突然の訪問者
収穫祭から、しばらく経った。
あの日の出来事が夢だったかのように、フィオナの毎日はすっかりいつも通りに戻っていた。
朝は家の手伝いをして、昼からは母と一緒に店番をする。
商業区の一角にある、小さな焼き菓子店。
今日も店内には、焼きたてのお菓子の甘い香りが漂っていた。
「フィオナ、そこの焼き菓子を並べてちょうだい」
「はーい!」
母に言われ、フィオナは籠に入った焼き菓子を一つずつ棚へ並べていく。
香ばしいクッキーに、果物を使った焼き菓子。
収穫祭の日にも、この店のお菓子を屋台に並べていた。
あの日は、いつもと少し違う一日だった。
フィオナは焼き菓子を並べながら、ふと手を止める。
頭に浮かんだのは、あの日出会った二人の姿だった。
傷ついた黒猫を助けようとする銀髪の少女。
そして、その隣にいた帽子を深く被った少年。
リア様とセドリック様だ。
まさか自分が、王太子殿下と一緒に黒猫を助けることになるなんて。
驚くことばかりだったが、不思議と怖くはなかった。
二人とも、自分を平民だからと遠ざけることなく、普通に話しかけてくれたから。
だからこそーー。
「……また会えたらいいな」
小さく呟く。
そのときだった。
店の外から、馬車の止まる音が聞こえてきた。
「馬車?」
フィオナが顔を上げる。
商業区に馬車が来ること自体は珍しくない。
けれど、店の前で止まるとなると話は別だ。
「お父さん、誰か来たの?」
「さあな」
父が首を傾げながら店の外へ出ていく。
しばらくすると、父は一人の男性を連れて戻ってきた。
男性は白いシャツに濃紺のベストを合わせ、落ち着いた色の上着を羽織っていた。
男性は店内を見回すと、丁寧に頭を下げた。
「こちらに、フィオナ様がお住まいでしょうか」
「……はい。私です」
突然、自分の名前を呼ばれ、フィオナは戸惑いながら返事をした。
「アシュフォード公爵家より参りました」
「公爵家……?」
その言葉を聞いた瞬間、父と母が顔を見合わせた。
フィオナは思わず声を上げる。
「リア様のところ!」
「リア様って……」
母が戸惑ったように娘を見る。
「フィオナが収穫祭で仲良くなったという、あの公爵令嬢か?」
「うん!」
実は両親は、フィオナの話を半分ほどしか信じていなかった。
王太子殿下と公爵令嬢と一緒に黒猫を助けた。
そんな話が本当だとは、とても思えなかったのだ。
けれど。
「リリアーナお嬢様より、お手紙をお預かりして参りました」
使用人の言葉を聞いて、二人は目を丸くした。
「フィオナの話は本当だったの?」
「だから言ったでしょ!」
使用人が取り出したのは、飾り気のない一通の手紙だった。
「こちらを、フィオナ様へ」
「私に?」
フィオナは少し戸惑いながら受け取った。
紙には丁寧な文字で、短い文章が綴られている。
フィオナの母は、隣から覗き込み、一言一句丁寧に読み上げていく。
『フィオナへ
この前は一緒に黒猫を助けてくれてありがとう!
ネロは元気よ。
また会いたいなと思って、お手紙を書きました。
今度、カフェ・ミモザで一緒にお茶を飲みませんか?
リリアーナより』
「……リア様、また会いたいって思ってくれてたんだ」
フィオナの顔に、自然と笑みが浮かんだ。
「お父さん、お母さん。行ってもいい?」
母が少し心配そうに娘を見る。
「フィオナ。本当に行きたいの?」
「うん!リア様にまた会いたい」
フィオナは迷うことなく頷いた。
その言葉を聞いた父は、ふっと表情を和らげた。
「そうか」
そして、使用人へ向き直る。
「娘がご迷惑をおかけするようなことはありませんか?」
「ご心配には及びません」
使用人は丁寧に答えた。
「場所は商業区にあるカフェを予定しております。公爵家としても、フィオナ様が気兼ねなくお過ごしいただけるよう配慮するとのことです」
「それなら……」
父は娘を見る。
フィオナは期待に満ちた目で父を見つめていた。
「行っておいで」
「本当!?やったー!」
フィオナの顔が、一気に明るくなる。
「ありがとう、お父さん!」
父は笑いながら、娘の頭を優しく撫でた。
「せっかくのお誘いだ。楽しんでおいで」
「うん!」
フィオナは嬉しそうに頷き、手紙を何回も読み返していた。




