古き役目
王室に報告書が届いた翌日。
アシュフォード公爵家に、一通の書状が届いた。
封蝋に刻まれているのは、王家の紋章。
「……王宮から?」
書状を受け取った執事が目を見開く。
それを聞いた公爵夫妻も、すぐに執務室へと向かった。
公爵が封を切り、中の文面に目を通す。
そこには、国王からの召喚命令が記されていた。
ーー王宮へ出頭せよ。
理由については、一切書かれていない。
「あなた……何か心当たりは?」
「ない」
公爵は短く答えた。
隣に立つ夫人の表情が曇る。
「まさか……リアに何かあったのでは?」
「いや。もし学園で何か問題があったのなら、先にこちらへ連絡が来るはずだ」
そう言いながらも、公爵の胸には嫌な予感が残っていた。
王家から理由のない召喚。
それだけで、ただ事ではない。
夫妻は急いで身支度を整え、王宮へ向かった。
*
王宮の謁見室。
二人が通されたとき、国王はすでに待っていた。
「急に呼び出してすまない」
「いえ。しかし、いったい何が……」
公爵が尋ねると、国王はしばらく黙った。
そして、静かに口を開く。
「神殿から報告があった」
「神殿……?」
「聖女の泉が、光ったそうだ」
夫人の目が大きく開かれる。
公爵も息を呑んだ。
「……まさか」
「まだ聖女と決まったわけではない」
国王は念を押すように言った。
「だが、今回の光は見過ごせない。百年以上、確認されていなかった現象だ。そして、その場にいた生徒の名がーーフィオナという平民だ」
「フィオナ……」
夫人が小さく呟く。
リリアーナが幼い頃から親しくしている少女だ。
公爵夫妻は顔を見合わせた。
「……聖女の件で私達が呼ばれたのですね」
公爵の問いに、国王はゆっくりと視線を向けた。
「アシュフォード家には、古くから伝わる役目があるな」
その言葉に、公爵の顔から血の気が引いた。
「……はい」
夫人も息を止める。
国王は二人の反応を見ながら言葉を続ける。
「古き役目ーー影守だ」
長い沈黙が落ちた。
影守
それは、アシュフォード家が代々受け継いできた役目。
聖女を守り、導く者。
そしてーー聖女の力を見守る者。
「聖女の力は、本人だけのものではない」
国王の声が、謁見室に響く。
「世界の力を借りて、奇跡を起こす。だが、大きな力を使えば使うほど、その力の反動として世界のどこかに歪みが生じる」
公爵は黙って頷いた。
それは、王家とアシュフォード家にだけ伝えられてきた秘密でもあった。
「だから影守は、聖女の力を監視する。そして、必要であればーーその力を止める」
夫人が唇を噛んだ。
「……暴走を、止めるために」
「ああ」
国王は頷いた。
「だが、このことを聖女本人に伝えてはならない」
「……はい。それも、アシュフォード家に代々伝わる掟です」
国王は静かに続けた。
「聖女には、聖女として生きてもらう。その裏で世界の歪みを見張る。それが影守の役目だ」
そして国王は、公爵夫妻を真っ直ぐに見つめた。
「そして今代、その役目を継ぐのはーー」
夫妻にはもう分かっていた。
「リリアーナ嬢だ」
夫人が目を伏せる。
「……はい」
「まだ、本人にはアシュフォード家の役割については伝えていないのだな」
「はい。娘はまだ、自分にどんな役目があるのか知りません」
「そうか」
国王は小さく息を吐いた。
「ならば、もう近いうちに伝えたほうがいい」
いつかは話さなければならない。
そう思いながら、今日まで先延ばしにしてきた。
まだ幼いから。
学園生活を楽しんでほしいから。
普通の少女として笑っていてほしいから。
けれどーー。
聖女の候補が現れた今、いつまでも隠しておくことはできない。
「分かりました」
公爵が深く頭を下げる。
「帰ったら、娘に話します」
「ああ」
国王は頷いた。
*
王宮から戻った馬車の中。
夫人は、窓の外を見つめたまま黙っていた。
「……あなた。リアは、どう思うでしょうか」
「それは……まだ分からない」
公爵は目を閉じる。
影守という役目は、誇り高いものだ。
けれど同時に、重い。
聖女を守るだけではない。
世界を守るために、聖女を止めなければならない時もある。
その事実を、いつか娘は知ることになる。
「……あの子には、重すぎるかもしれませんね」
公爵は答えなかった。
ただ、馬車が屋敷へ近づくにつれ、その胸に一つの決意が固まっていった。
もう、隠してはいけない。
屋敷に戻ると、庭の向こうからリリアーナの姿が見えた。
銀色の髪を揺らしながら、侍女のアデルと何か楽しそうに話している。
いつもと変わらない、何も知らない娘の姿。
夫人は思わず足を止めた。
「……リア。ごめんなさい」
その小さな呟きを、公爵は聞き逃さなかった。
今日、この子の人生は変わる。
そう思いながら、二人は娘のもとへ歩き出した。




