チャプター58 ― 『霧の中の影』
「ふんっ、マスター・ダルテン、ずいぶんと動きが鈍くなったな……」と、冷たくも確信に満ちた声が響いた。
その男は口を半開きにし、信じられないという表情を浮かべた。
拳を握り締めるが、驚きを隠すことはできない。
アンバーも、ブランシュも、フードの女も、そして僕も警戒を緩めない。
しかし、戦闘開始以来初めて、戦局が完全に傾いたことを直感的に理解した。
僕は周囲を見渡す。
黒いマントとフードに身を包んだ、思いもよらぬ存在がそこに立っていた。
空気そのものが重くなったように感じる。
これ以上、この戦いは以前と同じではない、と理解した瞬間だった。
暗いフードの男はオダチを地面に突き立てた。乾いた音と同時に、周囲に強烈な風が巻き起こる。
その衝撃で、僕はオダチを握り締めなければ飛ばされそうになる。
濃霧に覆われていた広場はゆっくりと晴れ、白い煙のような渦が空中に消えていく。
パニックで凍り付いていた通行人たちも、ようやく現実に戻り、まるで悪夢から目覚めたかのように瞬きをする。
アンバーは炎の剣を握り、視線はまだ残る敵の影に釘付けだ。
ブランシュとフードの女も身を構え、すべてに備える。
かつて僕たちを閉じ込めていた霧はもはやなく、しかし空気は張り詰め、風の一吹きごとに危険を思い出させる。
僕は背筋を伸ばし、オダチを握ったまま、フードの男を見据える。
その目はフードの影に隠れているが、すべてを変えた存在であることを理解していた。
フードの男はわずかに背を伸ばし、刃を地面に突き立てたまま、冷たくも落ち着いた声で巨大な男に告げる。
「遅すぎるぞ、ダルテン。」
ダルテンは瞬きをし、思わず吐き捨てるように言った。
「ちっ… 暗殺者マスター・アーリャ…」
僕の心臓は一瞬止まった。
僕は一歩後退し、黒いフードの影から現れたその巨大な存在から目を逸らせなかった。
アーリャ… 何年も噂されてきた影。
霧の暗殺者。
誰もが恐れるとされる存在。
冷酷な伝説に震えた勇者たちさえ、彼の名を聞くだけで凍りつく。
ブランシュは軽く眉をひそめ、アンバーは炎の剣を握り締める。
フードの女もまっすぐに構え、集中を解かない。
霧が消えたとはいえ、緊張はその場に張り付いたままだ。
ダルテンは顔色を失い、筋肉を硬直させ、今まさに人生がひっくり返ったことを理解している。
張り詰めた緊張の中で、アーリャの存在は圧倒的だった。
これまで読んだこと、聞いたことすべてが現実のものとなり、僕は黙ったまま、驚愕とともに心の中で呟く。
「本物だ… アーリャは本当に存在する。」
ダルテンとその部下たちは音を立てず、霧の残りの中に消えていく。
残されたのは、重く張り詰めた静寂だけだった。
アーリャはフードをわずかに下ろし、経験に刻まれた険しい顔を現す。
微かに、しかし尊敬を伴う仕草で、僕たちに向かって一礼した。
「エンジェル… 皆、警戒を怠るな。」
その声は低く、広場に残る霧の残りの中で異様なほど響く。
ちょうどそのとき、エリー、ヴァイオレット、エスターが到着し、息を切らしつつも構える。
視線はアーリャと、ダルテンが消えた場所を交互に追う。
彼らもまた、目の前の光景がどれほどのものか理解していた。
アーリャは刃を掲げ、光を受けて金属の輝きを放つ。
「この瞬間を忘れるな。本当の危険は、今から始まる。」
グループ全員が震えを感じ、この場面がこれまで知っていた世界、そしてこの街のすべてを変えることを無言で理解した。
アーリャはゆっくりとフードを外し、ついに顔を現す。
時を刻んだ険しい顔、整えられた顎髭、しかし意外なほど天使のような美しさを持つ。
白髪交じりのブロンドの髪が額を囲み、細い傷跡が横切る。
その紫の瞳は鋭く、深く、僕の心を探るかのようだ。
威厳と優しさを併せ持ち、彼が下したすべての決断、関わったすべての命が、この威圧と保護のオーラを作り上げている。
彼は微かな笑みを浮かべ、落ち着いた声で言った。
「よく戦ったな… そして耐え抜いた。しかし覚えておけ… これは序章に過ぎない。」
残るメンバー、エリー、ヴァイオレット、エスター、ブランシュ、アンバーも、僕と同じく圧倒され、アーリャの存在感に息を飲む。
フードの女は深く一礼する。
儀式のような敬意を示し、青い瞳でアーリャを見つめる。
「アーリャ…」と、かすかに、かすかに呟く。
アーリャは彼女を一瞥し、興味深げに表情を固め、軽く頷く。
「礼を言う」と穏やかに言うが、彼女の正確な記憶はない様子。
それでも、経験と誇りが二人の間に無言の絆を築くかのように、礼を返す。
僕たち残りの者は、その形式的で静かな緊張に、ただ息を呑むばかりだった。
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王宮の大広間。
夕日が海に反射して柔らかな光を室内に満たす中、腰まで届く長い銀白の髪を揺らすヴァルダ王女が、大きな窓際に立っていた。
入り口に控える衛兵たちの鎧が触れ合う音と、波の規則的な音が重なり、静謐な緊張感を生む。
「将軍リヴェン、報告を。すぐに。」
ヴァルダの声は落ち着いているが、氷のように冷たかった。
将軍リヴェンは、年輪を刻んだ顔の逞しい男で、一歩前に進むと巻かれた羊皮紙を広げ、重々しい声で読み上げる。
「陛下…… 本日午後、ヴォルタ中心部にて敵の襲撃がありました。敵の指揮官はマスター・ダルテンと特定されました。かつて解散した組織の元メンバーです。彼らは十名。目的は、陛下ご存知のエンジェルを捕らえることでした。」
ヴァルダは拳を握る。瞳に一瞬の不安が走る。
「エンジェル… また標的にされて… 続けて。」
「彼らは赤い円盤型のアーティファクトを使用しました。我らの魔導師の報告によれば、古代の戦争用具であり、広範囲に渡る動きを隠す濃霧を発生させることができます。」
将軍は短く息をつき、さらに続ける。
「エンジェルは単独ではありませんでした。同行者は女性四名、そして顔を覆った未知の女性一名です。さらに…ピュラ王国のアンバー王女も介入し、援護しました。そして最後に、年配の男性、卓越した力を持つ人物が加わり、敵を撃退しました。」
「年配の男性…?」
「はい、陛下。目撃者によると、伝説の暗殺者マスター・アーリャ、『霧の中の影』と呼ばれた者かもしれません。」
ヴァルダはゆっくりと窓の方へ視線を移す。穏やかな海を前に、彼女の表情はどこか遠くを見つめていた。
「アーリャ… つまり、あの人まで…」
沈黙が広間を包む。
将軍リヴェンは命令を待つが、ヴァルダは柔らかく、かすかにささやいた。
「私の可愛いエンジェル… 何度まで、あなたを奪おうとする者たちから救わねばならないのかしら…」
彼女は振り返り、白い銀色の光沢を持つ衣装を優雅に揺らしながら立つ。
「アルビオンの騎士団を準備せよ。もし一度目の襲撃があったのなら、必ず次もある。この次は、私自身が備える。」
リヴェンは深く一礼した。
「承知しました、王女陛下。」
将軍が広間を去ると、海風がカーテンを揺らし、ヴァルダの銀色の髪を夕日の光の中で踊らせた。




