領地の記憶
翌朝。
「お嬢様、本日も書庫へ行かれますか?」
朝食を終えたリリアーナに、アデルが尋ねた。
「ええ。昨日の続きを見たいわ」
「かしこまりました」
二人は古い書庫へ向かった。
執事から借りた鍵を使い、扉を開ける。
「昨日より、少し慣れましたね」
「そう?」
「はい。昨日は入った瞬間、少し驚いていらっしゃいましたから」
「だって、あんなに本があるとは思わなかったもの」
リリアーナは笑いながら書庫へ入った。
昨日とは別の棚から本を取り出し、ページをめくっていく。
古い領地記録。
歴代当主の手記。
領地で起きた出来事をまとめた記録。
どれも長い年月をかけて残されてきたものだった。
「お嬢様、こちらはいかがですか?」
アデルが一冊の分厚い本を持ってくる。
「何の本?」
「領地の記録、と書かれています」
「ありがとう」
リリアーナは本を受け取り、ページを開いた。
昔の領地の様子が、細かく記録されている。
「……森が、今よりずっと広かったみたい」
「そうなんですね」
「ええ。それに、昔は森の中に道もあったみたい」
ページの端には、簡単な地図も描かれていた。
「この道……昨日見た地図にもあったわ」
「では、昔からある道なのですね」
「そうみたい」
リリアーナは地図を眺めた。
森の奥へ続いている、現在では使われていない道。
「今も残っているのかしら」
「どうでしょう」
「少し気になるわね」
そう言いながら、リリアーナは地図を閉じた。
その後も二人で調べ続けたが、探している情報はなかなか見つからなかった。
「……やっぱり、書物だけでは難しいわね」
リリアーナが呟く。
「何か探していらっしゃるものがあるんですよね?」
「ええ」
「でしたら、昔からこの領地にいる方に聞いてみるのはいかがでしょう?」
「昔から?」
「はい。長くこの屋敷に仕えている方なら、古い話をご存じかもしれません」
「それはいい考えね」
リリアーナは頷いた。
「誰か詳しい人を知っている?」
「そうですね……」
アデルが少し考えた。
「マルタさんなら、昔のことをよくご存じかもしれません」
「マルタ?」
「はい。長くこの屋敷に仕えている方です」
「それなら、話を聞いてみましょう」
「今、お伺いしてみますか?」
「お願い」
二人は書庫を出ると、使用人たちが働いている場所へ向かった。
しばらくすると、廊下の向こうから一人の年配の女性が歩いてくる。
「あ、マルタさん」
アデルが声をかけた。
女性は足を止め、リリアーナを見るとすぐに頭を下げた。
「まあ、お嬢様。こんにちは」
「こんにちは、マルタ」
「書庫へ行かれていたのですか?」
「ええ。ちょっと昔のことを調べているの」
「昔のこと……ですか?」
「アシュフォード家のことを、もう少し知りたくて」
リリアーナがそう言うと、マルタは嬉しそうに微笑んだ。
「まあ。お嬢様がそんなことに興味を持たれるなんて」
「変かしら?」
「いいえ、とても素敵なことだと思いますよ」
「それでね。昔の領地について詳しい人がいないかと思って」
マルタは少し考えた。
「昔の領地、ですか……」
「何か知っている?」
「私もすべてを知っているわけではありませんけれど……」
マルタは懐かしそうに目を細めた。
「私が小さい頃から、この辺りには変わらないものがいくつかありましたね」
「例えば?」
「森ですとか、古い道ですとか」
「古い道?」
リリアーナの目が少し輝く。
「ええ。昔は森の奥まで続く道があったんですよ」
「今もあるの?」
「道自体は残っているかもしれません。ただ、今はほとんど使われていないと思います」
「そう……」
昨日、古い地図で見つけた道と同じかもしれない。
「ほかには何かない?」
「そうですね……」
マルタはしばらく考え込んだ。
「そういえば、領地の外れに住んでいるおじいさんがいますよ」
「おじいさん?」
「はい。私が子供の頃から、ずっとあちらに住んでいます」
「そんな人がいるの?」
「ええ。屋敷からも少し離れていますから、若い使用人たちはあまり知らないかもしれませんね」
「どんな人なの?」
「昔の領地のことを、よく知っている方ですよ」
マルタはそう言って、少し笑った。
「私が子供の頃にも、よく昔の話をしてくれました」
「それなら、その人に話を聞けば何か分かるかもしれないわね」
「そうかもしれません」
「どこに住んでいるの?」
「領地の外れです。森へ向かう道の途中に、小さな家があります」
「森の近く……」
リリアーナは、昨日見た古い地図を思い出した。
「その場所、案内してもらえる?」
「もちろんです。場所をお伝えすることはできますよ」
マルタは頷いた。
「ただ……」
「ただ?」
「少し変わった方なので、驚かれないでくださいね」
「変わった人?」
「ええ」
マルタはくすりと笑った。
「昔から、あまり人付き合いがお好きではない方でしたから」
「なるほど……」
リリアーナは少し考える。
書庫で古い記録を探すだけでは、分からないこともある。
ならば、一度くらい話を聞いてみてもいいかもしれない。
「分かったわ。ありがとう、マルタ」
「いえいえ。お役に立てたなら何よりです」
マルタと別れたあと、リリアーナはアデルを見る。
「どう思う?」
「昔の領地をご存じなら、いろいろなお話を聞けるかもしれませんね」
「そうよね」
「お会いになるおつもりですか?」
「ええ。せっかく領地に帰ってきたんだもの」
リリアーナは窓の外へ目を向けた。
遠くに、深い森が見える。
その向こうに、その老人は暮らしているらしい。
「明日、行ってみましょう」
「かしこまりました」
アデルが頷く。
二人はそのまま廊下を歩き出した。




