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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
黒猫と三人の子ども

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少年のもう一つの顔


その小さな黒い身体には、まだ傷が残っている。

けれど、もう逃げる様子はなかった。

黒猫は、フィオナの足元でじっとしていた。


先ほどまであれほど警戒していたのが嘘のようだ。


フィオナがそっと背中を撫でると、黒猫は目を細めて気持ちよさそうに喉を鳴らした。


「よかった」


フィオナが嬉しそうに笑う。


私はしゃがんだまま、猫の前足を見つめた。

白い毛には、まだ血がついている。


「この子、どうしましょう」


「ケガを治してあげないとね」


リクが答える。


「でも、飼い主がいるかもしれないわ」


「うーん。首輪はないみたいだよ」


フィオナが猫の首元を覗き込む。


確かに、首輪はついていない。


私は少し考えた。


このまま放っておくわけにはいかない。

かといって、誰かに任せてしまうのも気が引ける。ならば…


「私が引き取るわ」


「え?」


フィオナが顔を上げる。


「この子を?」


「ええ。まずはケガを治して、それから飼い主がいないか探しましょう。もし見つからなかったら……」


私は猫の頭をそっと撫でた。


「私が飼う」


猫は嫌がることなく、私の指先に鼻を寄せた。


「いいの?」


「ええ」


フィオナが嬉しそうに笑った。


「よかったね」


猫の耳がぴくりと動く。


「でも、名前がないわね」


「名前?」


「そう。呼ぶときに困るでしょう?」


私は猫を見つめた。

真っ黒な毛並みに、左前足だけが白い。


「黒いから……」


そこでリクが口を開く。


「ネロ、っていうのは?」


「ネロ?」


「うん。短くて呼びやすいし」


私はその名前を口の中で転がしてみた。


「ネロ」


黒猫が顔を上げる。


「気に入ったのかしら?」


フィオナが笑う。


私はもう一度猫の頭を撫でた。


「今日からあなたは、ネロよ」


「にゃあ」


返事をするように、ネロが小さく鳴いた。


「ふふっ」


フィオナが笑う。



そのときだった。



「殿下!」



突然、路地の向こうから声が響いた。


私たちは一斉に振り返る。


慌てた様子でこちらへ駆け寄ってくる少年がいる。

年は私たちより少し上みたいだ。


そして、私たちの前まで来ると、リクの姿を確認して深く頭を下げた。


「ご無事でしたか、殿下」


「……アルベルト」


リクが小さく呟く。


私は瞬きをした。


「殿下……?」


フィオナも同じように首を傾げている。


アルベルトと呼ばれた少年が、しまったという顔をした。


けれど、もう遅い。


リクは小さく息を吐いた。


「……うん。そういうこと」


「どういうこと?」


フィオナが尋ねる。


私は目の前の少年を見つめた。


さっきまで私と一緒に猫を追いかけていた少年。

育ちの良さを感じる少年だと思っていたが、王太子殿下だったとは…。


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