もう一度
王宮へ向かう馬車の中で、リリアーナは何度も窓の外を眺めていた。
王家から届いた招待状。
いったい、何のために呼ばれたのだろう。
けれど、リリアーナの頭に浮かぶのは、あの日出会った少年の姿だった。
やがて馬車が王宮へ到着する。
侍女に案内され、庭園へ向かったリリアーナは、噴水のそばに立つ少年を見つけた。
金色の髪に、青い瞳。
見間違えるはずがない。
「……セドリック様」
リリアーナが声をかけると、少年の表情がぱっと明るくなった。
「リア!」
けれど、リリアーナが丁寧に礼をすると、その笑顔が少しだけ曇った。
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「うん……」
「お久しぶりです、セドリック様」
「……久しぶり」
どこかよそよそしい。
二人とも、次に何を話せばいいのか分からなかった。
収穫祭のときは、そんなことを考える必要などなかった。
ただ一緒に猫を助けて、笑って、話した。
けれど今は違う。
セドリックは王太子。
そして自分は、公爵令嬢。
そのことを意識すると、自然と言葉が遠くなる。
「……ねえ、リア」
「はい?」
「僕のこと、覚えてる?」
「もちろんです」
「じゃあ……」
セドリックが少しだけ笑う。
「リクって呼んでたことも?」
「……」
リリアーナは困ったように目を伏せた。
「覚えています」
「じゃあ、またそう呼んでよ」
「それは……」
「ダメ?」
セドリックの声が少し寂しそうになる。
リリアーナは迷った。
呼びたい気持ちはある。
あの日のことを思い出せば、
「リク」と呼ぶ方がしっくりくる。
けれどーー。
「……ごめんなさい」
「どうして?」
「今は、セドリック様ですから」
リリアーナがそう答えると、セドリックは少しだけ黙った。
「そっか」
けれど、すぐに顔を上げる。
「じゃあ、仕方ないね」
その笑顔は、少しだけ寂しそうだった。
「でも、私の中では、あの日のリクも、今のセドリック様も、同じ人です」
「本当?」
「はい」
その言葉を聞いたセドリックは、ようやくいつものように笑った。
「それなら、いいや」
そこから少しずつ、会話は自然になっていった。
「ネロは元気にしてる?」
「もちろん。もうすっかり元気よ」
「よかった」
「最近はね、私の部屋の窓辺がお気に入りなの」
「そうなんだ」
「それからーー」
リリアーナがネロの話を始めると、セドリックは嬉しそうに聞いていた。
そのとき。
「殿下」
後ろから、アルベルトの声がした。
「そろそろ次のお時間が、」
「何?」
セドリックが振り返る。
その顔には、今はまだ帰りたくない、と書いてあるようだった。
アルベルトは一瞬、セドリックとリリアーナを見比べる。
そして、小さく息を吐いた。
「……いえ」
どうやら、言っても無駄らしい。
アルベルトはわずかに諦めたような表情を浮かべると、恭しく頭を下げた。
「リリアーナ様とのご歓談、どうぞごゆっくりお楽しみください」
「ありがとう」
セドリックは満足そうに笑った。
その様子を見て、アルベルトはもう一度だけ小さく息を吐く。
予定は少しばかり遅れることになるだろう。
けれど今日くらいは、仕方がない。
幼い王太子が、こんなにも楽しそうに笑っているのだから。
アルベルトはリリアーナへ丁寧に一礼した。
「リリアーナ様、お久しぶりです。
ネロは元気になりましたか?」
「アルベルト様、お久しぶりです。
ネロはケガも治り、元気に過ごしています」
その言葉を聞いたアルベルトは穏やかに微笑む。
王太子付きの側近でもあり護衛でもある彼は、
セドリックにとって気兼ねなく話せる数少ない相手でもあった。
「そういえば」
アルベルトがふと思い出したように言う。
「収穫祭以来、殿下もずいぶんとネロのことを気にしておられましたよ」
「アルベルト!」
セドリックが慌てて声を上げる。
「それ以上は言わなくていい!」
「申し訳ありません」
そう言いながらも、アルベルトは楽しそうだった。
リリアーナは思わず笑った。
この二人のやり取りを見ていると、自然と笑ってしまう。
そして、ふと思い出した。
「……フィオナ、元気かな。また会いたいな」
「うん。僕もそれを考えていた。」
二人とも同じことを思っていた。
「けれど、フィオナは平民だ。
王宮へ呼ぶことは簡単ではない。
…三人で会えたらいいのに」
セドリックが呟く。
「そうね……」
リリアーナは少し考え込む。
「それなら、いい場所を知っているわ!」
「どこ?」
「商業区にあるカフェ。
昔、お父様と一度だけ行ったことがあるわ」
そこは貴族も商人も平民も、誰でも気軽に利用できる店だ。
「そこなら、フィオナも来やすいと思う」
「なるほど!」
セドリックの顔が明るくなる。
「じゃあ、そこにしよう」
「うん!また三人で会えるね」
「ああ、楽しみだ」
あの日のように
身分も立場も忘れて、三人で笑えたらいい。
そんな願いを胸に、リリアーナは小さく笑った。
王太子と公爵令嬢。
そして平民の少女。
三人が同じ場所に集まるには、まだ少しだけ工夫が必要だった。
それでもーー。
もう一度会いたい。
その気持ちは、二人とも同じだった。




