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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
目覚めた光、揺らぐ影

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変わりゆく日常


翌日。


青葉舎の教室には、昨日とは違う空気が漂っていた。

授業が始まる前から、あちこちで小さな声が交わされている。


「昨日のこと、聞いた?」


「うん。森で光が出たって……」


「フィオナさんが出したんでしょう?」


「じゃあフィオナさんは聖女なの?」


名前を呼ばれるたび、フィオナの肩が小さく揺れた。


聞こえないふりをして席につき、机の上に教科書を並べる。

昨日までなら、誰かと目が合えば自然に笑えた。

けれど今日は、どこへ行っても視線を感じる。


好奇心。

戸惑い。

そして、自分でも気づかないうちに向けられる期待。


「……どうして」


フィオナは小さく呟いた。

自分には何も分からない。

エルナを助けたかった。

ただ、それだけだった。


あの時、胸の奥から何かが溢れた。淡い光がエルナを包み、落下の勢いを和らげた。


それが何だったのか。

なぜ自分にできたのか。

考えても答えは出なかった。


「フィオナ」


不意に声をかけられ、顔を上げる。

そこには昨日一緒にいたノアが立っていた。


「昨日のこと……大丈夫?」


「うん。私は大丈夫だよ」


そう答えてから、フィオナは少しだけ笑った。


「エルナは?」


「今日は休んでるけど、大きな怪我はないって」


「よかった……」


それだけは、心から安心できた。


けれど。


ノアが離れていくと、また周囲の視線が戻ってくる。

フィオナは窓の外を見た。


白銀舎の校舎は、ここからは見えない。

リア様は、どうしているだろう。

きっと昨日のことを聞いたはずだ。

リア様に会って話したい。そう思っても気軽に白銀舎には行けないーー。



一方、白銀舎でも昨日の出来事は噂になっていた。


リリアーナは授業を受けながら、何度も窓の外へ目を向けた。


フィオナは大丈夫だろうか。


昨日の出来事を怖がっていないだろうか。

周囲から何を言われているのだろう。

考え始めると、授業の内容が頭に入ってこない。


けれど、今の自分にできることは少ない。


そもそも、今はまだ何も決まっていないのだ。

聖女だと正式に認められたわけでもない。

だからこそ、下手に動くべきではなかった。


それでも。


「……大丈夫かしら」


思わず口から漏れた言葉に、自分で苦笑する。


心配しているのに、会いに行くことすらできない。

もどかしさだけが残った。



放課後。


リリアーナは白銀舎の談話室にいた。


以前、セドリックに呼び出された時にも使った場所だ。


ほどなくして、扉が開く。


「待たせたな」


「ううん。私も今来たところです」


セドリックはリリアーナの向かいに腰を下ろした。


「フィオナのこと、何か聞きました?」


「少しだけ。青葉舎では、昨日の話で持ちきりだったらしい」


「やっぱり……」


リリアーナは俯いた。


「君は、フィオナを守りたいんだな」


「……友達だもの」


リリアーナは小さく答えた。


「聖女かもしれないから心配しているわけじゃない。フィオナだから心配なの」


その言葉に、セドリックの表情がわずかに和らいだ。


「なら、まずはいつも通りに接することだ」


「いつも通り?」


「聖女かもしれないという噂が広がっても、君までフィオナを特別扱いしない。フィオナが戻れる場所を、変えずに残しておくんだ」


リリアーナは顔を上げた。


「戻れる場所……」


「ああ。周囲の人間が皆、フィオナを噂や期待の中で見るようになったとしても、君だけは彼女を彼女として見る。それだけでも、支えになると思う」


「セドリック様……」


「僕は間違っているかもしれないが」


「ううん。たぶん、それが一番いいわ」


リリアーナは少しだけ笑った。


セドリックはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。


「……実は、僕も少し気になることがある」


「何?」


「今朝、父上から呼び出しがあった」


リリアーナは顔を上げた。


「国王陛下から?」


「ああ。昨日の件について、今晩話があるらしい」


「何を言われるのかしら」


「僕にも分からない。ただ、父上がわざわざ僕を呼ぶということは、何か動きがあるのだと思う」


「聖女について?」


「おそらくは」


セドリックは一度言葉を切った。


「だが、父上が何を考えているのかまでは、まだ読めない」


「あなたでも?」


「父上は、国王として話す時と、父親として話す時で、雰囲気がまるで違うからな」


リリアーナは少し驚いたように目を瞬いた。


「国王陛下にも、そういうところがあるのね」


「あるさ。僕が幼い頃は、剣の稽古で失敗すると厳しく叱られた。だが、その日の夜には必ず部屋へ来て、どこが悪かったのかを一緒に考えてくれた」


「意外だわ」


「そうか?」


「もっと、何でも一人で決めてしまう方なのかと思っていたわ」


「実際、決めてしまうことも多い。だが、僕に何も知らせずに話を進める人ではない」


「それなら、今回もあなたに何かを伝えるつもりなのかしら」


「そうだと思いたい」


セドリックは立ち上がった。


「そろそろ行ってくる」


「待って」


リリアーナも立ち上がりかけたが、すぐに椅子へ戻った。


「……気をつけてね」


「ああ」


「もし、フィオナに関わる話だったら、できるだけ詳しく教えてください」


「分かった。ただし、まだ何も決まっていないことまで、君を不安にさせるような形で伝えるつもりはない」


「それでも、知っておきたいの」


「リリアーナ」


「フィオナのことを、何も知らないまま待っているのは嫌なのよ」


セドリックはしばらく彼女を見つめた。


「君は本当に、フィオナのことを大切に思っているんだな」


「ええ。だから、できることがあるならしたい」


「なら、僕もできる限り動く」


「本当に?」


「ああ。王宮で何を聞かされるかは分からないが、フィオナを置き去りにするような話にならないようにする」


リリアーナは不安そうに眉を寄せた。


「あなた一人で大丈夫?」


「心配してくれるのか?」


「当然でしょう」


「それなら、戻ってきた時に笑って迎えてくれ」


「そんな約束、今するの?」


「約束があれば、戻る理由になる」


セドリックは冗談めかして言ったが、その目は真剣だった。


リリアーナは少しだけ目を伏せ、それから微笑んだ。


「分かったわ。ちゃんと笑って迎えます」


「頼んだ」


扉の前で、セドリックが振り返る。


「リア」


「何?」


「フィオナのことは…心配しすぎるな」


「無理よ」


即答すると、セドリックはわずかに目を見開いた。


「無理?」


「だって、心配するなと言われて、心配しないでいられるほど器用じゃないもの」


セドリックは小さく笑った。


「そうだったな。それがリアだ」


セドリックはそう言って、談話室を出ていった。


扉が閉まる。


一人になった談話室で、リリアーナは静かに息を吐いた。


窓の外には、夕暮れの空が広がっている。


リリアーナは胸の奥に残る不安を抱えたまま、夕暮れの空を見つめていた。


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