の空気が一気に緩む。

あちこちから笑い声がこぼれた。


こうして、さきほどまでの冷たい刃の空気は完全に消え去り、

種族も立場も違う者たちが、ひとつの輪の中で穏やかに共にいる――そんな温もりへと変わっていった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


宿へ戻る道にちょうど差しかかったところだった。

夕暮れの空気には雨と濡れた石の匂いが混じり、路地のランプが一つ、また一つと灯り始め、石畳に黄金色の反射を落としている。


少し離れた先では、アンジェリーナがルナやブランシュと笑い合っていた。

アーリャはアンバーの隣を歩き、エリーはヴァイオレットと楽しげに話している。


俺はただ、あの張り詰めた空気が完全に和らいだことに安堵していた。


だが、宿の扉をくぐろうとしたその瞬間――

エスターがそっと袖を掴んで俺を引き止めた。


「ねえ、エンジェル……」


振り返る。彼女の表情は真剣で、むしろ少し重すぎるくらいだった。


「なんだよ今度は。夕飯の一番乗りでも狙ってるのか?」


エスターは首を横に振る。

「違うわよ。あの子のことを聞きたいの」


「誰のことだ?」と、わざととぼける。


彼女は“分かってるくせに”と言いたげな視線を向けてくる。典型的なツンデレ王女のそれだ。

「紫の瞳の金髪の子よ。あの……色々と大きい子」


彼女はやや苛立った様子で、自分の胸のあたりを曖昧に示した。


俺は小さくため息をつきつつ、口元に笑みを浮かべる。

やっぱり気にしてるのか、その“とても豊かな体つき”が。


「アンジェリーナのことか? ああ、友達だよ。どうした?」


「……本当に、それだけ?」エスターはじっと俺を見る。


俺は少し面白がりながら、問い返した。

「どういう意味だよ?」


エスターは腕を組み、むすっとした顔で小さく呟く。

「違うとは思うけど……なんか、見覚えがあるのよ」


「見覚え、ねえ……」俺は肩をすくめる。

「美人だってことなら同意するけど、それ以上の話か?」


彼女は俺の言葉を無視するように眉をひそめた。

「歴史の授業、覚えてる?」


「歴史?……ああ、先生が自分の話で寝落ちしかけたやつか?」


「その前よ、バカ。リリスと七人の娘の戦いの話」


「ああ、あれか」俺は軽く頷く。

「そりゃ覚えてるよ」


少しだけ昔を思い出し、俺は苦笑した。

「お前が“私は王女だから窓側を譲りなさい”って言ってきたやつな」


エスターは頬を膨らませる。

「光が必要だったの! それに……誇張しすぎよ!」


俺は軽く笑う。

「いやいや、完全に僕を従者扱いしてただろ」


「教室中の前で私を恥ずかしめたのはあなたでしょ!」と彼女は睨み返す。


「ただ席の権利を主張しただけだよ、王女様」俺は肩をすくめる。


エスターはしばらく腕を組んで拗ねていたが、やがて落ち着いた声で続けた。


「……その授業でね、リリスの娘の一人について話してたのよ。覚えてる?」


「ああ」


「その一人の名前が――アンジェリーナだった」


俺は一瞬だけ言葉を止め、彼女を見る。

「……それで?」


エスターはゆっくりと息を吸い込み、まるで記憶をそのまま引き出すように語り始めた。


「その文献によると、アンジェリーナは大柄で、人間の男性平均身長ほどありました。絹のような金髪は膝まで届き、左右対称に分けられています。紫の瞳は…」


彼女はそこで一度区切り、まっすぐ俺を見る。


「…あのエルフと同じほど輝いていたのです」


さらに続ける。


「彼女の体は曲線美に富み、顔立ちは繊細で成熟しており、誰もが目を奪われる美しさだったと言われます」


そのまま、ほとんど一言一句違わぬ調子で説明を終えた。


正直、俺は少し眉を上げた。


――それは、完全にアンジェリーナそのものだった。


細部に至るまで一致している。


俺は彼女を見てから、少し離れた場所で笑っているアンジェリーナへ視線を向ける。

エリーの冗談に反応しながら、夕暮れの光を受けて揺れる金髪と、紫の瞳。


……一致している、と言っていいレベルだ。


だが――


「ふーん。なるほどな」とだけ俺は言った。


エスターは目を見開く。

「“なるほど”で済ませるの!? 普通もっと驚くでしょ!」


俺は肩をすくめる。

「じゃあ何だよ。遠い昔の先祖が蘇ったとか、神の転生体だとか、そういう話にでもしろってか?」


彼女は呆れたように息を吐く。

「少しくらい心配しなさいよ!」


「心配するのは、彼女が“未熟な子孫よ”とか言いながら隕石でも落としてきたときでいいだろ」


エスターは口をあんぐりと開け、しばらく固まったあと、顔を覆った。

「本当に……救いようがないわね」


「お前は相変わらず大げさだな」


エスターはぶつぶつ文句を言いながら歩き出す。

俺はポケットに手を入れ、少し後ろからついていく。


正直なところ、どうでもよかった。


アンジェリーナが何者であれ――

先祖だろうが、リリスの娘だろうが、そんなものは重要じゃない。


彼女は彼女だ。

何度も助けてくれた仲間であり、英雄や怪物としてではなく、対等な存在として接してくれる相手。


それだけで十分だった。


少なくとも、この瞬間の俺にとっては――それ以上の理由はいらなかった。

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