第8話:嵐の前の静けさと、深夜の秘密の甘い時間
数々の討伐を無事に終え、私たちはついに目的地のすぐ手前、魔王城の麓にある大きな街へと到着した。
「おお……! 勇者様! 勇者様ご一行がおいでくださったぞーっ!」
街道での噂を聞きつけていた街の住民たちは、すでに大盛り上がりの歓迎モード。長年、魔物の脅威に怯えて暮らしていたという村長さんは、私たちの手を握りしめながらボロボロと涙を流して感謝してくれた。
いよいよ明日は、運命の魔王討伐戦。
万全の状態で挑むため、私たちは街で一番大きい宿屋でしっかりと体力を温存することにした。
——のだが。
「……なっ、なぜリリアさんとお前が同じ部屋なんだよっ!?」
宿のフロント前で、勇斗くんの怒号が響き渡った。
対するエリオス様は、心底ウザそうにフッと鼻で笑う。
「部屋は3室しか空いていないと言われただろう。俺とリリアは恋人同士なのだから、何ひとつ問題はあるまい」
「それでも、未婚の男女が同室なんて不謹慎だ! だったら……お前と僕が同室になればいいじゃないか!」
「ハッ、お前と寝るくらいなら野宿を選ぶね。俺はリリアを抱いて寝る。邪魔をするな」
「〜〜〜っ! なお悪いわ!! 僕はまだ、お前とリリアさんの仲を認めたわけじゃないぞ!?」
(〜〜〜っ、お願いだから宿のロビーで『抱いて寝る』とか大声で言わないでエリオス様ーーー!!)
決戦前夜だというのに、相変わらずバチバチと火花を散らす2人。
私が胃の痛みに耐えかねて頭を抱えていると、横から救いの神が助け船を出してくれた。
「やれやれ、ガッハッハ! ならば勇斗、わしと同室にするか? リリアとエリオスはそれぞれ一人部屋じゃ。これなら文句はなかろう?」
「ぐ……っ、ガルフさん。わかりました……それでお願いします!」
ガルフさんのありがたい(そして非常に大人な)提案により、エリオス様はこれ以上ないほど不満げな顔をしつつも、なんとか部屋割りが決定した。
◇
部屋に入り、一人になると途端に現実感が押し寄せてくる。
明日はいよいよ魔王討伐。本当に私たちが勝てるのだろうか。私なんかが足引っ張りになったらどうしよう……。
一度考え出すと、恐怖で体の震えが止まらなくなってしまった。
コンコン。
その時、控えめなノックの音が聞こえた。
「は、はい——」
「……しっ。静かに」
ドアを開けた瞬間、スッと滑り込んできた人影に手で口を覆われる。
驚いて目を丸くすると、そこにはフードを深くかぶったエリオス様が立っていた。
「あのうるさいガキにバレる。声を潜めてくれ」
私がコクコクと頷くと、エリオス様はそっと手を離し、私の顔をじっと見つめてきた。
「……どうせ、明日の討伐が不安で震えていたのだろう?」
見透かされたことに驚いていると、エリオス様は小さく息をつき、私を抱き寄せるようにして頭を優しく撫でてくれた。
「安心しろ。俺が絶対にお前を守る。指一本触れさせない」
その低く静かな声と温もりに触れた瞬間、胸を押し潰しそうだった不安が、嘘みたいにすーっと消えていくのが分かった。
「……エリオス様。私、信じてます。絶対にみんなで勝ちましょうね。もし怪我をしたら、私が何回でも治しますから!」
声を潜めて強い決意を伝えると、エリオス様はフッと甘く微笑んだ。
「ああ、頼みにしている。……さて、今夜はこの部屋で寝るとするか」
「えっ!?」
「ベッドは少し狭いが……いいか?」
心細かった私は、断るどころか嬉しくて何度も首を縦に振ってしまった。
結局、狭いシングルベッドで二人寄り添いながら横になる。
「部屋を分けた意味がないな」と耳元で呟きながら、エリオス様が私の額や頬、そして唇に何度も優しくキスを落としてくる。
くすぐったくてクスクスと笑っているうちに、エリオス様の腕の中で圧倒的な安心感に包まれ、私はいつの間にか深い眠りについていた。
◇
そして、翌朝。
「リリアさ〜ん、おはようございます! 朝食一緒に行きましょう!」
朝一番、私の部屋のドア前までやってきて、爽やかにノックをしようとした勇斗くん。
ガチャリ。
彼が手を伸ばしたその瞬間、内側からゆっくりとドアが開いた。
そして、中からしれっとした顔で出てきたエリオス様とバッチリ目が合った。
「……ん? なんだ、騒々しい。おはよう、未熟者」
寝起きの少し乱れた髪のまま、私の部屋から当然のような顔で出てくるエリオス様。
「……っ!? お、お前ぇぇぇぇええええっ!!? なんでリリアさんの部屋から出てきてんだよぉぉぉおおっ!!?」
朝一番の宿屋の廊下に、勇者くんの悲痛で激高した叫び声が響き渡るのだった。




