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『天使と紫の炎』  作者: Bro_Be_Like_83
第4部 — 優しきヴォルタ王国および氷霜のエーテル王国における数多の戦闘。
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チャプター59 ― 燃え盛る紫の炎が、凄まじき吹雪と激突する!

その夜、俺たちは皆、中心街の外れにある古い宿に腰を落ち着けていた。

石造りの建物で、揺らめく油灯が室内を淡く照らしている。

薪の燃える匂いと、焼きたてのパンの香りが空気を満たしていた。

俺は、あの伝説の暗殺者――暗殺者マスター・アーリャと、テーブル越しに向かい合って座っていた。


フードを外していても、彼から放たれる重い存在感は消えていない。

静かで、落ち着いているのに、いつでも斬りかかれる――そんな気配だ。


エリー、ブランシュ、ヴァイオレット、エスター、フードの女、そしてアンバーが、同じテーブルを囲んでいた。

背後では暖炉の火がぱちぱちと音を立て、外では雨が静かに降り始めている。


アーリャは杯を手に取り、ゆっくりと一口飲み干してから、グラスを置き、指を組んでテーブルの上に乗せた。


「ダルテン……この名前、気になっただろう、エンジェル」


俺はゆっくりと頷いた。


「彼は……かつての俺の弟子だ。ずっと昔の話だがな」


一瞬、沈黙が落ちる。

アーリャはため息をつき、蝋燭の炎を見つめた。


「優秀な少年だった。献身的で、常に他人を助けようとし、戦えない者を守ろうとした。……ある意味で、光のような存在だった。いつも笑っていた」


その言葉は、どこか郷愁を帯びて空間に漂った。

だが、彼の声色が変わる。


「だが、最愛の友を失った日からだ。彼は“消えた”。身体ではない……目が、二度と同じ光を宿さなくなった。笑わなくなり、人の言葉に耳を貸さなくなった。そして、最も暗く、最も危険な任務ばかりを選ぶようになった。気づいた時には……彼は《リリスの放浪者の修道会》に身を置いていた」


胸が締めつけられる。

その名は、俺も知っている。


俺は小さく呟いた。


「……ルドヴァーンが話していた組織だ」


アーリャはゆっくりと視線を上げ、驚いたように俺を見る。


「その名を知っているのか?」


「捕らえられる前に……ルドヴァーンが、俺に教えてくれた」


彼は静かに頷き、表情をさらに険しくした。


「なら、その影響力の大きさも分かるはずだ。あの修道会は、ただの傭兵集団じゃない。あれは狂信者の集まりだ。すべてを失い、リリスに意味と救いを見出した者たち……ダルテンも、そこに居場所を見つけた。そして、昇り詰めた。《百座》の一人にまで上り詰めたのだ」


ブランシュが眉をひそめる。


「“百座”……?」


「修道会最強の百人だ。王国ですら、名を口にすることを避ける存在だ」


俺の脳裏に、瀕死のルドヴァーンの言葉が蘇る。


俺は、ほとんど独り言のように呟いた。


「ルドヴァーンは……第二十席だった」


アーリャは俺を見つめ、悲しげな笑みを浮かべた。


「なら分かるだろう。ダルテンは、かつて第十六席――

リリスの放浪者の修道会・第十六席――だった。そして、そんな男が自ら動いたということは……目的は、お前の捕縛だけじゃない」


重い沈黙が宿を包む。

聞こえるのは、ただ炎の音だけだった。


アンバーが腕を組み、低い声で言う。


「つまり……修道会が、再び動き出したということね。なら……“何か”が近づいている」


アーリャは頷いた。


「そうだ。古いものだ。彼らが、何百年も待ち続けてきた“何か”だ」


俺は動けず、炎を見つめていた。

空気の中に、嵐の前触れのような匂いを感じる。


そして、頭の奥で、あの言葉が何度も反響していた。


「百席の第十六位は、お前を“生きたまま”欲している。エンジェル……」


アーリャはしばらく沈黙したまま、指でテーブルを一定のリズムで叩いていた。やがて、紫の瞳に鋭さを宿し、顔を上げる。


「ダルテンがヴォルタにいる……それだけで、状況は俺の想定を遥かに超えている……」


俺は眉をひそめた。


「俺一人のために、来たってことか?」


彼は首を横に振る。


「違う。お前だけが目的なら、赤級アーティファクトは使わない。つまりな、エンジェル……《リリスの放浪者の修道会》は、すでにヴォルタに根を張っている。深く、見えず、そして古く」


エリーが身を乗り出す。


「……古く?」


「おそらく数百年だ。ヴォルタは“侵入”されているんじゃない。“支配”されている。政治も、軍も……もしかすると精神面すらな。あの連中は置き換え、潜り込み、形作る。王国自身が、誰のものなのか分からなくなるまでな」


背筋に悪寒が走る。


「気づかれないまま……統治しているってことか?」


「その通りだ。修道会は名声を求めない。求めるのは“見えない支配”。ダルテンがここに送られたということは……彼らが守っている“何か”か、“誰か”がいる」


アンバーが低く問いかける。


「ヴォルタだけじゃない……そう思っているのね?」


アーリャは彼女を見て頷く。


「複数の百席が、すでに他国にいると見ている。セレスティア、エスターの王国、ブランシュの王国:「エーテル」……ソラリア、火と太陽の大地……そして、おそらくピュラにも。

“清廉”や“高潔”とされる組織の中にすら、な」


ブランシュの身体が強張る。


「……指導者の中にも、操り人形がいるってこと?」


「可能性は高い」


誰も言葉を発しなかった。

炎さえ、その重みに揺れているようだった。


俺はアーリャを見つめたまま、目を逸らせなかった。


「じゃあ……ヴォルタのこの平和は……」


「――仮面だ」

アーリャが静かに言った。

「奈落を覆う、薄い幕に過ぎない」


アンバーが拳でテーブルを叩く。


「なら、炙り出すしかない。全員」


アーリャは疲れたように、皮肉な笑みを浮かべる。


「簡単に言うな。奴らは決して表に出てこない。一枝を断っても、別の場所で十枝が伸びる……」


沈黙。


俺はブランシュ、ヴァイオレット、エスター、エリー、フードの女、そしてアーリャを順に見た。


彼の言葉は、すべて正しかった。

それでも――


もし、何百年もヴォルタを支配してきたのなら。

今こそ、誰かが根こそぎ引き抜く時だ。


……その決意を、俺はまだ、口にはしなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


二つの声が、柔らかく、それでいて確かな自信を帯びて、背後から響いた。


――まあまあ……

――霧の伝説的暗殺者、《アーリャ》じゃない。


俺は思わず動きを止めた。

この声……聞き間違えるはずがない。

そして、エリーも同じだったらしい。背中を走る、かすかな緊張がそれを物語っていた。


アーリャはわずかに驚いたように顔を上げ、ブランシュとヴァイオレットもまた、宿の扉へと視線を向ける。

廊下の淡い灯りの中に、二人の女性の影が浮かび上がっていた。


最初に一歩踏み出したのは――アンジェリーナ。

黒の半袖ワンピースは街着ながら身体の線を美しくなぞり、派手さはないのに洗練されている。

長い金髪が肩から流れ落ち、黒いネイルが暖炉の炎を映してきらめく。

その紫の瞳は、夜すら射抜きそうな鋭さを秘めていた。


隣に並ぶのは、対照的な存在――ルナ。

深い夜色のドレスは大胆な胸元を描き、しなやかな曲線を隠そうともしない。

青い髪は足首近くまで届き、歩くたびに波打つ。

その笑みは、愉快さと焦れったさのあいだを揺れていた。


ブランシュは眉をひそめ、わずかに警戒する。


「……あなたたちは、誰?」


アンジェリーナは敵意を見せることなく彼女を見つめ、いつもの余裕ある雰囲気を崩さない。


「ただの……エンジェルの友達よ……」


俺の名を口にしたその柔らかさに、アーリャが軽く眉を上げる。

エリーが喉を鳴らし、小声で呟いた。


「……あー、これ、ヤバいやつだ…」


俺は歯の間から息を吐いた。


「……ああ。最悪だ……」


ルナが一歩前に出て、軽く手を振る。


「こんばんは!

ふふ……相変わらずねぇ。霧があると、どうしてこう暗くて重たい話ばっかりになるのかしら」


アーリャは興味深そうに二人を観察する。


「失礼だが……君たちとは面識がないようだ」


アンジェリーナは腕を組み、口元に小さな笑みを浮かべる。


「ええ。大した存在じゃないわ。

……彼にとっては別だけど」


全員の視線が、一斉に俺へと集まった。

俺はゆっくりと両手を上げ、引きつった笑みを浮かべる。


「気にしないでくれ。

こいつら……ちょっと大げさなだけだから」


「ちょっと?」

ルナが鈴のような笑い声を立てる。

「ふふっ……エンジェル、あなたは私たちの生きる理由なんだから……♡」


ブランシュが勢いよくこちらを振り向いた。


「……えっ?」


ヴァイオレットはわずかに俯き、ぼそりと呟く。


「……また一人……」


アンバーは面白そうに状況を眺めていた。


「ずいぶん……賑やかな人間関係ね、エンジェルくん……」


アンジェリーナがゆっくりと俺に近づく。

その歩みは静かで、猫のようにしなやかだった。


「変わらないわね」

囁くように言う。

「いつも美しい女性に囲まれて、いつも混沌の中心」


俺は視線を逸らす。


「……お互い様だろ」


アーリャは顎に手を当て、状況を眺める。


「なるほど……この二人は、君の知り合いか」


答える前に、ルナが遠慮なくテーブルに腰掛け、肘をつきながら目を輝かせてアーリャを見る。


「わぁ……本物のアーリャ!

霧の影、どの国にも捕まらなかった男!

伝説だと思ってたのに~」


アーリャは穏やかに微笑む。


「伝説というものはな……往々にして、走ることに疲れているものだ」


「ふふっ……話し方、好きよ」

ルナが楽しそうに笑う。


アンジェリーナは静かに椅子へ腰を下ろし、膝の上で手を重ねる。

紫の瞳が一度俺を捉え、再びアーリャへ戻った。


「それで……ヴォルタが、すでに侵食されていると?」


アーリャは頷く。


「ああ。《秩序》は、すでに根を張っている」


アンジェリーナは薄く笑った。


「やっぱりね。

ヴォルタは昔から、上品な偽善の香りがする街だもの」


ルナが肩をすくめる。


「ま、エンジェルに手を出さないなら、私はそれでいいけど…」


「そこが問題なんだ……」

俺は腕を組む。

「……向こうは、俺を狙ってる」


ルナは大げさに天を仰いだ。


「じゃあ仕方ないわねぇ……

――消すしかないか」


ブランシュとヴァイオレットが警戒の視線を交わす。

アンバーは眉をひそめ、

エステルはただ戸惑った様子だった。


その中心で、アーリャは静かに彼女たちを見渡し、次第に――興味と、不安の混じった表情になる。


「エンジェル……」

低く呟く。

「この二人は――」


「分かってる…」

俺は遮った。

「見た目通り、厄介だ……」


アーリャは小さく笑った。


「……危険な人生を送っているな、若者……」


俺は深くため息をついた。


「本当に、な…」


空気が変わった。

ついさっきまで、再会の笑い声があったはずなのに――


テーブルの端に座るブランシュは、いつの間にかアンジェリーナをじっと見つめていた。

動かず、声もなく、氷のような青い瞳で。


アンジェリーナは一瞬だけ視線を逸らす。


「……何かしら?」

丁寧な微笑みで問いかける。


ブランシュはゆっくりと立ち上がる。

二歩進み、視線を逸らさない。


「……少し、確かめたいことがあるだけ……」


沈黙が落ちた。

その声は柔らかい。だが、抗えない確信を帯びていた。


エリーが眉をひそめる。


「……何を?」


ブランシュは答えない。


ルナが楽しそうにアンジェリーナを見る。


「あらあら~、アンジーちゃん。

もう敵ができちゃったみたい」


アンジェリーナは小さく笑う。


「敵? ふふ……

いいえ。ただの、好奇心よ……」


彼女は優雅に立ち上がり、金髪を整える。


「いいわ。

確かめたいなら……方法は一つしかないでしょう?」


ブランシュは静かに頷く。


「ええ。

――戦いで」


「ちょ、待て!?」

エリーが声を上げる。


「はぁ……やめてくれ。

また床を壊す気か……」


アーリャは腕を組み、ため息をつく。


「若者というのは、考える前に誇りを量りたがるものだ」


「私は誇りで動いていない……」

ブランシュは冷たく言う。

「ただ……知りたいだけ」


「へぇ?」

アンジェリーナが軽く首を傾ける。

「じゃあ、その冷たい目は何?」


「……あなたが、何者なのかを知るため」


ざわめきが走る。

ルナでさえ、笑みを消した。


アンジェリーナは一歩近づき、距離を詰める。

瞳が、楽しげに光る。


「……“誰”じゃなくて?」


「違う」

ブランシュはゆっくりと言った。

「――“何”か、よ」


ルナが俺に小さく手を振る。


「ねえ、あなたの友達……

いつもこんなに怖いの?」


「……お前もな」

俺は低く返した。


アーリャは深く息を吐く。


「ここは宿だ。戦場ではない」


アンジェリーナは指を一本立てる。


「ほんのデモンストレーションよ、霧の暗殺者さん」


彼女が数歩下がると、

空気がわずかに震えた――魔力の波動。


ブランシュは動かない。


白銀の光が彼女を包む。

澄み切った、結晶のようなオーラ。


アンジェリーナが目を見開いた。


「……見事ね。制御が完璧。

あなた……王女でしょう?」


「ええ」

ブランシュは答える。

「伝説の《エーテル王国》の王女、ブランシュ」


「まあ!」

アンジェリーナが楽しげに声を上げる。

「あの吹雪の王国……これは面白いわ」


彼女は腰に手を添え、微笑む。


「最高の訓練相手を見つけたみたい」


「訓練ではない……」

ブランシュの声は氷のようだった。

「……確かめるだけ」


アンジェリーナは低く笑う。


「そういうところが……可愛いのよ」


「褒めてない」


俺は勢いよく立ち上がる。


「ストップ!

お前ら二人とも!

さっきまでテロから生き延びたばかりだろ!」


「本当よ!」

エリーも続く。


だが、二人は動かない。

視線だけで、火花を散らしている。


アーリャは諦めたように言った。


「……止めても無駄だ。

これは力の勝負じゃない。

――理解のための戦いだ」


アンバーは黙って見つめ、

ヴァイオレットは顔を背け、

エステルは不安と憧れの入り混じった目で見守る。


フードの女が、低く呟いた。


「……嫌な予感しかしない」


俺は顔を覆った。


「……床、壊したら、俺は出てくからな」


沈黙。


二つのオーラが、ぶつかり始める。

氷のように白い――エーテルの王女。

灼熱の紫――アンジェリーナ。


――決闘の幕が、上がった。

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