少年
さっきまで逃げようとしていた猫は、少しだけこちらを気にしながら路地の奥で立ち止まっている。
「…分かったわ、待ってみましょう」
私は小さく息を吐き、少年の隣にしゃがむ。
祭りの喧騒が、少し遠くに聞こえる。
しばらくの間、私たちは何も言わずに猫を見つめていた。
猫はこちらの様子を窺っている。
「戻ってこないわよ」
「まだ警戒してるんだと思う」
少年は小声で答えた。
「あなた、猫に詳しいのね」
「そうでもないよ。猫を飼ってる知り合いがいて、猫の話ばかりするから。嫌でも覚えるんだ」
「そうなのね。その人は猫が大好きなのね」
私はもう一度、黒猫を見る。
左前足を庇っている姿が痛々しい。
「早くケガを見てあげたいのに」
「焦ると、また逃げるよ」
「分かってるわ」
そう答えながらも、私は落ち着かなかった。
すると、隣の少年が小さく笑った。
「君って、結構せっかちなんだな」
「なっ……!」
私は思わず少年を見る。
「せっかちじゃないわ。ケガをしているから心配しているだけよ」
「同じようなものじゃない?」
「全然違うわ」
少年は声を上げて笑った。
私は少しむっとしたけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
初めて会ったばかりなのに、妙に話しやすい。
「ところで、あなたのお名前は?」
私は少年に向き直った。
少年が一瞬だけ黙り、ほんの少しだけ考えるような顔をする。
「……リク」
「リク?」
「うん。リク」
それだけ答えると、少年は何事もなかったように猫へ視線を戻した。
「リクね。私はリリアーナ」
「リリアーナ?」
「そう。長いでしょう?」
「うん」
「だから、みんなにはリアって呼ばれているわ」
「リア…」
少年ーーリクが、私の名前を確かめるように呟いた。
「じゃあ、僕もリアって呼んでいい?」
「いいわよ」
なぜだか、少しだけ嬉しかった。
そのときだった。
「ねえ、なにしてるの?」
突然、背後から声がした。




