↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
目覚めた光、揺らぐ影

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/51

動き始めた歯車


その日の午後


王宮に、一通の報告書が届けられた。


王立学園の校外授業中に起きた事故について。

生徒が斜面から落下した際、フィオナが淡い光を発生させ、その落下の勢いを弱めたこと。

そして、その力によって生徒が大きな怪我を免れたこと。


報告書に目を通した国王は、しばらく何も言わなかった。


「……聖女の泉が光ったという報告の直後に、これか」


「はい」


側に控えていた者が答える。


「発現した力については、複数の生徒と教師が確認しております」


「本人は?」


「突然のことで、自分が何をしたのか理解していないようです。ただ、友人を助けたいという強い思いがあったと」


国王は報告書を閉じた。


「聖女の力は、本人の意思だけで発現するとは限らない。危機に際して、無意識に力を引き出すこともある」


「では……」


「まだ正式な認定はできん」


そう言いながらも、国王の表情は険しい。


聖女の泉が光った。そして今度は、その泉に選ばれた少女自身が力を発現させた。


偶然と片付けるには、重なりすぎている。


「神殿へも伝えよ」


「すでに報告は届いております」


「そうか」


国王は少し考え、それから静かに続けた。


「……それとは別に、アシュフォード公爵家にも伝えるように」


「承知いたしました」


側近が頭を下げる。


「神殿にいる者を、アシュフォード家に向かわせろ」


「例の者を?」


「そうだ」


国王は短く答えた。

その言葉に、側近はそれ以上何も尋ねなかった。



*



同じ頃。


神殿でも、フィオナの力の発現について報告が行われていた。


「……やはり、そういうことなのか」


報告を受けた神官は、深く息を吐いた。


「泉が光っただけなら、まだ判断はできなかった。しかし本人から力が発現したとなれば……」


「聖女である可能性は?」


「極めて高い」


神官は静かに答えた。

けれど、すぐに喜ぶような様子はなかった。


聖女が現れることは、神殿にとって大きな意味を持つ。

同時に、それは一人の少女の人生が大きく変わることでもある。


「王宮からの指示は?」


「すでに届いています」


「……そうか」


神官は一枚の書状を取り出した。

そこには短い指示だけが記されていた。


ーーアシュフォード公爵家へ報告せよ。


「分かった」


神官は書状をしまうと、一人の男を呼んだ。


「頼めるか」


「はい」


呼ばれた男は、神官服の裾を整えた。


表向きは神殿に仕える一人の神官。けれど、その男には別の役目がある。


王宮から密かに情報を受け取り、必要な報告を届ける者。

その存在を知る者は、神殿の中でも限られていた。


「アシュフォード公爵家へ向かえ」


「承知しました」


「今回の件を伝えるだけでいい。余計なことは話すな」


「はい」


男は一礼し、神殿を後にした。



*


 

数時間後。


アシュフォード公爵家の応接間。


リリアーナは両親とともに、突然の来客を迎えていた。


「失礼いたします」


入ってきたのは、一人の神官だった。

けれど、その姿を見た瞬間、リリアーナはわずかに眉を寄せた。


普通の神官とは、どこか雰囲気が違う。神殿の人間でありながら、神殿だけに仕えているようには見えなかった。


「王宮より参りました」


男は一礼した。


「本日、王立学園で起きた件について、ご報告するよう命を受けております」


父が静かに頷く。


「聞かせてください」


「青葉舎第3学年の校外授業中、生徒が斜面から落下する事故がありました」


リリアーナの胸がざわついた。


青葉舎。

その言葉を聞いただけで、一人の少女の顔が浮かぶ。


「……フィオナ?」


思わず口にすると、神官はリリアーナへ視線を向けた。


「はい」


やはり。

リリアーナは息を呑んだ。


「フィオナ嬢は、落下した生徒を助けようとした際、淡い光を発生させました」


「……光?」


母が小さく呟く。


「その力によって落下の勢いが弱まり、生徒は大きな怪我を負わずに済んだとのことです」


父が尋ねる。


「フィオナさん自身は無事なのか?」


「はい。身体に異常はありません」


リリアーナは胸を撫で下ろした。

まずは、それだけでよかった。


けれどーー。


「フィオナさん本人に、力を使った自覚は?」


「力を使ったという自覚はないようです。ただ、友人を助けたいという一心だったと」


「王宮では、この件をどうお考えなのですか?」


神官は一瞬だけ間を置いた。


「正式な認定には、まだ時間が必要です。しかし……」


静かに言葉を続ける。


「聖女の泉が光ったこと。そして今回、フィオナ嬢自身から力が発現したこと。その二つを合わせれば、聖女である可能性は極めて高いと考えられています」


部屋が静まり返った。

リリアーナは膝の上で手を握る。


聖女。


その言葉が、とうとう現実のものとして目の前に現れた。


フィオナは何も知らない。


きっと今も、自分の身に何が起きたのか分からず、不安になっているだろう。


それなのに。

世界はもう、彼女を「フィオナ」だけでは見なくなっていく。


「……これから、フィオナはどうなるのでしょう」


リリアーナの声は、自分でも分かるほど小さかった。


神官は答える。


「それは、まだ決まっておりません」


「……そう」


少しだけ、息が楽になる。

まだ決まっていない。

ならば、今はまだフィオナはフィオナだ。


けれど同時に、別の思いも胸の中に生まれていた。


ーーもう一度、あの老人に会わなければ。


なぜ、あの人は知っていたのだろう。

なぜ、聖女が現れたら来いと言ったのだろう。


まるで今日という日が来ることを、ずっと前から知っていたかのように。


「リリアーナ」


父の声で、我に返る。


「……はい」


私は顔を上げた。


今すぐ領地へ戻るわけにはいかない。

冬休みになったら、もう一度あの老人を訪ねよう。


あの人なら、何かを知っている。

そんな確信だけが、胸の奥に残っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。