カフェ・ミモザ
夏休みに入って、数日が過ぎた。
今日は、入学してから初めて、三人で会う約束をしている。
手紙でお互いの近況を知らせることはあっても、直接話すのは久しぶりだ。
待ち合わせ場所は、昔から三人で通っているカフェ・ミモザだった。
リリアーナは馬車を降りると、懐かしい店の看板を見上げた。
淡い黄色の文字で書かれた店名は、昔と少しも変わっていない。
「久しぶりね」
扉を開けると、涼しい風とともに、ケーキの甘い香りが漂ってきた。
いつもの個室に入るとフィオナが座っている。
「リア様!」
フィオナは立ち上がると、嬉しそうに駆け寄ってきた。
「フィオナ、久しぶりね」
「はい。お久しぶりです、リア様」
二人は顔を見合わせ、同時に笑った。
「こうして会うのは、本当に久しぶりね。手紙では話していたけれど、直接会うとやっぱり嬉しいわ」
「私もです。入学してから一度もお顔を見られませんでしたもの」
「そうよね。同じ学園内だから、フィオナに会えるかと思っていたのに…。校舎も違うから、仕方がないわね」
「でも、また集まれて嬉しいです」
「ねぇ、フィオナ。青葉舎でどんな風に過ごしているか教えて」
「いいですよ!青葉舎では、ノアとエルナと一緒にいることが多いんです」
「手紙にも書いてあったわね。ノアは革製品店の息子なのでしょう?」
「はい。お父様のお店を手伝うこともあるそうです。革の種類や鞄の作り方について詳しくて、何でも知っているんですよ」
「商人の家というより、職人の家なのね」
「そうですね。ノアのお父様は、革を仕入れて、鞄や靴、手袋などを作っているそうです。ノアも将来はお店を継ぐのかな」
「素敵ね。自分の手で物を作る仕事って、格好いいわ」
リリアーナが頷くと、フィオナも嬉しそうに笑った。
「エルナは家が牧場で、馬が大好きなんです。登校前に馬の世話をしてから、学園に来ているそうです」
「乗馬の話をしたら喜びそうね。青葉舎には乗馬の授業はないの?」
「今のところないですね。白銀舎とは授業内容が少し違いますね」
「そうなのね」
「リア様は、乗馬の授業でどんなことをされたんですか?」
「最初は馬の扱い方を教わって、その後に実際に乗ったの。昔、少しだけ乗ったことがあったから、思っていたよりも早く慣れたわ」
「怖くなかったんですか?」
「少しだけね。でも、馬の背中から見る景色はとても綺麗だったわ」
リリアーナがそう話すと、フィオナは目を輝かせた。
「私もいつか乗ってみたいです」
「その時は一緒に練習しましょう」
「はい!」
二人が笑い合っていると、個室のドアが開いた。
「待たせたな」
入ってきたのはセドリックだった。
リリアーナは顔を上げると、手を振った。
「セドリック様!」
「お久しぶりです、セドリック様」
フィオナも立ち上がって頭を下げる。
「久しぶりだな、フィオナ。リアも」
「お久しぶりです。ここで会うのは、入学してから初めてですね」
「ああ。学園では会っているが、こうして三人で集まるのは久しぶりだ」
セドリックが席につくと、店員が注文を取りに来る。
三人はそれぞれ飲み物とケーキを頼み、まずは学校の話をすることにした。
「リア様は、白銀舎でどんなお友達ができたんですか?」
フィオナが尋ねる。
「芽吹きの会で仲良くなったエミリアとクラリスと休み時間にはよく一緒にいるわ」
「白銀舎は、やっぱり貴族の子が多いんですか?」
「そうね。でも、みんな同じように勉強しているから、思っていたほど堅苦しくないわよ」
フィオナはそこで、セドリックに視線を向けた。
「セドリック様は、学校ではどう過ごされているんですか?」
「僕は、ユリウスとニコラスと一緒にいることが多いな」
「乗馬の授業で会った二人ですね」
リリアーナが言うと、セドリックは頷いた。
「ああ。二人とも気さくな奴だ。ユリウス達には、リアやフィオナの事は伝えてある。昔からの友人だということを」
「私たちのことを話したんですね」
リリアーナが少し驚いたように言う。
「隠すようなことでもないだろう。この前の乗馬授業の後に伝えたんだ。クラリス嬢達と同じく、僕らの関係を知っても変な噂を立てないって信用できるから」
「二人は何て言っていました?」
「仲がいいんだな、と。ニコラスは、フィオナにもいつか会ってみたいと言っていた」
「まあ、それなら、いつかみんなで会えたら楽しそうですね」
フィオナが嬉しそうに笑う。
「ノアやエルナも一緒に誘ってもいいですか?」
「もちろんよ。エミリアやクラリスも誘えたら、もっと賑やかになりそうね」
「……そうだな」
セドリックは答えながら、わずかに視線を落とした。
乗馬授業の日。
馬が突然向きを変えた時、リリアーナが落馬するかもしれないと思った瞬間、胸が強く締めつけられた。
昔からの友人だから心配しただけだ。
そう思っていた。
けれど最近は、学園でリリアーナの姿を見かけると、つい目で追ってしまう。
誰かと楽しそうに話していると、なぜか気になる。
その理由を、セドリックはまだ自分でも分かっていなかった。
「セドリック様?」
リリアーナの声に、セドリックは顔を上げた。
「どうかされたんですか?」
「いや、何でもない」
「そうですか?」
「ああ」
リリアーナは不思議そうに首を傾げた。
その仕草を見て、セドリックはまた視線を逸らす。
「そういえば、今年の夏休みはどう過ごされるのです?」
リリアーナが尋ねた。
「僕は、しばらく王宮で過ごすことになっている。父上の公務に同行する日もあるし、剣術の稽古も増えるらしい」
「夏休みでも忙しいのね」
「王族だから仕方ない。だが、毎日予定が詰まっているわけではない。空いている日は、ユリウスたちと鍛錬をするつもりだ」
「セドリック様は、休みの日まで鍛錬をされるんですね」
フィオナが驚いたように言う。
「身体を動かしている方が落ち着くんだ」
「私は、家で刺繍を習う予定です。それからノアやエルナとおでかけして、予定がない日はお店の手伝いです」
「フィオナらしいわね。刺繍はどんなものを作るの?」
「小さな花模様のハンカチから始めようと思ってます。上達したら、リア様とセドリック様にお渡ししてもいいでしょうか」
「嬉しい!楽しみにしてるね」
「ありがとう。僕も楽しみに待ってるよ。リアはどう過ごすの?」
セドリックが尋ねた。
「私は、お父様とお母様に連れられて、領地へ行く予定よ。夏の間に領地の様子を見ておきたいそうなの」
「領地では何をするんだ?」
「農場や牧場を見て回るの。去年は収穫前だったから、今年は作物が育っていく様子を見られると思うわ。それから、領地の子どもたちに読み書きを教える手伝いもする予定よ」
「リア様が教えるんですか?」
「私もまだ勉強中だけれど、簡単な読み書きなら教えられるでしょう?」
「はい。リア様は教えるのがお上手ですから」
フィオナが頷く。
「それに、領地には馬もいるの。時間があれば、乗馬の練習もしたいわ」
リリアーナは楽しそうに笑った。
店を出る頃には、空が少し赤く染まっていた。
「それでは、また会いましょう」
「ええ。また会いましょう」
「気をつけて帰れよ」
三人はそれぞれの帰路へ歩き出す。
昔から変わらないカフェ・ミモザ。
けれど、三人を取り巻くものは、少しずつ変わり始めていた。
新しい学校。
新しい友人。
それぞれの夏休み。
そして、まだ誰も名前をつけられない、小さな変化。
それは、静かに三人の中へ入り込んでいた。




