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影守の令嬢は悪役令嬢と呼ばれる  作者: 高梨しいな
三人の時間

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20/51

それぞれの一日


9歳になった夏。


リリアーナの朝は、以前より少しだけ早くなった。


「リリアーナ様、本日の授業は午前中が歴史と領地経営、午後からは礼儀作法でございます」


「分かったわ」


朝食を終え、窓から差し込む光を浴びながら、リリアーナは机に向かっていた。


目の前には、王国の地図が広げられている。


「アシュフォード領で作られている主な作物は?」


「小麦と葡萄です」


「では、その土地を治める貴族が考えるべきことは?」


「収穫量だけではありません。働く人たちの生活や、他の領地との交易についても考える必要があります」


答えると、家庭教師が満足そうに頷いた。


「よくできました」


褒められて、リリアーナは小さく笑う。


以前なら、ただ覚えるだけだった。

けれど最近は、勉強する内容が少しずつ変わってきている。


ただ知識を身につけるのではなく、知ったことをどう使うのか。

そんなことまで考えるようになった。


授業が終わり、リリアーナは庭へ出た。


「ネロ!」


呼ぶと、植え込みの陰から黒い影が現れる。


ネロはすっかり大きくなり、今では立派な成猫になりつつあった。


「今日も元気ね」


抱き上げようとすると、ネロはするりと腕から抜けて走っていく。


「もう!」


追いかけながら、リリアーナは笑った。



 *



今年、セドリックは10歳になった。

この春には社交界にもデビューし、王太子として人前に立つ機会も少しずつ増えている。


王宮では、セドリックが今日も机に向かっていた。


「殿下、こちらの問題をもう一度お願いします」


「また?」


セドリックは机に突っ伏した。


「また、です」


向かいに座る教師は容赦がない。


王太子であるセドリックには、歴史や政治だけではなく、外交、経済、領地についての知識まで求められていた。


「……分かった」


渋々顔を上げ、もう一度問題に向き合う。


しばらくして休憩時間になると、セドリックは大きく伸びをした。


「ねえ、アルベルト」


「はい」


「王様になるには、こんなに勉強しないといけないの?」


「当然です」


「即答なんだ……」


セドリックは苦笑する。

アルベルトはそんな主君を見て、少しだけ表情を和らげた。


「ですが、すべてを一人で覚える必要はありません」


「そうなの?」


「はい。殿下には、これから多くの人が仕えることになります。大切なのは、すべてを知ることではなく、正しい判断をするための知識を身につけることです」


セドリックはしばらく黙って考えた。


「……じゃあ、分からないことを分からないままにしないことが大事?」


「その通りです」


「そっか」


セドリックはもう一度、机の上の教材を見た。


「じゃあ、もう少し頑張る」


「それがよろしいかと」


アルベルトが微笑む。

セドリックは小さく息を吐いて、再び椅子に座った。




 *



商業区にある焼き菓子店リーフ・パティスリーでは、フィオナが忙しそうに動き回っていた。


「フィオナ、これを店先に並べてくれる?」


「はーい!」


焼きたてのクッキーを籠に並べる。


甘い香りが店いっぱいに広がっていた。


「いい匂いね」


店に入ってきた女性が、籠の中を覗き込む。


「このクッキー、お嬢ちゃんが作ったの?」


「えっ?」


フィオナは慌てて首を振った。


「ち、違います!お母さんが作ったんです!」


その様子を見て、母親が笑う。


「でも、いつかフィオナが作ったお菓子も並べられるといいわね」


「私が?」


「そうよ。そろそろ9歳になるし、簡単な物から覚えていきましょう」


フィオナは籠の中のクッキーを見つめた。


「うん!作ってみたい」


いつか自分も、この店を手伝うだけではなく、自分のお菓子を作れるようになる。


そんな未来を想像すると、胸が少しだけ弾んだ。



 *

 


その日の夕方。


カフェ・ミモザ


奥の個室では、三人が顔を合わせていた。


「今日は何してた?」


セドリックが尋ねる。


「私は勉強。歴史と領地について教えてもらったわ」


「僕も似たようなものだよ。王太子って大変なんだ」


「私はお店のお手伝い!」


フィオナが胸を張る。


「今度、お母さんからクッキーの作り方教わるんです」


「フィオナが作ったクッキー?ぜひ食べたいわ!」


「僕も食べてみたいな」


「え?食べてくれるんですか!?

セドリック様とリア様に美味しいって言ってもらえるよう、いっぱい練習します!」


フィオナの元気な声が個室に響くーー。



去年と同じように笑っているが、少しだけ違う。

三人は成長するとともに、少しずつ自分の世界を持ち始めていた。


それぞれの毎日の中で、自分にできることを少しずつ増やしていく。

そして三人は、今日も他愛のない話をしながら笑っていた。


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