王家からの招待状
ネロとの暮らしにも慣れた、ある日の午後。
リリアーナが庭でネロと遊んでいると、アデルが慌てた様子で駆けてきた。
「お嬢様!旦那様がお呼びです」
「お父様が?」
「はい。執務室へ来るように、と」
リリアーナは首を傾げた。
何か叱られるようなことをしただろうか。
不思議に思いながら、父の執務室へ向かった。
扉を開けると、父ーーアシュフォード公爵レオナルドが机の前に座っていた。
その隣には母、エレノアの姿もある。
「お父様、お母様。お呼びですか?」
「ああ。実はなーー」
父が一枚の封書を差し出した。
封蝋に刻まれた紋章を見て、リリアーナは目を丸くした。
「……王家?」
「そうだ。王家から、お前に招待状が届いた」
「私に??王家から!?」
思わず声が大きくなる。
どうして自分が王宮へ招待されるのだろう?
そのとき、ふと頭に浮かんだ。
収穫祭で出会った、深く帽子を被っていた、リクという少年。
そして、その正体は。
「……セドリック様」
思わず呟いた名前に、父の眉がぴくりと動く。
「今、何と言った?」
「え?」
「セドリック様、と聞こえたが」
しまった。
お父様には伝えていなかったのだ。
リリアーナは固まった。
隣にいた母も、静かにこちらを見る。
「リア?」
「……」
逃げられない。
リリアーナは小さく息を吸った。
「……お父様、ごめんなさい」
「うん?」
「実は……収穫祭で、王太子殿下にお会いしました」
「…………」
父が険しい顔をした。
「王太子殿下に?」
「はい…。」
「なぜ今まで言わなかった?」
「それは……」
リリアーナは、怒られると思い下を向いた。
けれど父は、すぐには何も言わなかった。
「……それで?」
「え?」
「何があったのか、最初から話してごらん」
その声は思っていたよりも優しかった。
リリアーナは少し安心して、話し始めた。
収穫祭でネロを見つけた時、一緒に助けてくれた男の子と女の子がいたこと。
男の子が「リク」と名乗っていたこと。
そのリクが、実はお忍びで来ていたセドリック殿下だったこと。
そして、もう一人の女の子はフィオナという平民だったこと。
父は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。
「……なるほど。王太子殿下と、平民の少女と一緒に猫を助けたのか」
「はい」
「そうか。王太子殿下に失礼なことをしなかったか?」
そう言って、父は苦笑した。
「怒らないの?」
「どうして怒るんだ?」
「セドリック様に会ったのに、報告しなかったから……」
「それは少し驚いたがな」
父はそう言いながら、リアの頭を撫でた。
「何か悪いことをしたわけではない。
むしろ、困っている猫を助けたのだろう?」
「うん」
「なら、父さんは嬉しいよ」
その言葉に、リリアーナはほっとした。
「ただし」
母の静かな声が響いた。
「次からは、何かあれば必ず報告しなさい」
「……はい」
「王太子殿下は、あなたが思っているような普通の少年ではありません。
あなた自身も公爵令嬢です。身分には、それに伴う責任があります」
母の言葉は厳しい。
けれど、その目は冷たくなかった。
「……分かりました」
リリアーナが頷くと、母は小さく微笑んだ。
父はそんな二人を見て、苦笑する。
「エレノア、少しくらい大目に見てやってもいいだろう。王太子殿下もお忍びだったわけだし。」
「あなたはリアに甘すぎます」
「可愛い娘だからな」
「そういうところです」
「甘やかして何が悪い?」
二人のやり取りを見て、リリアーナは思わず笑った。
「それで、リア」
父が改めて招待状を手に取った。
「王宮からの招待だ。
正式なものだから、断る理由はない」
リリアーナの胸が少し高鳴った。
もしかしたら、セドリックにまた会える。
「行きたい」
思わず口からこぼれた。
「そう言うと思ったよ」
父は嬉しそうだった。
母はそんな娘を見つめ、静かに頷いた。
「では、王宮へ行く日までに、もう一度礼儀作法を見直しましょう」
「えっ……?」
「あなたは王宮へ行くのよ。
公爵令嬢として、恥ずかしくない振る舞いを身につけておかなくてはなりません」
母は穏やかな笑みを浮かべながらも、逃がすつもりはないようだった。
「明日から、いつもより厳しくしますからね」
「……はい、お母様」
リリアーナは少しだけ肩を落とした。
けれど、セドリックにまた会えるかもしれない。
そう思うだけで、さっきまで重く感じていた礼儀作法の勉強さえ、少しだけ頑張れそうな気がした。




