✣ 28話 死神と呼ばれた男。苺に縋った淑女。
「───何してるの!!」
鼓膜を切り付けるような甲高い声。思わず、耳を塞ぎたくなる。
僕を見るその瞳は、心底憎い仇を見る目だった。
珍しく僕の前に姿を現した、女性。
僕と同じ漆黒の瞳を持つ彼女は……
「母上、……珍しいですね。部屋から出てくるなんて」
僕を産んだだけの女。
母からの愛情?そんなものなど、貰った記憶などはない。
僕に向けられたのはこの眼と、棘のある言葉と……
「なに、よ?私がこの屋敷を出歩いてはいけないと言うの?!」
真っ赤な唇が震え、語気を強める。怒りなのか、恐れなのか、母親の雪のように白い指先が更に白くなる。
「そうは、言ってませんよ」
「本当に、嫌な子!!私から産まれたとは思えないわッ!この死神がぁ!!」
下唇を噛み、細い腕を振り上げた。
────バチーンッ!!!
乾いた音がロビーに響き渡る。
それから、荒い呼吸音。
僕はただ、前にいる女を見下ろす。
「はぁ、はぁ、さっさとお前なんか……、死んでしまえば良いのよッ!!」
肩で息をしながら、女は僕を睨め上げる。
その顔は、人の親ではない。
僕の頬を見て満足そうに、つり上がった唇。
痛みなど感じぬ身体。
向けられた憎しみでさえ、僕の心は揺るがない。
「気が、済みましたか……?」
明かりのついていないロビーに落ちた声音。
僕は目を細め、哀れな女を眺めた。
「気が、済んだか、ですって……?」
女の目が血走り始める。
「………………。」
歯を食いしばり、僕へとまた迫る。
力ない拳が僕の胸を打つ。
「お前が、お前が産まれて来なければ───っ」
奥からこちらへと駆ける足音。
侍女と執事が慌てた顔でやって来る。
「奥様!!」
侍女たちに腕を掴まれ、女は僕から剥がされた。
その腕を振りほどこうと抵抗するが、侍女たちはそれを許さない。
「は、離しなさい!!──離してッ!」
誰も女の言葉に耳を傾けない。
「奥様、お身体に障りますからお部屋に参りましょう。お茶をご用意しますね」
宥めるように話すが、頭に血が昇ったあの人にそんな言葉は届くことはない。
「イヤよ、嫌!あの死神を今日こそ、殺してやるんだから!そして、あの人を……」
僕は目を伏せた。それを合図に侍女たちは女を引き摺るように消えて行った。
「……坊ちゃん」
悲しみを乗せた声が投げられた。僕を見る哀れみの色が乗った表情。いつ間にこんなに髪が白く変わったのか、思い出せない。
「ぼ……、すみません。公爵様、このままお休みになられますか?」
気遣うように声をかける執事、ボクは小さく横に顔を振る。
「いや、いい。用が済めば、また王宮へ戻る」
「し、しかし……」
視線を執事に移す。
執事はビクッと肩を揺らし、目が泳がせた。
「君こそ、休むべきだ」
去り際に執事の肩に軽く触れ、僕は自室へと足を向けた。
✣✣✣✣
音がしない。
頭がボーッとする。
部屋の中はいつの間にか暗い。
明かりはひとつだけ灯る蝋燭の火だけ。
ポッと淡い火が揺らめいた。
「 ……王女 ま」
……え?
誰だろう……
重い瞼を開ける。
人影が見えた。
顔までは判断が出来ない。
「…… 丈夫、 ? さい。 無 をさ 」
途切れ途切れしか聞こえない。
「 あ 日 めて …… きだ もの 」
私に何かを差し出す人影。
鼻に甘いようで酸味がある匂いが掠めた。
「…… けて、 さい」
唇に触れた何か。
私は口を少し開ける。
舌の上にそっと乗せられた。
口の中で広がる甘みと酸味。
みずみずしくて、渇いた喉に染み渡った。
思わず、言葉を漏らした。
「……苺?」
コクと頷いた人影。
「甘酸っぱくて、おいしい……」
人影の纏う雰囲気が和らぐ。
顔は相変わらず、確認できないのになぜか微笑んだように見えた。
ふわっと私の頬に触れた。
熱が籠った身体には冷たい指先が、とても心地良かった。
縋るように甘えるようにその手を掴む。
「傍に、いて……」
心細さから出た思わぬ言葉。
握った手が動揺したように微かに振動した。
相手からの返事は来ない。
私は誰だか分からない相手に身を、任せた。
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