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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
三人の時間

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22/51

春の社交界デビュー


春が訪れた。


冬の冷たい風がやわらぎ、王都の街には淡い色の花が咲き始めている。


リリアーナが10歳になる年だ。


この国の貴族の子どもたちは、10歳になる年に、初めて正式に社交界へ出ることになっていた。


その門出を祝うため、毎年春になると王都で開かれるのがーー「芽吹きの会」だった。


大人たちの社交会とは違い、主役は10歳になる子どもたち。


同じ年頃の令嬢や令息が集まり、互いに言葉を交わしながら、少しずつ社交の作法を学んでいく。


その日、リリアーナは朝から母のエレノアとともに準備をしていた。


「リア。あなたは今日から、公爵令嬢として社交界に立つことになります」


「はい、お母様」


「これまで教えてきたことを思い出しなさい。挨拶の仕方、相手との距離、言葉遣い。何より、自分がどのような立場にいるのかを忘れないこと」


リリアーナは静かに頷いた。

今まで何度も聞いてきた言葉だった。

けれど今日は、いつもと違って聞こえる。


「それから……」


エレノアは少しだけ表情を和らげた。


「楽しんできなさい」


「……はい!」


その言葉に、リリアーナの顔がぱっと明るくなる。


会場に到着すると、色とりどりのドレスを着た子どもたちが集まっていた。


緊張した顔をしている者もいれば、楽しそうに笑っている者もいる。


リリアーナも少しだけ緊張していた。

いつものカフェとは違う。


ここでは誰もが、アシュフォード公爵令嬢としてのリリアーナを見ている。


そう思った瞬間、背筋が自然と伸びた。


「あの……もしかして、アシュフォード公爵家のリリアーナ様ですか?」


声をかけてきたのは、淡い桃色のドレスを着た少女だった。


「ええ。そうですが……」


「初めまして。ローゼン伯爵家のエミリア・ローゼンと申します」


「初めまして。アシュフォード公爵家のリリアーナ・アシュフォードです」


「リリアーナ様は銀色の髪って聞いていたから、すぐに分かりました」


エミリアがにこりと笑う。


「リリアーナ様、よかったら一緒にお話ししませんか?」


あまりに自然に誘われ、リリアーナは少し驚いた。


「……ええ、ぜひ」


そこへ、もう一人の少女が近づいてきた。


「エミリア、先に行かないでよ」


「クラリス!」


クラリスと呼ばれた少女は、リリアーナに向き合い、何回も練習したであろう挨拶を口にした。


「ベルフォート子爵家のクラリス・ベルフォートと申します。お目にかかれて光栄です」


「アシュフォード公爵家のリリアーナ・アシュフォードです。お目にかかれて嬉しく思います」


エミリアとは対照的に、落ち着いた雰囲気の少女だった。


「エミリアが失礼なことをしていませんか?」


「もう、クラリスったら!」


二人のやり取りに、リリアーナは思わず笑った。

少し緊張していた心が、ふっと軽くなる。


それから三人は、好きな花や最近読んだ本の話をした。


気づけばリリアーナは、自然に笑っていた。


こんなふうに同じ年頃の貴族令嬢と話すのは初めてだった。


フィオナと話すときとは、また違う楽しさがある。


そう思ったときだった。


会場の奥から、王太子セドリックが姿を現した。


リリアーナは一瞬だけ目を向ける。

けれど、すぐに表情を整えた。


セドリックが近くを通りかかると、リリアーナはエミリアとクラリスとともに、その場で丁寧に礼をする。


「ごきげんよう、セドリック殿下」


「ごきげんよう。リリアーナ嬢」


セドリックも王太子らしい穏やかな笑みを浮かべる。


「リリアーナ嬢、芽吹きの会を楽しんでいるようですね」


「はい。エミリア様とクラリス様とお話ししておりました」


「それはよかった」


ほんの短いやり取り。


セドリックはそれ以上何も言わず、別の貴族たちのもとへ向かっていった。


リリアーナも、その背中を追うことはしなかった。

ここは、二人が友達として過ごす場所ではない。

王太子と公爵令嬢として振る舞う場所なのだ。


「リリアーナ様、殿下とお知り合いだったのですか?」


セドリックの姿が遠ざかると、エミリアが小さな声で尋ねた。


「ええ。以前、少しお話しする機会があったの」


「そうだったんですね」


エミリアは納得したように頷いた。


「王太子殿下とお話しするのって、やっぱり緊張しますか?」


「最初は少し。でも、今日はちゃんとご挨拶できてよかったわ」


リリアーナが答えると、クラリスがくすりと笑った。


「エミリアは、さっきから殿下の方ばかり見ていたものね」


「だって、王太子殿下よ?気になるでしょう?」


「私は緊張して、あまり見られなかったわ」


「クラリスは真面目すぎるのよ」


「だって、今日が初めての社交界デビューだし、誰に話しかければいいのか分からないんだもの」


二人のやり取りを聞いて、リリアーナは思わず笑った。


「私も同じよ。こういう場所は初めてだから、少し緊張しているわ」


「リリアーナ様も?」


「ええ」


「なんだか安心しました」


クラリスがほっとしたように笑う。


「せっかくの芽吹きの会ですもの。もっといろいろ見て回りましょう?」


「賛成!」


リリアーナの提案にエミリアが嬉しそうに手を挙げる。


こうしてリリアーナは、エミリアとクラリスと肩を並べて歩き始めた。


初めての社交界。


けれど、思っていたよりずっと楽しい一日になった。



会が終わり、公爵邸へ戻る馬車の中。


「芽吹きの会はどうでしたか?」


向かいに座るエレノアが尋ねる。


「楽しかったわ。それにね、お友達もできたの」


エミリアとクラリス。


二人との会話を思い出すと、自然と頬が緩んだ。


「お母様、私、今日少し分かった気がするわ」


「何がです?」


「お母様がいつも言っていたこと。公爵令嬢として振る舞うって、こういうことなのね」


エレノアは娘を見つめた。


「ええ。今日が、その最初の日ですよ」



窓の外では、春の花が風に揺れている。

この日、リリアーナは初めて、自分が生まれた場所にある「立場」というものを、少しだけ実感した。



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