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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
それぞれの役割

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影守


王宮から戻った、その日の夜。


夕食を終えたリリアーナは、父の執務室へ向かった。


そこには母もいた。

二人とも、いつになく真剣な表情をしている。


「どうしたの?」


リリアーナが椅子に腰を下ろすと、母は隣に座った。


「今日、私たちは王宮へ呼ばれていたの」


「王宮に?」


「ええ」


父が静かに口を開く。


「神殿から、ある報告があった」


「神殿……?」


「聖女の泉が、光ったそうだ」


リリアーナは目を瞬いた。


「聖女の泉が…。それってフィオナと関係してる?」


リリアーナは思わず身を乗り出した。


「先日の合同授業で神殿に行ったときでしょう?フィオナが聖女の泉を覗いたら、泉が光ったの。私、その光を見たよ!」


「……その場にお前も居合わせたのか。ああ、そのことだ」


父は静かに頷いた。


「神殿から王宮へ報告があった。泉が光ったのは、フィオナ嬢が泉を覗き込んだときだったと」



「……!」


やはり。

リリアーナは息を呑んだ。


「じゃあ、フィオナが……?」


「まだ聖女だと決まったわけではない」


父がすぐに言葉を挟む。


「だが、神殿は今回の現象を非常に重く見ている。だから王宮にも報告が届いた」


「そう……」


リリアーナは膝の上で手を握った。


フィオナが聖女。


その言葉は、どこか現実味がなかった。


「それで……私に話があるの?」


両親は顔を見合わせた後、父が頷く。


「リア。アシュフォード家には、代々受け継がれている役目がある」


「役目?」


「影守という役目だ」


初めて聞く言葉だった。


「影守……?」


「聖女が現れたとき、その聖女を守り、導く者。そして、聖女の力を見守る者だ」


リリアーナは黙って聞いていた。


「聖女の力は、聖女自身の力だけではない」


父の声が少し低くなる。


「世界の力を借りて、奇跡を起こすんだ」


「世界の……力?」


「そう。その力を大きく使えば使うほど、世界のどこかに歪みが生じる」


リリアーナは眉を寄せた。


「歪み……?」


「季節の巡りが乱れたり、土地に異変が起きたり…形はさまざまだ。だから影守は、その歪みを見つけ、必要なら聖女の力を止める」


「止める……?」


その言葉に、リリアーナは少しだけ引っかかった。


「どうやって?」


「それは……」


父が言葉を止め、母も俯いた。

ほんの数秒。けれど、その沈黙が妙に長く感じられた。


「……ただ祈りを止める、という意味ではないの」


母が静かに言った。


「聖女自身を止めなければならないこともある」


「……聖女を?」


「ええ」


母の声には、わずかな震えがあった。


「それ以上は、今はまだ知らなくていい」


リリアーナは何も言えなかった。

聖女を守る。

そのための影守。

それなのに、聖女自身を止めることもある。


その二つは、どうしても同じ役目には思えなかった。


「それと……もう一つ」


父が続ける。


「影守になる者は、聖女が現れたときに、アシュフォード家の中から選ばれる」


「家族の中から?」


「ああ」


誰でもいいわけではない。

聖女と近い世代であること。

世界の歪みを感じ取る力があること。

聖女の力に耐えられること。


そして何より――聖女自身の意思を尊重できること。


それらの適性を持つ者が、影守となる。


「今のところ、その条件を最も強く満たしているのが、お前なんだ」


「……私?」


リリアーナは自分を指差した。


「だから、フィオナ嬢が正式な聖女になった場合、お前が次の影守に選ばれる可能性が高い」


胸の奥が、どくんと鳴った。


「でも……まだ決まってないんだよね?」


「ああ」


父ははっきりと答えた。


「フィオナ嬢が正式な聖女と決まったわけではない。そして、お前が正式に影守として選ばれたわけでもない」


リリアーナは少しだけ息を吐いた。


「じゃあ……私は、どうすればいいの?」


「今すぐ何かをする必要はない」


母が優しく微笑む。


「ただ、知っておいてほしかったの」


リリアーナは俯いた。

影守。

自分がそんな役目を継ぐかもしれないなんて、考えたこともなかった。


「……フィオナには、このことを話しちゃいけないの?」


母が静かに頷いた。


「ええ。聖女には、世界の歪みのことを伝えてはいけない。それも影守が守るべき秘密なの」


「どうして?」


「自分が誰かを救うたびに、世界のどこかに歪みが生まれる。そんなことを知ったら……聖女は、自分の力を使うことを恐れてしまうかもしれないから」


リリアーナはしばらく黙っていた。


「……でも」


リリアーナは少し考えてから、顔を上げた。


「聖女になったとしても、聖女の力を使わなければいいんじゃない?」


父と母が、静かにリリアーナを見る。


「そう思うのは当然だな」


父は否定しなかった。


「確かに、力を使わなければ大きな歪みが生じることはない。だがーー聖女が力を使わずに生きていくことは、現実には難しい」


「どうして?」


「聖女の力は、本人の意思だけで完全に抑えられるものではないからだ」


「……どういうこと?」


「聖女の力は、世界の均衡が大きく崩れたときにも呼び起こされる。大きな災害や、多くの命が失われるような出来事が起きたとき、聖女の力は本人の意思に関係なく現れることがある」


「自分の意思に関係なく…」


「ああ。それから、聖女が望んで力を使うこともある。誰かを救いたい、病を治したい、災害から人を守りたい。そう願ったとき、力は応える」


「……フィオナなら、そうすると思う」


父も頷く。


「そうだろうな」


「でも、それなら……力を使うたびに歪みが生まれるって分かっているなら、影守が『使うな』って止めればいいんじゃない?」


「そこが、影守の最も難しいところなんだ」


父の声が重くなる。


「聖女の力を使えば、必ず大きな歪みが生まれるわけではない。小さな力なら、世界が自然に受け止めることもある。だが、どこまでなら許されるのか、その境界は一定ではない」


「……じゃあ、使ってみないと分からないの?」


「そういうことだ」


母が静かに続ける。


「しかも、聖女自身には、その力が世界のどこから来ているのか分からない」


「……」


「だから影守が見ているの。聖女がどれほどの力を使ったのか。そして、その力によって世界のどこに歪みが生じているのか」


リリアーナは膝の上で手を握った。


「じゃあ、影守は……フィオナが力を使うたびに、ずっと見ているの?」


「そうだ」


「そして、危なくなったら止める?」


「……ああ」


父はそこで一度、言葉を切った。


「ただし、『止める』という言葉には、お前が今考えているより重い意味もある」


リリアーナの胸がざわついた。


「重い意味?」


父はすぐには答えなかった。


「……それは、いつかお前自身が影守として知ることになるかもしれない」


その言葉だけで、それ以上聞いてはいけないことなのだと分かった。


「だからこそ、聖女には教えない」


母が続ける。


「もしフィオナさんが、自分が力を使うたびに世界のどこかを傷つけていると知ったら……きっと、力を使うことを恐れるわ」


「……うん」


「でも、目の前で誰かが苦しんでいたら?」


フィオナなら、きっと助けようとする。自分が傷つくことさえ気にせずに。


「だから影守は、聖女に『力を使うな』と命じるためにいるんじゃない」


父が言った。


「聖女が自分の意思で選び、力を使えるように支える。そして、その裏で世界の歪みを見張る。それでもなお、止めなければならない時が来たならーー影守が止める」


リリアーナは、黙って父を見つめた。


守る。

導く。

そして、止める。


その三つの言葉が、今までとはまったく違う重さを持って胸に残った。


「だからこそ、影守は聖女を支えなければならないの」


リリアーナは顔を上げた。


「私に……できるかな」


父はすぐには答えなかった。


やがて、穏やかな声で言う。


「これはお前の人生だ。役目を知ったからといって、今日からその役目だけを考えて生きる必要はない」


その言葉に、リリアーナは少し驚いた。


父は続けた。


「ただ一つ覚えておいてほしい。影守にとって最も大切なのは、聖女を『聖女だから』と見ることではない」


「……」


「その人自身を見ることだ」


フィオナは大切な友達だ。

自分にとっては、聖女かどうかなんて関係ない。


「……だったら」


リリアーナは顔を上げる。


「フィオナが聖女だったとしても、私はフィオナをフィオナとして見るよ」


両親は何も言わなかった。


ただ、母が少しだけ目を細めた。


その言葉が、影守という役目に何より相応しい答えだったからーー。



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