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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
王立学園

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32/51

神殿での出来事


ーー春。


王立学園では、新しい学年が始まっていた。


リリアーナは第3学年へ進級し、白銀舎の教室で新しい教科書を開いていた。


「もう3年生なのね」


エミリアが机に並べた教科書を見ながら呟く。


「入学したばかりだと思っていたのに、早いものね」


クラリスも頷いた。


「あと三年で卒業ですもの」


「そう考えると、少し不思議な気持ちになるわ」


リリアーナは窓の外へ目を向けた。

校庭では、新入生らしい子どもたちが教師に案内されながら歩いている。


自分たちも、二年前はあの中にいた。

そんなことを考えていると、教室の前に教師が姿を見せた。


「皆さん、今日は午後から神殿へ向かいます」


教室が少しざわめく。


「神殿?」


「何をするんですか?」


「第3学年では、毎年この時期に神殿で特別授業を行います」


教師が説明する。


「神殿の歴史や、聖女について学ぶほか、聖女の泉や神聖石を見学します。神殿内では騒がず、神官の指示に従ってください」


リリアーナは「聖女の泉」という言葉を聞いて、ふと顔を上げた。


聖女の泉ーー以前、一度だけ見たことがある。

新年の祝賀祭の日、フィオナが泉を覗き込んだ時に水面が淡く光った。

あの時、それに気づいたのはリリアーナだけだった。

フィオナ自身も、セドリックや神官も気づいていなかった。


もしかしたら見間違いかもしれない。だからこそ、リリアーナは今まで誰にも話していなかった。

あれが何だったのか、自分にも分からなかったからだ。



午後になり、第3学年の生徒たちは、教師に引率されて神殿へ向かった。


合同授業ではあるものの、白銀舎と青葉舎はそれぞれ別の列に分かれて行動していた。


白銀舎の列から少し離れたところに、青葉舎の生徒たちが並んでいる。

その中に、フィオナの姿が見えた。

ちょうどフィオナもこちらに気づいたらしく、ぱっと顔を明るくする。


リリアーナが小さく手を振ると、フィオナも嬉しそうに手を振り返した。

距離があるため、声をかけ合うことはできないが、それだけで十分だった。


フィオナの隣には、ノアとエルナもいる。


「今日は神殿なんて、ちょっと緊張するな」


ノアが辺りを見回す。


「私は楽しみ!神殿って、普段はなかなか入れないもの」


エルナは興味津々といった様子だった。


「神殿内を見学するんだよね?」


フィオナが尋ねる。


「そうみたいだね」


ノアが答える。


「私は聖女の泉や神聖石が気になるわ」


エルナは神殿に向かう馬車に目を向けた。


リリアーナは少し離れた場所から、そんな三人の様子を見つめていた。




神殿に到着すると、神官が生徒たちを迎えた。


「本日はよくいらっしゃいました。これから神殿の中をご案内します」


生徒たちは、舎ごとに分かれて神官の後について歩いていく。

白い石で造られた廊下には、聖女の歴史を描いた壁画が並んでいた。


「聖女は、古くから人々を癒し、国を守る存在として語り継がれています」


神官が説明する。


「現在、聖女は存在していません。しかし、聖女にまつわる伝承は、今も神殿で大切に守られています」


リリアーナは白銀舎の列の中で、静かに話を聞いていた。

少し離れた青葉舎の列では、フィオナが壁画を見上げている。

やがて一行は、奥の広い部屋へ案内された。


中央には、円形の泉がある。

水は澄んでいて、底まで見えるほど透明だった。


「こちらが、聖女の泉です」


神官が説明する。


「この泉は、聖女が現れた時代から残されていると伝えられています」


生徒たちは泉の周りを歩きながら、順番に水面を覗き込んでいった。


「綺麗……」


青葉舎の列から、エルナの声が聞こえる。

その隣で、フィオナも泉のそばへ歩いていった。


白銀舎の生徒たちは反対側から泉を見ている。

リリアーナはフィオナから離れた場所にいたが、泉よりフィオナのことが気になっていた。


そして、フィオナが水面を覗き込んだその瞬間。

水の底から、淡い光が浮かび上がった。


「……!」


リリアーナは息を止めた。

以前と同じだ。見間違いではなかった。


淡い光が、水面を静かに揺らしている。

その光を、フィオナのすぐそばにいた神官も見ていた。


「……!」


神官は目を見開いた。

泉に浮かぶ淡い光。

そして、泉を覗き込むフィオナ。


神官は泉とフィオナを交互に見つめた。


「これは……」


光はしばらく水面を揺らしていたが、やがて静かに消えた。


フィオナは何が起きたのか分からない様子で、周囲を見回した。


「どうしたんですか?」


神官はすぐには答えなかった。

もう一度、泉を見る。

何事もなかったかのように、水面が静かに揺れている。


そして、再びフィオナへ視線を戻した。


「……先ほど、あなたが泉を覗き込んだ時に光りました」


「私が?」


フィオナが驚く。


「はい。私がはっきりと見てました」


「でも……私は何もしていません」


「分かっています」


神官は静かに答えた。

その表情には、先ほどまでの穏やかな笑みはなかった。


「少し確認させていただいてもよろしいでしょうか」


フィオナは戸惑いながら頷いた。


「もう一度、泉を覗いていただけますか?」


「はい」


フィオナが泉の前に立ちゆっくりと水面を覗き込む。

けれど、今度は何も起こらなかった。

泉は静かに揺れているだけだった。


「……」


神官は泉を見つめ、それからフィオナを見る。

しばらく考えたあと、もう一度尋ねた。


「もう一度、お願いできますか?」


フィオナが再び泉を覗き込むが、変化はない。


「……泉が光ること自体、非常に珍しい現象です。ただ、それだけで聖女と判断することはできません」


「聖女……?」


フィオナが小さく呟く。

神官の言葉に、周囲が静かになった。


「今のは、聖女と関係があるんですか?」


ノアが尋ねる。


「可能性の一つとして考えられる、というだけです」


神官は慎重に答えた。


「昔の記録にも、聖女が現れる前に泉が光ったという記述があります。しかし、確かなことは分かっていません」


フィオナは不安そうに泉を見つめた。


「私が原因なんでしょうか……」


「まだ何も分かっていません」


神官は穏やかに答えた。


「どうか気に病まないでください」


「……はい」


フィオナは小さく頷いた。


神官は泉を見つめたあと、別の神官へ目配せをした。


「本日の出来事については、記録を残しておきましょう」


「はい」


短い会話だった。


けれど、その声は白銀舎の列にいたリリアーナの耳にも届いていた。



見学を終えると、生徒たちは舎ごとに分かれて帰りの馬車へ向かった。


白銀舎の生徒たちは白銀舎用の馬車へ、青葉舎の生徒たちは青葉舎用の馬車へ乗り込んでいく。


リリアーナは白銀舎の馬車へ向かいながら、離れた場所にいるフィオナを見た。


フィオナはノアとエルナに挟まれ、まだ少し考え込んでいるようだった。


こちらに気づいたフィオナが、遠くから小さく手を振る。

リリアーナも手を振り返した。


やがて、それぞれの馬車が別々に動き始める。

リリアーナは、今日の出来事を思い返した。


新年の祝賀祭の日、そして今日。

二度とも、フィオナが泉を覗き込んだ時に光った。


偶然とは思えなかった。

それでも、今はまだ何も分からない。

リリアーナは一人、静かに窓の外を見つめた。



そしてその日から、神殿は一人の少女ーーフィオナに少しずつ目を向け始めていた。



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